速報
エルフリートたち飛竜部隊は他の部隊と共に出陣した。
魔物の軍勢はもうすぐそこまで迫っている。
もう一刻の猶予もない。
陣は迅速に展開され、エルフリートの部隊が仕掛ける日はもうすぐそこまで迫っていた。
エレーユは戦線の状況を、速報や騎士団勤務の妹を通して把握していた。
「エルフリート様が出る作戦の実行は第一砦と第二砦の間の岸壁地帯だけど、第一砦が突破されたのが2日前だから、そろそろだと思うの」
「……」
「大丈夫よ、お姉様。エルフリート様は私たちの重装部隊でも話題になるくらい強い人なんだから」
「そうよね」
「うん、そうよ。それより、アレクサから通信が来てたわ」
「何て言ってたの?」
「アレクサは相変わらずみたい。エルフリート様が魔物のボスを誘い込む予定のキルゾーンはもう構築完了したらしいんだけど、アレクサはそこに特注の十二口銃を持ち込んでるんだって」
「十二口銃って何かしら」
「一度に十二の弾を発射できる銃なの。一回で十二体の魔物を屠れる優れものだけど、扱いが難しいのよね。何せ、十二の照準をいっぺんに定めなきゃいけないもの」
「それくらいなら、アレクサは難なくできそうではあるけれど」
「うーん、まあ、あの変態男はそれが出来るから変態なんだけど」
きっと大丈夫。
エルフリートは危険な任務だが、きっと上手く狙った魔物を誘い出して、目的の場所まで誘導することができる。
しかしその翌日、エレーユの目に飛び込んできたニュースは、エレーユを青ざめさせた。
新聞を凝視するエレーユは呟く。
「北端の街だけでなく、新たな街に避難命令……どう言うこと?」
……魔物の進軍は今日で止まるんじゃ無いの?予定では、エルフリート様が魔物のボスを倒して、あとは殲滅戦のはず。そうなれば、新たな街に避難命令なんて出る筈が無いわよね?
嫌な寒気が、背中をゾッと伝った気がした。
分からない。
何故、戦況が悪くなっているのだろう。
何故、エルフリートの作戦が失敗した事が示唆されているのだろう。
夕刻。
エレーユは、早々に帰宅した妹のメーデルを訪ね、説明を求めていた。
「お姉様。あまり気を落とさず聞いてね」
普段クリクリと瞳を潤ませているメーデルだが、今日は人が違ったように険しい表情だ。
「お姉様が言ったように、王国の北にある三つの街にも更に避難命令が出たと言うことは、魔物がさらに進軍して来るという事なの」
「でも、今日で魔物の進軍は止まる筈でしょう?エルフリート様が魔物のボスを討ち取るから」
「それが出来ていれば、の話なの。お姉様」
エレーユは思わず耳を塞いでしまいたくなったが、辛うじてなんでも無い顔を取り繕った。
エレーユが一度取り繕って仕舞えば、生まれてからずっとエレーユの妹をやっているメーデルでもエレーユの本心は分からない筈なのだが、何故か今回は簡単に見破られた。
「そんな顔をさせてごめんなさい、お姉様。でも言うわ。魔物の進軍を許してしまった、つまりエルフリート様の部隊が、魔物のボスを討ち取れなかったのだと思うわ」
改めて聞いたエレーユは、その真実の重みがずしりと全身にのしかかって来る思いがした。
魔物の進軍を許してしまった。
標的の魔物を討ち取れなかった。
それはつまり……
「エルフリート様は、無事なの?」
「ごめんなさい。私のところに情報は来ていないの」
「情報が来ていないと言うことは、無事よね?」
「ごめんなさい。分からないの」
「……本当に分からない?」
「ごめんなさいお姉様。私は財務部所属でしょ、今日は騎士も皆出払って様子も聞けないし、新聞以上の事は知らないの」
「では、無事はいつ分かるかしら」
「騎士一人一人の無事は、多分すぐには分からないわ」
「そう。分かったわ」
……無事では無いかもしれない。エルフリート様が。
妹の前だから、取り乱す事などしない。
しかし、辛うじて出来たのはそれだけだ。エレーユは内心ではパニックになっていた。
……まさか、まさかそんな事って無いわよね。無いわよね。無いわよね?
エルフリートに限って、そんなことはあるはずがない。
そう、あるはずがない。
メリエーヌだって言っていた。エルフリートは強いと。
剣部祭でだって、エルフリートは活躍していた。強かった。
でも、皇太子のような規格外の相手には押されていた。怪我だって負っていた。
では今回の魔物は?十年に一度の災害級の魔物らしいのに?
絶対に大丈夫だと、本当に言い切れるの?
「お姉様、大丈夫?」
「ええ、大丈夫よ」
大丈夫、な筈なのに声が震えてしまった。
メーデルに気づかれてしまっただろうかと様子を伺うと、目に涙を溜めたメーデルと目が合った。
「ごめんなさいお姉様」
「何が?メーデルが謝ることなんて無いでしょう」
「こんなことは言いたくないわ。でも騎士が相手なら付きまとう事なの。覚悟を、しておいた方がいいかもしれない」
「覚悟……?」
「私、決めてるの。結婚するのはイケメンなだけじゃなくて、絶対に死なない強い人がいいって。だって、一人残されるのは辛すぎるものっ」
「っ……」
それを言葉にはしないで欲しかった。
もう、一生会えないかもしれない。
そんな日が、今日来るの?嘘でしょう。
……まだ、話したい事だってあるのに。まだ遊覧船も乗れていないのに。まだ髪飾りをつけたところだって見せていないのに。エルフリート様だって少しだけ、喋ってくれるようになったのに。
エルフリートが騎士を生業としている以上、その可能性を考えないことはなかったが、こうして恐怖が背中のすぐそこまで迫り来る感覚は初めてだ。
「……お姉様?」
「そろそろ失礼するわね。メーデルも疲れていると思うからゆっくり休んでね」
エレーユはゆっくりと立ち上がり、メーデルに微笑んで挨拶をした。
メーデルはエレーユの背中に向かって何か言っていたが、エレーユは居ても立っても居られない気持ちを懸命に抑えて、メーデルの部屋の扉をゆっくりと閉めた。
廊下に出る。廊下に敷かれた赤い絨毯がやけに柔らかくて、足が沈み込んでいきそうだ。だけどそれを堪えて、廊下を進む。
灯りの付いていない自室の扉を開ける。
浅い呼吸を抑えるようにして中に入り、ガチャリと扉の鍵を閉めた。
鍵の音がやけに大きく耳にこだました。
エレーユは扉に背をもたれさせて、その場で立ったまま天井を眺める。
……どう、しよう。
もう、一生会えなくなったらどうしよう。
エルフリートは大丈夫だと言ったのに。
お守りだってくれたのに。今度こそ遊覧船に乗ると約束したのに。
こんなことなら、エレーユが帝国へ行けばよかった。
エルフリートが死ぬより、エルフリートと結婚できないことの方がまだマシだった。
色々なことを想像しただけで、足から崩れそうになる。
別に、そんなにエルフリートのことなど好きではない筈だった。
エレーユが憧れるロマンス小説のヒーローとは全く違って、優しい言葉をかけてはくれないし、気も効かない。エレーユの気持ちなんて全く分かっていないし、エレーユのことをどう思っているのか、あまり分からないし。
でも何故か、もう会えなくなるのは嫌だった。
……無事を、確認しに行くわ。
エレーユは衝動に任せるままに服を脱ぎ捨て、手持ちの中で一番動きやすくて地味な服を身につけた。
そして一番軽くて丈夫な上着を引っ掛け、思いついたものを小袋に投げ込んで、それを肩から掛けた。
準備ができたら、エレーユは人目を盗んで屋敷の外に出た。
まさか、品行方正な公爵令嬢が夜中に屋敷を抜け出すなど誰も思いはしないだろう。
日は暮れている。
薄暗い庭を、エレーユはまっすぐ厩舎に向かい、一番足の速い馬に飛び乗った。
横腹を蹴り、静かに馬を動かす。門を潜って外に出てからは、全力で駆け始めた。
目指すは王国最北端、北の第二砦。エルフリートたち最前線の騎士団が拠点にしている場所。しかし同時に、避難命令が出されていて一般市民は近づけない場所。
エレーユは今、とても冷静とは言い難い状態だった。
節度ある公爵令嬢ならば絶対にこんな暴挙には出ない。だけど、今はそんな事どうでもいい。
それよりも、もっと馬が早く走ってくれれば良いのにと、普段なら振り落とされそうで絶対に乗らない暴れ馬にも文句をつけたい気持ちだった。




