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晴れたら、駅の反対側で  作者: みき


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第3話 最後のメッセージ

 ノートは、開けない。かわりにスマホを手に取る。


 ハルとのトーク画面。アイコンは、去年の夏の海の写真。もうずっと、通知の来ない画面。


 いちばん下に、最後のやりとりが残っている。


 十七時四十二分。「今日、話したいことがある」


 十七時四十五分。「雨なら来ないで」


 どちらもハルからだ。僕の返信は、ない。送信欄は空白のまま。


 灰色の吹き出しを、僕は長いあいだ見ている。「話したいことがある」。あの日の僕は、これを読んでどう思ったんだっけ。嫌な予感がした気がする。しなかった気もする。都合よく、どちらの記憶も用意されている。


 おかしい、と思う。


 僕の記憶では、あの日ハルは電話で言ったのだ。「駅に来て」と。声まで覚えている。少し早口で、雨の音が後ろでしていて。だから僕は――


 だから僕は、どうしたんだっけ。


 通話履歴を開く。あの日の欄に、ハルの名前はない。前の日も、その前の日もない。最後の通話は、一週間前の、たった四十秒。


「駅に来て」の電話は、どこにもない。


 スマホを置いて、目を閉じて、あの声をもう一度再生してみる。駅に来て。雨の音。少し早口。息継ぎの位置まで思い出せるのに、履歴には存在しない。記憶は、再生するたびに濃くなる。証拠のないものほど、鮮明になっていく。それが、いちばんおかしい。


 じゃあ、あの声はなんだ。僕は何を覚えているんだ。


 画面を上にスクロールする。過去へ、過去へ。ふたりのやりとりは、夏のあたりから急に間があいている。九月の既読無視。十月の短い返事。十一月、ハルからの「ごめん、また今度でもいい?」が三回。


 そして十二月。あの日の三日前の夜、「入力中」の表示が長く続いて、届いたのは「おやすみ」の四文字だけだった。あの夜ハルは、何を書いて、消したんだろう。


 こんなに、だったっけ。


 僕の記憶のなかのハルは、最後までよく笑っている。でも履歴のなかのハルは、少しずつ、静かになっていく。


 どちらかが、噓をついている。


 履歴が書き換えられているのか。僕の記憶が書き換わっているのか。前者なら、誰かの仕業だ。後者なら――やったのは、僕だ。


 窓の外で雨が強くなる。画面のいちばん下、「雨なら来ないで」の横の小さな「既読」の二文字を、僕は見つめる。これを読んだのは、僕だ。読んだ時刻は、十八時二分。


 事故は、十八時四十七分だった。


 その四十五分間の自分を、僕はうまく思い出せない。


 思い出せないだけなら、まだいい。こわいのは、思い出そうとするたびに、少しずつ違う四十五分が出てくることだ。

画面を閉じて、ハルの部屋を訪ねるなら、第6話へ。


履歴をさらに遡るなら、第7話へ。

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