戦いの結果
わんわん泣いて、どれくらい時間が経ったのだろう。
乗ってきた八つ足の馬は近くにあった民家の塀の陰で昼寝をしているようだし、お婆さんは全然泣き止まないエレーユにもうお手上げの顔をしている。
しかしエレーユは、あまり水分補給をしていないにも関わらず、まだまだ泣ける気がしていた。
もうこの際干からびるまで泣いてやろうかとも思ったが、遠くから何かの気配が近づいてくる。
嗚咽を堪えて泣きながら耳を澄ますと、どうやら近づいてくるのは魔物ではなく人間のようだった。
「……かー?」
「……ですよー!」
人の声がするので、間違いない。
何を言っているのかは分からないし、誰かも分からない。
彼らが近づいてくるのを待って確認すると、それは数人の騎士だった。
表情は何故か一様に明るく、装備も軽装だ。
しかも、「もう大丈夫ですよー」「ここはもう安全です」なんて声を出しながら歩いているようだ。
「本当に安全なのかえ?魔物はもう来ないんか?」
「はい、魔物の殲滅は完了しました」
「ワシらは助かったのかえ?」
「はい、もうこの街の避難命令も撤回されました」
避難を拒否していた住民がお婆さん以外にも実は結構いたらしく、声を張り上げている騎士たちに応じて、何人も家からひょこひょこと顔を出していた。
魔物はどうやら殲滅されたらしい。
それが本当なら国は守られた。でも、犠牲となったエルフリートはもういない。
守られた平和の影には、たくさんの犠牲がある。そしてエレーユやお婆さんのように人知れず泣く者がいる。
王国に平和が戻ったことを素直に喜べないまま、エレーユはそのまま座り込んで泣いていた。
空を仰いで鼻を啜ると、歩いてくる騎士の一人と目が合った。
「……なんで、ここに」
無表情なのに、その騎士が驚いた事はハッキリと分かった。
勿論、彼がここに現れたことにエレーユも驚いた。
そして不思議なことに先ほどまで力が全く入らなかったエレーユの足がバネのように地面を蹴って、気づいたら騎士に抱きついていた。
「!!!!」
エレーユにいきなり抱き付かれた騎士は更に驚いたようだった。
「エルフリート様、ですよね」
「あ、あああ」
「殲滅、完了したのですよね。騎士団が勝ったのですよね」
「ああ」
「エルフリート様は死んでないですよね?」
「ああ」
「幽霊ではないですよね?」
「ああ」
「生きてますよね?」
「ああ」
「良かった……」
ぎゅっと腕に力を込めて密着すると、エルフリートの心臓の音が聞こえた。
動いている。それに体も温かい。
死んでいない。
エルフリートが生きている。
良かった。本当に良かった。
安心で泣き崩れないよう、更に力を込めてエルフリートに抱きついた。
こうして実体に触れていると、「やっぱりエルフリートは幻で本当は死んでいました」なんてオチを心配しなくて済む所も良い。
……でも、何かしら。心臓の音、やけに早い気がするわ。もしかして怪我をしているのかしら?!
ふと強烈に心配になってエルフリートの顔を覗き込むと、エルフリートは更に更に驚いたようだった。
普段は無表情で何も感情がわからないが、流石に狼狽えているのが見て分かる位だった。
「エルフリート様、やっぱり怪我をしているのですか?」
「いや」
「隠さなくても大丈夫です!痛いところはありませんか?!」
「な、ない」
「では毒ですか?麻痺ですか?それとも魔物の呪いにかかったとか?」
「だ、大丈夫だ、から」
「ではなんでこんなに心臓が速いのですか!」
「!」
エルフリートが完全に固まって、周りの騎士と残っていた住人の視線が一斉に二人に集まった。
「こんなに速くて大丈夫なんですか?!」
エレーユはぎゅっとエルフリートに抱きついたまま問い詰めた。
エルフリートは項垂れるように顔を隠し、何も返事をしない。
焦ったエレーユは、傍にいた騎士の一人に助けを求めた。
「エルフリート様は大丈夫なんですか?!」
「あー、えっと」
「なんですか?教えてください!どんな手を使ってでも治しますから!」
「こんなに可愛い婚約者にいきなり抱きつかれたら、誰でも脈拍くらいは速くなるっていうか……」
「あっ」
我に返ったエレーユはエルフリートからバッと身を離した。
「え、えっと……私ってば何を……」
無意識とはいえ、なんと大胆な行動に出てしまったのかと、穴があったら全力で入りたい気分だった。
だが、もし穴に入っていたら、思い出し赤面して一生出てこられなくなっていただろう。
「じゃあアレだ。エルフリートは今回の功労者でもあるし、俺らはちょっと向こうを見てきますかね」
「そうだな。はいはい、住民の皆さんはこちらへお願いしまーす。ついでに点呼もしたいんで早くー」
騎士たちは住人たちを連れて、サッサと何処かへ行ってしまった。
その場に残されたエレーユは、エルフリートと二人きりになった。
沈黙が続くと色々思い出してしまうので、エレーユはとりあえず謝る事にした。
「あの、抱きつくつもりは無くて、ええと、ごめんなさい」
「いや」
「私も体が勝手に動いてしまったのです。なんというか、嫌でしたよね。嫌だって引き離してくれても全然……」
「いや、別に、嫌ではない、から」
「ええ、嫌でしたよね、以後気をつけます……。って、嫌ではなかった?」
「ああ……」
「そう、なのですか?」
「驚いただけ、だから」
「そう、ですか」
……お風呂、入っておけば良かった。
エレーユは頬が熱くなるのを感じて、思わず下を向いて顔を隠した。
エルフリートの事はもう一ヶ月くらいまともに直視できないだろうとエレーユが悩んでいると、エルフリートがゆっくりした口調で話しかけてきた。
「ここまで、何で来た?」
「馬、です」
「あそこの八つ足か?」
「はい」
「八つ足、乗れるのか」
「はい。乗馬は得意です」
「そうか」
「はい」
「危ないのに何故来たんだ?」
「……だら嫌だと思ったんです」
「え?」
「……様が死んだら嫌だと思って」
「すまない、聞き取れなかった」
「だから、エルフリート様が死んだら嫌だと思ったのです。別に私が来たところで何も変わらない事は知っていますが、居ても立ってもいられなかったのですっ!」
「……」
顔を隠した隙間からエルフリートの様子を伺うと、エルフリートもエレーユ同様、顔を隠すように横を向いていた。
「心配、してくれてありがとう」
「べ、別に心配なんてしていません!どうせエルフリート様が強いのは分かっていますし!」
「そうか。ならば安全なところで、待っていてくれれば良かったが」
「す、すみませんね、変なことをして!」
「変なこと?」
「こんなところまで押しかけてくる令嬢なんて居ないです。絶対おかしいじゃないですか」
「変では無いと思う。俺はむしろ、早く……」
「早く?何ですか?」
「いや、何でもない」
「言いかけたのなら言ってください。どうせ、早とちり勘違い屋とでも言いたかったのかも知れないですが」
ふんっと鼻を鳴らすと、少しだけ調子が戻ってきた。
女の子らしく甘えたり可愛いことを言うのはやっぱりムズムズして変な気分だ。
「いや、早く君の顔を見れたら」
「え?」
「良いと思っていたから、良かった」
「!!!」
戻ったと思った調子が、またひっくり返されてしまったのだった。




