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私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ
第1章

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クライスの訪問


時期が早まったとでも言うのだろうか。

もう覚悟はできているので、それが早まろうが遅くなろうが、あまり関係はない。しかしいよいよか、と思うとカップを持つ手に思わず力が入った。


「もう準備は整いました。帝国へはいつでも出発できます」

「それがな、エレーユちゃん」

「はい」

「エレーユちゃん、帝国へ行かなくても良くなったぞ!」

「はい?!」


腹を括っていたはずだったのに、変な声が出た。

まさに逆の予想外が起こって、エレーユはちょっと理解が追いつかなかった。


「帝国への援軍要請は正式に取り下げられた。ここに陛下からの書面がある」


クライスはテーブルに羊皮紙を一枚大きく広げた。

覗き込むと、要件と共に陛下のサインがあった。


「……本当ですね」


エレーユは驚きを出来るだけ押し殺して、小さく呟いた。

書面は何度見ても、帝国との取引がなくなったことが記されていた。


ふと顔を上げると、クライスと目があった。


「エレーユちゃん、嬉しいか?」

「……」

「どうした?嬉しくないのか?」

「正直に言うと、疑問の方が強いです。何故ですか。皇太子も別の女性がいいと言ってきましたか?」

「いいや。皇太子はまだエレーユちゃんにご執心のようだ」

「ではまさか、帝国を怒らせて取引自体がなくなったとか……?!」

「いいや。援軍要請を取り下げたのはこちらの意思だ」

「え?それは何故ですか。王国は援軍が必要な筈」

「王国騎士団は、大丈夫だ」

「勿論、騎士団は強いです。でもそれでも戦力不足だから、帝国の力を借りる予定だったのでは」

「ああ。だが、理不尽な要求をしてくる帝国の言いなりにはならない。俺たちはそんなに弱くはない。それに、エレーユちゃんだって結婚相手は自分で選びたいだろう?」

「いえ……私は公爵家の人間ですし、国の為になるなら構いません」


カップの中の減っていない紅茶を見つめたエレーユに、クライスは優しく声をかけてきた。


「エレーユちゃん」


エレーユは心がざわついているのを悟られないように、クライスを見つめ返した。


「もう荷造りはしなくていい。エルフリートに送った婚約破棄の書類も、差し戻しでいいか?」

「……それは」


帝国に行かなくても良くなったのは、正直とても嬉しい。あんな皇太子、もう顔も見たくないような人物だと、本心では思っていた。

しかし、エルフリートに婚約破棄の書類を差し戻すと伝えたら、彼は嫌な顔をするかもしれない。やっと別れられてスッキリしたのにと残念な顔をされたらどうしよう。そんなの、見たくない。



「なあエレーユちゃん。エルフリートは今回の作戦で、一番危険な部隊を率いるんだ」

「……危険って、どれくらい危険なんですか」

「かなり危険だ」

「クライス様はエルフリート様の上官ですよね。貴方の采配ですか?」

「いや。エルフリートが志願したんだ」

「エルフリート様が?何故」

「エレーユちゃんのためだ」

「はい?私の為?」

「そうだ」

「どういうことです?全く訳がわかりません」


クライスが要領の得ない事を言うので、エレーユはイラつくとまでは行かないものの、困惑していた。

いつもはハッキリと喋るクライスだが、今回は彼の言っていることが良く分からない。


「帝国の援助を受けていれば、エレーユちゃんが帝国へ行くことになるよな」

「それがどう関係あるのですか」

「だから、自分の婚約者が帝国に行かされるなんて、エルフリートは嫌だったんだよ」

「私が帝国に行くことが嫌だった?そんな事は一言も本人から聞いていませんけれど」

「エレーユちゃんこそ、帝国へ行く話をエルフリートにしていなかったそうじゃないか」

「……書面では、しました」

「まあそれは今は置いておこう。とりあえず、エルフリートはエレーユちゃんを守る為、危険な役を買って出たんだ」

「何故、そんなことを」

「そりゃあ」

「そりゃあ?」

「エレーユちゃんが何より大切だからだろう」

「えっ」


突然、思いがけない言葉が聞こえて来たので耳を疑った。

エレーユはきっと、豆鉄砲を喰らった鳩よりも更に驚いた顔をしていたに違いない。


「いえ、でも、エルフリート様が、そもそも、私を守るとか、帝国に行ってほしくないとか、そんな事を思う訳ないじゃないですか」

「いやいや。滅茶苦茶思ってるよ。でなければあんなに必死に、団長の意見を変えさせる説得はできない」

「き……騎士団長に意見したんですか」

「ああ。陛下にも直談判したぞ」

「あのエルフリート様が?」

「そう、あのエルフリートがだ」


不意に、エレーユは泣きそうになった。

たとえ誇張が入った出まかせだったとしても、嬉しかった。

あの姉想いで破天荒な弟でさえ覆せなかったエレーユの帝国行きが、エルフリートによって阻止されたことは本当のようだった。


……あのエルフリート様が。本当に私のために?


込み上げて来たものをウワッとぶちまけたかったけれど、公爵令嬢として鍛え上げられた涙腺は強固だ。それが可愛くなくて憎くらしくもあり、感情を隠せて便利な部分でもあった。


「エルフリートは、明日出る」

「明日……?」

「そうだ。飛竜部隊は全員、明日王都を出発だ。よかったら少し応援に行ってやってほしい」

「……」

「最後、とは俺は絶対に思わないが、やっぱり赴くのは戦地だからな」




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