見送り
翌日、エレーユは騎士団本部までやってきていた。
目当ての人影を見つけ、一瞬たじろいでしまったが、エレーユはえいっと気合を入れて声を出した。
「エルフリート様っ」
気づいたエルフリートが顔を上げる。
一瞬、エルフリートが戸惑ったように二の足を踏んだので、エレーユは咄嗟に身構えた。
クライスの言ったことは実は大嘘だったらどうしようなんて思ってしまった。
しかしエルフリートは、すぐにエレーユの元まで来てくれた。
「どうした」
「ど、どうしたもこうしたもないです……色々言いたいことがあります」
「分かった」
「……色々、言いたいことがあります。あるんですが、まず、先に、これを差し上げます!」
エレーユは自身の勢いが無くならないうちに、渡すものだけ渡しておこうと手に持っていたものをエルフリートに押し付けた。
小さな袋状のものが、エルフリートの大きな手の中に収まる。
エルフリートはそれをまじまじと見て、小さく首を傾げた。
「これは……巾着か?」
「お、お守りです!」
「お守り?」
「作りました」
「作……?」
「き、危険な任務に行くと聞きました。行くんですよね?」
「ああ」
「だから、お守りですっ」
「お守り……」
エルフリートは小さく復唱した。しかし感情が読めない。
気持ち悪いと思われていないだろうか。荷物になってしまうだろうか。やりすぎただろうか。
「絶対無事でいてください」と言うつもりだったが、エルフリートの感情がわからなさすぎて、エレーユはつい心にも無い言葉を口走ってしまった。
「だ、だって、エルフリート様が帰ってこないと、遊覧船のチケットが余っちゃうじゃないですか!い、行ってくれるんですよね、私と」
「……ああ」
「ならいいです。ずっと返事が来なかったので、もう行きたくないのかと思ってました」
「そんなことは、ない」
「そうですか」
「忙しかった」
「わかりました、ならいいです」
お守りを渡し終えると、することがなくなってしまった。
「私のために戦ってくれるのですか?」とか「私を帝国へ行かせたく無いと思ってくれたのですか?」とかもっと言いたい事はあったけど、いざ本人を目の前にすると、もう何も言えない。
堪りかねたエレーユは、くるりと回れ右をした。
「では、もう用が済みましたので帰ります。エルフリート様は忙しいでしょうし」
一歩踏み出すと、エレーユは小さく袖を引っ張られた。
恐る恐る振り返ると、エルフリートが首を振っていた。
「忙しくない」
「で、でも明日出発なんですよね。絶対忙しい筈じゃないですか」
「いや、大丈夫だ」
「……わかりました。私は暇なので、も、もう少しいます」
二人は何となく並んで歩いた。
特に、これと言った会話はない。何処へ行こうとも話す事はなく、ただ何となく人が少なそうな道をゆっくりと歩いて、気づいたら騎士団本部の裏庭にまで来ていた。
裏庭といっても人が少ないだけでとても明るい場所で、花が咲き乱れて、畑まである、よく手入れされた綺麗な場所だ。
「城下街に行かないか」
唐突に、隣のエルフリートが声を発した。
「え?城下町?私は大丈夫ですけど……エルフリート様は大丈夫なんですか?明日出発なんですよね」
「問題ない」
「ならまあ、良いですけど」
やっぱりエルフリートが何を考えているのかはこれっぽっちも分からないが、エレーユに断る理由はなく、導かれるまま騎士団の馬車に乗り、10数分揺られて城下町に到着した。
馬車を降りると、エルフリートはエレーユを気遣う素振りを見せながら、前を歩いていた。
行きたいところがあるのだろう。
エレーユが大人しく着いていくと、エルフリートは神殿の中に入って行った。
……神殿?
王国には国の至る所に神殿がある。だが、王国民が特に信心深いという訳ではなく、神殿は街のカウンセラーであったりコミュニティの軸であったりする側面が強い。
エルフリートも特定の宗教を熱心に信仰しているなんて話は聞いたことがないし、神殿に何の用だろうと思っていると、エレーユが困惑している間にもう用を済ませたらしいエルフリートが戻ってきた。
「何をしてきたんですか?」
「いや」
「いや?」
「いや、その」
「なんですか」
「絶対に守る」
「あ、国をですよね!誓いを立ててきたということですか。はい、ありがとうございます」
「いや、国じゃない」
「え?じゃあ何を守るんですか」
「君を」
「……え」
……え。えっと。い、今なんて。
耳がおかしくなったのかと思ったエレーユは、その場で医者にでも駆け込みたい気分になった。
「あまり、気の利いたことができないが」
心臓がおかしい音を立て始めて、変な汗がダラダラ流れている。
ど、どうしよう。
エレーユが今にも逃げ出したい衝動を堪えていると、エルフリートがふわりと大きな手を開いた。
「これを」
「な、な、なんですか?これ」
エルフリートの手の中にあったのは、綺麗な金属で作られた鈴だった。
ころんと優しい音がする。
「安全のお守りらしい」
「え?」
「これを」
「も、もしかして私に?!」
「ああ」
「で、でも、私はエルフリート様たちのおかげで安全なところにいるんですよ。エルフリート様が持っていれば良いのに!」
「いや、持っていてくれ」
「なんで、私が、いいんですか?」
「ああ」
「……じゃあ、そこまで言うのなら、ありがたく頂戴します」
鈴を受け取ると、それはエレーユの手の中で再びころんと鳴った。
……私の安全、やっぱり願ってくれていたんだ。
クライスが言ったように、エルフリートが守りたいと思ってくれていたのは間違いではなかったのかも知れないと、急に信じられる気がしてきた。
……どうしよう。
何だかとても混乱しているが、素直に言うと、とても嬉しかった。
しかし、どうしていいか分からなかったエレーユは、そのまま無言でいることしかできなかった。
エルフリートがもう用は済んだと言うので、神殿を出ることになった。
その途中、エレーユたちは店の脇を通り過ぎた。
……あれ?
ふと見ると、そこで売られている合格祈願のお守りと、エレーユが持っているお守りのデザインが全く一緒だったので、思わず二度見してしまった。
……あれ、エルフリート様にもらったお守りと一緒の物。合格のお守り?!
エルフリートは安全のお守りだと言っていたのだが、もしかしてエレーユを揶揄って内心、愚かな女とでも思っている?浮かれたエレーユを手のひらで転がして楽しんでいる?
いやいや、間違えて買っただけかも知れない。忙しさであまり眠れていない可能性だって高いし、時間だって限られているのだから、焦って買ってしまったというセンもある。
「うーん」
思わず唸ってしまった。先程までバクバク跳ねていた心臓が、少しだけ緊張をほぐしてペースダウンした。
……でも、まあいいわ。これが私の安全のお守りということで。
ころん、と手の中で鈴が鳴る。この音も悪くない。
それに、そもそもエルフリート自身が守ってくれるのならば、お守りは合格であろうと健康であろうと、なんでも良いではないか。
それにそもそも、「君を守る」と言った流れからお守りをもらうのも、よく考えたら、よく分からない。
エレーユが読んだどのロマンス小説にもそんなストーリーは無かったし、誰に聞いてもこれはロマンチックなシチュエーションじゃないと言うだろう。
……でも、まあいいわよね。
エレーユは隣のエルフリートの横顔を仰ぎ見た。
「エルフリート様」
「なんだ」
「今回の魔物は災害級だと聞きましたが、大丈夫ですよね」
「大丈夫だ」
「エルフリート様も、大丈夫ですよね」
「ああ」
「絶対に大丈夫ですよね」
「ああ」
エルフリートが頷いたのを見て、エレーユも頷いた。
エレーユの作ったお守りは、エルフリートが丁寧に内ポケットに仕舞っていた。
素人が作ったお守りに効果なんてあるのだろうか、なんて言い出したら一針一針真剣に縫った過去のエレーユを否定することになるから、どうか効いてほしい。
……きっと、大丈夫。エルフリート様はとても強いってメリエーヌも言っていたもの。
忙しくないと言いつつも、城下街から騎士団本部に戻ってくるや否や団員に捕まったエルフリートに小さく手を振って、エレーユは帰路に着いた。
エルフリートが帰ってきたら、返事をずっとくれなかったことはこの際水に流して、今度こそは遊覧船に乗ろう。
楽しみというほどではないが、エルフリートが行くと言ったのだから、約束は守ってもらわなくては。
そしてその時、仕方がないからエルフリートに貰った髪飾りもつけて行こう。
あまり目立たない、エレーユの好みかと言われれば微妙な髪飾りだが、服も落ち着いたものにすればきっとしっくりくるはずだ。きっと悪くない。
……そして、喜んでくれたら、良いのだけれど。




