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晴れたら、駅の反対側で  作者: みき


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17/23

第17話 選ばなかった日

 合図みたいに、雨音が近づいてくる。


 目を閉じているのか、開いているのか、わからない。ただ、あの日が来る。六週間ずっと閉めきっていた部屋の窓を、開けてしまったみたいに。


――雨なら来ないで。


 画面の文字を、僕は読んでいる。あの日の僕だ。読んで、しばらく座っていて、それから立ち上がる。話したいことがある、の意味を、ほんとうはわかっていたからだ。夏からずっと、わかっていた。わかっていて、聞かないことを選びつづけていた。


 聞かなければ、終わらない。終わらせなければ、続いている。


 玄関で靴を履く僕を、僕は天井のあたりから見ている。記憶というより、映画だ。編集済みの。誰かが、僕に見せたい順番に並べ直した映画。それでも、映っているのは僕だ。それだけは、どの編集でも変わらない。


「行く」と打って、送信して、僕は傘立てから傘を取る。ビニール傘じゃなく、青いのを。どうしてそれを選んだのかは、思い出せない。ハルとおそろいにした傘。ハルが「ちゃんと選んだ」のと同じ売り場で、僕が適当に選んだ傘。


 駅前の通り。傘の列。ハルの背中。


 雨は横から吹いていて、傘はほとんど役に立たない。それでも僕は傘を差していた。顔を、隠したかったのかもしれない。誰から。街から。カメラから。それとも、ハルから。傘の骨が風で鳴って、その音だけが、いやに鮮明に残っている。


 名前を呼ぶ。ハルが振り向く。その顔を見て、わかってしまう。ハルはもう、決めている。


「――来ないでって、言ったのに」


 そこから先は、切れ切れだ。


 雨。ハルの唇が動く。ごめん、の形。差し出される、折りたたみの傘――あの日ハルは、青い傘を持っていなかった。青いのは、僕だ。ずっと、僕のほうだった。


 背を向けるハル。追う僕。水たまり。「待って」。僕の声。ハルの足が、速くなる。踏切の音。カン、カン。赤い光。ハルが振り返る。何かを言う。雨の音で聞こえない。聞こえなかったのか、聞かなかったのか。


 僕の手が、伸びる。


 伸びて――止まる。

 

 つかまえる資格が、僕にはない気がした。たったそれだけの、一瞬の。


 あの一瞬を、僕は六週間、ノートの外に置いてきた。置いてきたものは、消えない。ページの隙間で、雨の日のたびに、息をしていた。


 音の直前で、記憶は白くなる。


 白の中で、雨音だけが続いている。一、二、三。あの日の僕も、白の中で数えていたんだと思う。音楽には、ならなかった。一度も。


 気がつくと、僕は自分の部屋にいて、青いノートの最後のページが開いている。そこには、こうある。


「これで最後。どうするかは、君が決めて」


 字は、もう誰の字でもいい。読み終えた僕が、ここにいる。それだけが、ページの外の事実だ。


 窓の外で、雨がやみかけている。雨音が数えられないほど遠くなるのを、僕は初めて、引き止めずに聞いている。

ノートを閉じるなら、第23話へ。


まだ認めず、ノートがハルのものだと確かめに行くなら、第21話へ。

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