表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
晴れたら、駅の反対側で  作者: みき


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
4/23

第4話 雨音

 ノートも、スマホも、開かない。僕は電気を消して、雨音を数える。


 一、二、三。数えていると、そのうち音楽になる――そう教えてくれたのはハルだ。音楽になったことは、一度もない。


 それでも数えているうちに朝が来て、朝が来たので大学へ行く。


 世界は、ちゃんと続いている。講義室は暖房が効きすぎていて、隣の席では誰かが小さくあくびをする。教授の声、ペンの音、遠くの笑い声。ぜんぶ聞こえるのに、ぜんぶ薄い膜の向こうにある。


 ノートを取ろうとして、手が止まる。青い表紙のノートは、もう使えない。青というだけで、あのノートを思い出す。


「蒼井、飯行く?」


 友人が気を遣って誘ってくれる。行く、と答えた声が、自分の声じゃないみたいに明るい。学食で僕はちゃんと笑う。ちゃんと笑えてしまうことが、いちばんこわい。


 午後の講義は、休講だった。掲示板の前で、みんなが軽く声を上げて、散っていく。僕は行き場をなくして、しばらくそこに立っている。ハルがいたら、こういう時間は勝手に埋まった。どこか行こう、と言い出すのはいつもハルで、渋るのはいつも僕だった。埋まらない九十分を、僕は初めて、長いと思う。


 渡り廊下で、佐伯ミナとすれ違う。


 ミナは僕を見て、何か言いかけて、やめる。かわりに、僕の持っている傘を見る。ビニール傘だ。それを確かめると、ミナは目をそらして行ってしまう。


 なんで、傘を見たんだろう。


 バイト先のコンビニでは、傘の廃棄が出た。傘立てに三か月置き去りのビニール傘を、店長がまとめて縛っていく。「置いてくやつは、二度と取りに来ないんだよな」と店長は言う。取りに来ないんじゃなくて、来られないこともありますよ、とは言わない。黙って、レジの金額を数える。


 バイトを終えて、夜の駅に着く。改札を抜けて、いつものホームに立って、それから気づく。線路を挟んだ向こう側――反対側のホームを、僕はいつも見ている。癖になっている。


 晴れたら、駅の反対側で。


 ハルはそう言っていたのに、僕は一度も、反対側へ渡らなかった。約束の続きを聞くことも、しなかった。


 アナウンスが流れて、電車が来る。乗りこむ直前、反対側のホームの端に、青い傘が見えた気がした。振り向いたときには、電車が視界をふさいでいる。


 窓に映った自分の顔は、思っていたよりも、ずっと平気そうだ。


 平気そうな顔のまま、僕は自分の降りる駅を、一度乗り過ごす。


 部屋に帰ると、机の上の青いノートが、置いたときと少しだけ角度を変えている気がする。気のせいだ。気のせいに、しておく。

ハルとよく行った喫茶店に寄るなら、第5話へ。


ハルのトーク画面を開くなら、第7話へ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ