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晴れたら、駅の反対側で  作者: みき


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8/23

第8話 ミナ

 佐伯ミナは、約束の場所に来た。来ないと思っていた。


 連絡先は、知っていた。ハルのいた頃、三人で一度だけ海に行ったことがある。ハルが真ん中で、僕とミナは端と端。写真もそういう並びで撮った。ハルがいないと、僕たちはただの、知らない者同士だ。


 大学の裏の、屋根のある渡り廊下。外は今日も雨で、ミナは僕から二メートル離れて立つ。近づく気はない、という二メートルだ。


「で、何」


「ハルのことで、聞きたいことがあって」


「あんたが?」


 笑ってはいない。ミナはずっと、僕の目じゃなくて、僕の少し後ろを見て話す。


「あの日のこと、教えてほしい。ハルが誰と会う予定だったのか、どうして駅にいたのか、僕は何も――」


「何も知らない、って顔、するんだ」


 雨の音が、少しだけ大きくなる。


「あのね。あの日、ハルはあんたに会いたくなかったんだよ」


 意味が、すぐには入ってこない。


「ハルは、あんたと別れたがってた。夏ぐらいから、ずっと。言えなかっただけ。……あんたが、こわれそうだったから」


「噓だ」


「噓だと思うなら、それでいいけど」


 反射的に出た「噓だ」の声が、まだ自分の耳に残っている。大きすぎた。渡り廊下を通る誰かが、こちらを見て、目をそらす。ミナは、僕の言葉じゃなくて、僕のその声の大きさのほうを、じっと見ていた気がする。


 ミナはそこで初めて、僕の目を見る。怒っている目だと思った。違う。もっと別のものだ。たとえば、こわいものを見る目。


「ねえ、蒼井くん。あんた、ほんとに何も覚えてないの」


「……何の話」


「あの日、どこにいたの」


「家にいた」


 答えは、すぐに出た。すぐに出すぎた、と自分でも思う。家にいて、何をしていた。夕方の記憶を探すと、そこだけ引き出しが空になっている。


 家にいた。同じ問いに同じ三文字を、僕はこれまで何度、誰に向かって言っただろう。警察に。自分に。言うたびに三文字は軽くなって、いまはもう、発泡スチロールみたいな音がする。


 ミナは長いあいだ黙って、それから雨の中へ傘を開く。去りぎわに、一度だけ振り返る。


「……ハルから、預かってるものがある。でも、まだ渡さない。あんたがそれを読んでいいのか、私にはまだわかんないから」


 預かってるもの。それが何なのか訊く前に、ミナの傘は雨に紛れて見えなくなる。


 ハルは最後の夏、いくつのものを、いくつの人に預けて逝ったんだろう。ミナには何かを。母には沈黙を。僕には――選択肢だけを。

警察に事故のことを確かめるなら、第11話へ。


ハルの母を訪ねるなら、第12話へ。

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