返事が来ない理由
エレーユは、時間が取れそうな日をいくつか書き出して、エルフリートに手紙を送った。
エルフリートから、遊覧船に乗ろうと言われたからだ。
エレーユとしては、乗りたいと言われたから仕方なく暇な日を送っただけだ。
エルフリートから誘われるのは珍しいし、たまにはいいだろう。
もちろん、別に、エルフリートと行きたいわけじゃない。
手紙を送ってから、エレーユは毎日2回、執事に手紙が来ていないか確認した。
勿論、別の郵便物をチェックするついでにだ。
しかし、一週間が過ぎても二週間が過ぎても、三週間が過ぎてもエルフリートからの返信はなかった。
髪飾りをもらって、遊覧船に乗らないかと聞かれた先日の出来事がまるで嘘だったようだ。
……エルフリート様はもしかしたら、誰かに私のご機嫌を取っておくようにと強制でもされていたのかしら。たとえば、家の人とか。
そう考え始めれば、あの日のエルフリートの行動は全て何らかの裏があると思えてならなくなった。
だって、あのエルフリートが大嫌いなエレーユを誘うなんて、どう考えてもおかしい事じゃないか。エルフリートが少しだけ、エレーユを嫌いではなくなったかも知れないなんて、そんなわけがなかった。早く気づくべきだった。
……あの日のエルフリート様は何かがおかしかった。普段よりも喋っていたような気がするし、その時点で警戒するべきだったのよ。
青色の髪飾りは、文机の引き出しの暗がりの中で静かにしている。
最初は毎日おもむろに取り出しては眺めていたが、ここ最近はもう引き出しの鍵も開けていない。
遊覧船のチケットも、捨てる気も起きないから書類の間に挟んで戸棚に仕舞った。
あとは婚約破棄の書類だが、これはできるだけ早く渡しに行こう。
……何も起きていない。元通りになっただけ。元の予定通り、私はエルフリート様と婚約破棄して、自由になるだけよ。
窓の外を見ると、天気は曇天だった。
ここ最近、曇り空が続いている気がする。
王国の春は晴れの日が多い事で有名なのに、珍しいこともあるものだ。
これで快晴だったら皮肉られているようで嫌になったかも知れないが、エルフリートを含めた王国中の人々がエレーユと同じでこのどんよりとした空の下にいるのだと思うと、少しだけ気分が晴れた……と思うエレーユは公爵令嬢失格だ。
まあ気分が何であれ、天気が何であれ、関係ない。エレーユは残った仕事を片付けるべく、椅子に座り直して机に向かった。
歴史的建造物、博物館のような、王国の文化や財産を保守・管理してきたワイトドール家の長女には、来ない返事を待ち続けてぼんやりする時間などない。エルフリートのことなんてどうでも良いのでそんなことより、一にも二にも仕事だ。何も考えず、【欠文】。
そんな中、エレーユの元に見慣れない商人が来た。
商人は当たり障りのない商品を見せた後、人目がなくなったタイミングでエレーユの手に封筒を握らせた。
一瞬エルフリートかもと期待したが、こんな手紙の渡され方など聞いたことがない。
その晩に部屋に帰って一人で封筒を開くと、透き通ったガラスのような花びらを持った花の押し花と、簡潔にサラサラとしたためられたメッセージが出てきた。
「すぐに迎えに行く。待っていろ」
思ったより癖のない字でそう書かれている。
差出人の名前はイニシャル以外書かれていない。
しかし高級な紙と重厚な色のインクも相まって、簡単にネグラディア帝国のゼファル・クロイツを連想させた。
エレーユはこんな男など待ってなどいない。
しかし、エレーユが待っているものは、もうきっと来ない。
書類仕事に没頭するエレーユの一方で、王国騎士団本部は緊張感に包まれていた。
騎士団本部・中央第一軍議室。
「状況は?」
険しい表情で集まった各部隊隊長たちの中、円卓の最奥に座る騎士団長の隣に座る副団長が口火を切った。
「はい、ご報告いたします」
それに対して、扉付近に座る特殊偵察隊の部隊長が小さく頷き、後ろに控えていた隊員が一歩前に出た。
隊員は、手に持っていた羊皮紙を広げて情報を読み上げ始める。
「対象は蝗の魔物。成体で牛ほどのサイズがあります。脚力に優れ、体長の二、三倍は軽々跳躍します。性質は貪欲で、その脅威的な顎で岩でも食します」
「うむ」
「蝗の魔物の特徴としては、特に変わったところはありません。しかし今回脅威となっているのは、この魔物が短期間で爆発的に繁殖し、軍隊構造を作り進軍している事です」
特殊偵察隊の隊員は羊皮紙を次のページに捲ってから続けた。
「蝗の魔物は、普段であれば牛サイズの蝗と言うだけで対して脅威でもない魔物ですが、今回は恐ろしい大群となっています。理由としては産卵を繰り返す重量級雌個体の出現です」
「女王蜂ならぬ女王蝗といったところか」
「はい。そいつが片っ端から食べ、兵を産み、群れはどんどん巨大化しています」
「厄介な」
「はい。そのため今朝、災害超級認定がされました」
「災害超級か。被害は?」
「はい。確認済みの被害は、北のサモエラ樹林の壊滅、それからダーウェラ川が干上がりました。奴らが通過した後には何も残っていません」
「食い尽くされた、ということか」
「はい。そして現在群れは南下中、王国はその進路にあります。このままの速度だと二週間、いえ、女王蝗には指揮能力もあるようですから、一週間ほどで王国への到達もあり得るかも知れません。事態は一刻を争います」
ごくり。
誰かが喉を鳴らした音がした。
静かな広い軍議室に、それはやたらと大きく響いて聞こえた。




