第20話 既読
通知を、開く。
開いた先は、ハルとのトーク画面だ。見慣れた海のアイコン。その横に、緑の小さな点がついている。
オンライン。
緑の点を、僕は知っている。ハルの生きていた頃、この点が灯るのを待って、何度メッセージを送っただろう。灯った瞬間に送ると「見てたでしょ」と笑われるから、いつも三十秒待った。その三十秒を、いま、画面の向こうの誰かが数えている気がする。
指が動かない。画面の向こうで、誰かがこの画面を、いま、開いている。ハルのアカウントで。ハルのスマホは壊れたはずで、ハルは骨になったはずで、それでも緑の点は、静かに灯っている。
新しい吹き出しが、ひとつ現れる。
「まだ続けるの?」
問いの意味を、僕は考える。何を続けるのか。ノートを読むこと。ハルを探すこと。それとも――覚えていないふりを、続けること。
僕は、何か打とうとする。誰、と打って消す。ハル、と打って消す。打っては消すたび、画面の上に「入力中」の表示が出ているはずだ。向こうには、僕の迷いがぜんぶ見えている。
試しに、打つのをやめて、画面を見つめる。向こうも、動かない。息を合わせるみたいに。僕は立って、カーテンの隙間をきっちり閉め直す。閉めてから、ばかばかしくなる。この画面は、部屋の外からじゃなく、もっと近くから見られている。
着信が来る。
画面いっぱいの、ハルの名前。ハルの写真。僕が撮った、大学祭の写真。着信音は、鳴らない。マナーモードのまま、スマホはただ、手の中で震えつづける。生きものみたいに。
出れば、声が聞ける。
そう思った瞬間の自分が、いちばんこわい。僕は出ない。震えは、二十秒で止まる。
二十秒のあいだに、僕は三回、指を画面に近づけた。三回とも、止めた。四回目は、なかった。あれば、出ていたと思う。
スピーカーの向こうにあるのが、ハルの声だという保証は、どこにもない。ないのに、僕は「聞ける」と思った。思って、しまった。
そして、最後のメッセージが届く。
「次は、選んでね」
続けて、二行。
もう一度会うなら、
ぜんぶ忘れるなら、
行き先は、書かれていない。どちらの先に何があるのか、わからない。わからないまま、僕の親指は、画面の上でゆっくりと下りていく。
選ばされていることに、気づいたときには、もう遅い。
親指が、どちらかの行に触れる。どちらだったのかは、書かない。書かなくても、君はもう知っているよね――と、画面の中の誰かが言う。スマホの灯りが消えて、部屋には雨音だけが残る。最後に一度だけ、既読、の二文字が、暗闇の残像に浮かんで、消える。
END 4 既読
選び直すなら、第1話へ。




