第14話 雨の駅
次の雨の日に、僕は駅へ行く。
カメラの映像と同じ道を、同じ時刻に歩く。十八時四十一分。傘の列。パン屋のあかり。濡れた点字ブロック。ぜんぶ、あの映像のとおりだ。違うのは、この道を歩く僕を、今日はカメラだけが見ていることだ。
パン屋の店先で、傘を差した親子が雨宿りをしている。子どもが水たまりを踏んで、叱られて、笑っている。あの日もきっと、この道の全部に、こういう普通の夜があった。ハルの最後の道は、誰かの、なんでもない帰り道だった。
踏切が見えてくる。
遮断機の前で立ち止まる。カン、カン、という音。赤い光が、雨の粒をいちいち照らす。電車が通過して、風と水しぶきが顔に当たる。
――来ないでって、言ったのに。
声がする。しない。しているのは頭の中だ。わかっている。わかっているのに、右耳のすぐ後ろで聞こえる。あの日と同じ、少し早口の。
あの日と同じ?
僕はいま、何と比べた。電話の声は存在しない。履歴のどこにもなかった。それなのに僕の記憶は、「あの日と同じ」と言った。あの日、僕はこの声を、どこで聞いた。スピーカー越しじゃなく――雨の中で、じかに?
足元を見る。靴が濡れている。
傘は、差している。ずっと差していた。それなのに、靴だけじゃなく、膝から下がぐっしょりと濡れている。水たまりを、走って渡った人みたいに。
いつから。僕はいつから、濡れている。
時計を見る。十九時十分。踏切の前に立ってから、まだ五分のはずだ。五分で、膝まで濡れるはずがない。それとも僕は、五分だと思っている三十分を、ここで過ごしたのか。
ポケットの中でスマホが震える。母からの、なんでもない連絡だ。画面の時刻は、腕時計と同じことを言っている。機械はふたつとも正しい。狂っているのは、この体の側の時間だけだ。
遮断機がもう一度上がって、下りる。そのあいだ、僕は一歩も動いていない。動けない僕を、駅の灯りが均等に照らしている。逃げた人も、追った人も、立ち尽くした人も、灯りは同じ明るさで照らす。それが、少しだけ許しに似ている。
顔を上げると、線路の向こう――反対側の道に、人影がある。傘を差さずに立って、こちらを見ている。雨で輪郭がにじんで、顔は見えない。見えないのに、目が合っているのがわかる。
遮断機が上がる。
渡れば、確かめられる。でも足が動かない。そのあいだに、次の電車のアナウンスが流れて、遮断機はまた下りはじめる。人影は、もういない。最初から、いなかったのかもしれない。
――晴れたら、駅の反対側で。
雨の日じゃ、だめなんだ。ハルはずっと、そう言ってたじゃないか。
帰り道、コンビニの傘立てで、僕は自分の傘を取り間違えかける。手が伸びた先にあったのは、隣の、青いビニール傘だった。青。手が、勝手に青を選ぶ。体のどこかが、まだあの日から帰ってきていない。
晴れた日に、反対側へ行くと決めるなら、第22話へ。
雨のやまないうちに、もう一度ここへ戻るなら、第18話へ。




