婚約破棄のゆくえ
騎士団本部は、十数年ぶりの脅威度の高い魔物を、撃退した事で大いに盛り上がっていた。
作戦はまず、飛竜騎士のエルフリートが、魔物の雌が好む匂いを纏って出撃したところから始まった。
釣り出す標的は魔物のボス、女王蝗なのだが、大群の攻撃を躱して奥に進まないと、女王蝗の鼻に匂いが届かない。
クライスを含めた数人の精鋭が道中の雑魚処理を引き受け、エルフリートは奥へと飛んで、鎮座していた女王蝗を吊り出した。
しかしやはり夥しい数の兵を生み出した魔物、女王蝗は予想よりも巨大だった。
女王蝗には飛翔能力が無い筈なのに、恐ろしい脚力で飛竜と同じように飛んでくる。エルフリートは何度も齧られそうになった。
女王蝗だけでなく、他の無数の蝗もエルフリートに向かってくる。
装備していた武器は全て壊れ、防御の要だった鋼の盾も真っ二つに破られた。しかし武器は壊れたが、目標のキルゾーンはもう目の前だ。
あとは女王蝗をそこに連れ込むだけだ。
しかし、キルゾーン到達直前に、エルフリートは空中で女王蝗に捕まってしまった。
女王蝗の巨大なかぎ爪が飛竜に食い込み、ノコギリのような歯がエルフリートの鎧をガリガリと削ってくる。
エルフリートは最後の最後に、女王蝗ごとキルゾーンに落ちるように着地したが、エルフリートはもう逃げられないように思えた。
地面でそれを見ていた騎士たちは顔面蒼白だ。
エルフリートは12本もの足に捉えられて、絶体絶命だった。
このままエルフリートごと魔物に対して一斉攻撃が行われるのか。配置についていた騎士たちは皆、ごくりと唾を飲んだ。
しかし、絶体絶命の状況でもエルフリートは冷静に、持っていた盾の半分で女王蝗の足の関節を砕いた。エルフリートの飛竜であるゲーテも炎のブレスで援護する。
女王蝗の怯んだ隙を逃さず、エルフリートは折れた槍の穂先を頑丈な足に思いっきり刺して、力技で女王蝗を地面に縫い止めた。
すかさずエルフリートがその場から退避して、残された女王蝗は魔導砲撃部隊一斉攻撃によって、塵も残さずに消えることとなった。
女王蝗が消滅した後の魔物軍は、完全に統率を失った。そして無限に生まれてくる増援もない。
そうなれば、あとは槍術部隊が敵装甲を貫いて、重装部隊がすり潰し、詠唱魔導部隊が業火を操るだけの簡単なお仕事だ。
騎士団が総力を上げて一気に突撃したおかげで、敵はみるみるうちに減っていった。
こうしてエルフリートは完璧に自分の役目を完了した。
功労者であるエルフリートは、今日、騎士団本部主催の慰労会に招待されていた。
しかしこの日エルフリートが訪れていたのは騎士団本部ではなく、ワイトドール家の屋敷だった。
エレーユがエルフリートを招待した日と、慰労会の日とがたまたま被っていたのである。
そしてエルフリートがエレーユとの予定を優先させたので、騎士団本部の慰労会は主役不在で行われていた。
一方で、何も知らないエレーユはエルフリートと並んで、ワイトドール家の中庭を歩いていた。
「見てください、この花は絶滅危惧種なのですよ」
「そうか」
「なかなか珍しい匂いがします」
「そうか」
「昔は、この花を乾かしたものが香辛料として高値で取引されていました。取引相手には旧帝国やあの雪山の民もいたそうで、とても人気だったのでこんなに数を減らしてしまいました」
「そうか」
「他に何か感想はありませんか」
「いや」
「そうですか」
会話はいつもの調子で普通に途切れた。
エレーユが喋らなくなると、途端に生命が死滅したかのようにしんとしてしまう。
……あれ?やっぱりエルフリート様、私の事嫌いなのでは。
頑張ってコミュニケーション取ろうとしても会話が全然弾まない。どれだけ話しかけてもニコリともしない。
ついこの間、もしかしたらエルフリートはエレーユを憎からず思ってくれているのではと思ったけれど、もしかして、エレーユの壮大な勘違いだったのだろうか。
……あり得るわ。エルフリート様の数少ない言葉を、私が壮大に曲解した可能性が。
「遊覧船」
エレーユが青ざめていると、独り言のようにエルフリートが言った。
なんの前触れもない一言に、エレーユはキョトンとして聞き返した。
「はい?なんですか?」
「遊覧船、はいつ乗る」
「あ、ええと、乗るんですか?」
「ああ」
「私と、ですか」
「ああ」
今日のエレーユは、実は遊覧船に乗る予定も立てたいと思っていたのだが、エルフリートのそっけない態度に心折れかけていたので、エルフリートからこの話題が出てきたのは意外だった。
「私は、まあ週末であれば、予定を空けられないこともないような気もしなくも無いですけど?」
「では、来週末は?」
「そんなにすぐですか?!」
「忙しいか」
「エルフリート様こそ忙しいのでは無いですか?」
「いや、俺はいつでも大丈夫だ」
「そうですか。私は普段はとても忙しいのですが、何というか丁度、たった今、予定がキャンセルになったので、まあ来週末でも大丈夫ですけど」
「そうか」
チラリとエルフリートの様子を伺うと、やっぱり無表情だった。
……あら?でも今少し笑った気もするわ。
目を凝らしてよくよく観察すると、今までの無表情とは何となく違う無表情な気がする。
「楽しみに、している」
「えっ?」
「いや、楽しみだ、と」
「え?ええと、わ、私も……!」
「君も?」
「え?!えっと、楽しみか楽しみじゃないかで言ったら、どちらかといえば辛うじて楽しみと言うだけですけれど!?だ、だって遊覧船に乗るのは久しぶりですし!遊覧船でしか味わえない文化もありますし」
「そうか」
慌てて言い直すと、また少しエルフリートが笑った気がした。
「当日は迎えに行くから」
「わ、分かりました」
エレーユは何となくソワソワしてしまって、無駄に髪を撫で付けたり、袖を正したりしてしまった。
それにしてもあのエルフリートと来週また会えるとは、何だか変な感じがする。
第1章のこちらで一区切りとさせていただき、一旦作品の設定を完結とさせていただきます。
ここまで読んでくださりありがとうございました!




