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私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ
第1章

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よく喋るエルフリート


後日。

騎士団本部にある王国文化財の伝説の武具の展示についての承諾を得に、エレーユは騎士団本部を訪れていた。

仕事でこうして騎士団本部や王宮に出入りする事はよくある。


そこで用事を終えて帰ろうとした時、ふとエルフリートの姿を見つけた。

彼は一人ではなかった。

マイラと話している。

エルフリートの表情はいつもと同じ無表情な気もするし、楽しそうな気もする。もうわからない。


…………だってもう、私には関係ないですし。


距離があったのに、ふっとため息をついたエレーユにエルフリートが気づいた。目があった。


「待て」


エルフリートが小走りにやってくる。

エレーユは咄嗟に逃げようと踵を返したが、あっという間に追いつかれた。


「あれは、ただの飛竜整備官だ」

「聞いてませんけど!私が気にしているみたいな喋り方はやめてください。別に全然気にしてないですし!」

「すまない」


エルフリートは無表情で謝った。

エレーユが何も返事をしないでいると、しばしの沈黙ののちにエルフリートがまた喋った。


「それから」

「……」

「この間は」

「この間が何です?ああ、文句を言おうとしているのですか。こんな面倒な女だとは思わなかった、猫を被っていたのかと」

「いや、謝ろうと」

「何についてです?結婚できなくて申し訳ないとかですか?それなら別にいいですよ。謝る必要もありません」

「いや、パーティなのに一人で置いて行ってしまった。嫌な目にもあったと聞いた。あの時は飛竜整備官が呼びに来て、竜を宥めに行っていたんだ。言葉足らずで不快にさせた。すまなかった」

「え?」


……エルフリート様って、こんなに長い文章喋れるんだ。


エレーユは思わずエルフリートの顔をまじまじと見た。


「すまなかった」

「まあ……いいですけど」


頭を下げられて、許さないわけにはいかなくなってしまった。

そっぽを向きながら返事をすると、少しだけ、エルフリートのまとった空気が柔らかくなったようだった。


「そうか。よかった」

「え」


……なんか、笑った?


微妙すぎてわからない違いだったが、一瞬だけ、エルフリートが笑ったように見えた。


「それから、少し待っていてくれ」とどこかへ走って行き、何かを持って戻ってきた。


「これを」

「え、えっと、これは?」

「いらなかったら捨てていい」

「べ、別に捨てませんけど。そんなに悪女に見えます?ああ、本当に見えているかも知れませんね。だって実際はこんなに皮肉屋で……」

「見えない」

「あ、はい……そうですか。ならいいですけど」


手渡されたのは、三つの包み。

別に統一感があるわけでもないし、中身に予想は全くつかない。だが、どれも丁寧に包装されている。


「開けてもいいですか」

「ああ」

「花とお菓子と、これは……?」


最後の小さな包みの中から出てきたものを見て、エレーユは驚いた。


角度を変えるたびに内側から光が揺らめく深い青の石。細やかな銀細工。繊細な曲線。まるでエレーユの髪のような綺麗な青の髪飾りだった。


「な、なんですかこれ」

「いらなかったら捨てていい」

「だから、別にわざわざ捨てませんけど!少し驚いただけです。なんでこんな物まで」

「渡しそびれた」

「え?いつです?」

「祝賀会」

「何故、渡してくれなかったんです?」

「色が」

「なるほど、私の青い髪に青い髪留めだと全然目立ちませんもんね。適当に選んだのがバレバレですよ」

「いや、考えた」

「……そうなのですか。でも考えたと言ってもどうせ15分くらいですよね。ええ、分かっていますとも」

「半日くらいだ」


……半日。半日?半日も?!


エルフリートはさらっと言ったが、半日も装飾品屋で悩んでくれたのだろうか。

エレーユのために?


「……使います」

「何か言ったか」

「何も言ってません」


我ながらちょろいかも知れないと思い直し、エレーユは何も言ってないふりをした。

エルフリートはそんなエレーユを信じたようで、特に追求はしてこなかった。

それよりも、懐から何かを出してきた。

まだ何かあるのだろうか。


「あと」


エルフリートが出してきたのは遊覧船のチケットだった。


「これはいつ行く」

「はい?」

「俺は、いつでもいい」

「で、でもチケットの出元が私だからと言って、私の予定は関係ありません。本命の彼女と行ってくださいと私、言いましたよね」

「……だから、君に、聞いている」

「えっと、はい?私に?」

「ああ」

「でも私、面倒くさくて嫌な女ですし、悪女ですし、先日のパーティではものすごい失態を……」

「そうか?」

「そうか?ってますます嫌になりませんでしたか?」

「なっていない。それより君だ。君は、俺とは、行きたくないか?」

「え?」

「行きたくなければ、そう言ってくれ」

「ま、待ってください!べ、別に行ってあげてもいいです!」

「そうか」

「遊覧船には興味があるので、い、行ってあげます!」

「分かった」


エルフリートは頷いた。

また何となく、よくわからない微妙な些細なわずかな違いだけだが、エルフリートが嬉しそうにした気がする。


「また、都合が分かったら教えてくれ」

「は、はい」


……今日のエルフリート様、なんか違う。よく喋る。しかも笑う…………!!


エレーユはその場で走り出してしまいたくなる気持ちを抑えていた。

なんで今日のエルフリートが優しいのかはよく分からない。

でも、いつものようにエレーユを嫌悪する気配があまり感じられない。そればかりか、小さく微笑んでくれた。


エレーユは、別れのタイミングを悟って去って行こうとするエルフリートに、反射的に声をかけた。


「あ、あの!」

「なんだ」

「お、送ってくれないんですか!」

「送る?」

「も、門まで。あ、別に、暇だったらでいいですけど」

「分かった」


正直にもう少し一緒にいたいとは言えなかったが、

業務中で忙しいはずのエルフリートが文句も言わず送ってくれただけで良かった。

その道中、エルフリートとは何かを話した気もするし、何も話していない気もする。

それからエレーユは、馬車寄せに待たせていた家の馬車に乗り込み、出発した。

そこからどうやって屋敷に帰ったのか、エレーユはあまりよく覚えていない。


屋敷に着いたら、侍女に後処理を頼んだ。そんな簡単な事にまで気を回せないなんて公爵令嬢失格だと思いながら、婚約破棄の書類を文机の引き出しの奥にしまった。それはうっすら覚えている。


「……」


エレーユは気がついたら自室の文机でぼーっとしていて、手に青色の髪飾りを握っていた。

自分の髪と同じ色の、自分では絶対に買わない色の髪飾り。


……どういう風の吹き回しなの。私のこと、嫌いなくせに。


指の腹で、髪飾りについた石を触ってみる。ひんやりとしているが、ツルツルと滑らかな触り心地。


……私のこと、嫌いなくせに。


ふうと息を吐いてみる。

あの時に話したエルフリートの顔が浮かぶ。

いつもと変わらない仏頂面、だった気がする。でも、思い出せば思い出すほど分からなくなってくる。


……私のこと、嫌いなのよね?


エルフリートが何と言っていたか、順を追って考えてみる。

しかし、あの時エルフリートが何と言っていたか、よく思い出せない。


……でも、少し、嫌いじゃなくなった可能性も、あるのかしら。でも、なんで?あんなに面倒臭い女だと暴露してしまったのに?面倒じゃないの?やっぱり、よく分からないわ。


嫌われることしかしていないのに、好かれるなんて話は聞いたことがない。

しかし、エルフリートから渡された髪飾りも、花も、お菓子も、遊覧船のチケットも今ここに、エレーユのところにある。

永遠に出そうにない答えを探して、エレーユはうんうんと唸っていた。



あっという間にすっかり日が暮れて、侍女が夕食の準備ができたからとエレーユを呼びにきた。

扉越しに、次女の穏やかな声がする。


「エレーユお嬢様、夕食の準備が整いました」

「ひっ!」

「お嬢様?如何されました?」

「いいえ、何でもないです!」


その時のエレーユは丁度、カーテンを閉め切り、髪飾りを静かに着けてこっそり鏡を覗き込んだところだった。

侍女の声に驚いたエレーユはすぐさま髪から飾りをとり、文机の最上段に仕舞って、慌てて鍵までかけてから侍女に返事をした。


「すぐに行きます」


侍女がエレーユの許しなしに部屋へ入ってくることなどないし、そもそも髪飾りを見られたところでどうという事はないはずだ。別に、そんなに緊張することなどない筈なのに。

何をしているのかとエレーユ自身も内心呆れ返っていたが、それは隠して、何食わぬ顔をして夕食へ向かったのだった。





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