助けにきてくれたのは
マイラが飛竜舎に到着した時には既に、エルフリートが暴れている相棒の飛竜を宥めにかかっていた。
マイラもエルフリートを援護するように、その輪に加わった。
飛竜舎は現在、このエルフリートの相棒の飛竜であるゲーテによって、酷い有様になっている。
ゲーテの寝床が全壊して、手伝ってくれているマイラの同僚たちが鎮火したものの、隣の竜の寝床がいくつか燃えた。他の飛竜たちも興奮し始めているし、ゲーテは火こそ吹いてはいないものの、特注の拘束具まで引き千切らん勢いで暴れている。
ゲーテは扱いが難しい飛竜の中でも更に難しい性格で、しかも飛竜と火竜の合いの子なので戦闘力が高いのと同時にとても凶暴だ。
基本的にエルフリートにしか懐いていないので、飛竜管理官が世話をするのは一苦労だし、こうして暴れ始めてしまえば、エルフリートでもない限り手がつけられなくなる。
「ギャアアアアア!!」
「っ!」
ゲーテが暴れていると、エルフリートでも普通に危ない。
今だって、ゲーテが振り回した尻尾に当たって、エルフリートの手の甲が擦りむけたようだった。
「水を」
「はい、こちらです、お願いします!すみません、すみません!あれほど教えてもらったのに、私がお世話に手順を間違えたばっかりに!」
マイラが半泣きで、水の入ったバケツをエルフリートに手渡した。
バシャッとゲーテに水をかけ、怯んだところで激しく威嚇を繰り返す尾を避けて、その背に飛び乗る。
「大丈夫だ」
「ギャアアア!」
「ほら、大丈夫だ」
「ギャ……グルグルグル……グルル」
エルフリートがゲーテの背に乗って手綱を引くと、しばらくして雄叫びがだんだんと低くなっていき、次第に飛竜は落ち着いた。
「よし」
「クルルルル」
エルフリートに頭を撫でられると、何事もなかったようにゲーテが目をぱちくりとさせる。
ゲーテの背からひょいと降りてきたエルフリートの手の甲の傷を舐め、拘束具のついた翼をしょんぼりと垂らした。
ゲーテは完全に落ち着いたらしい。
エルフリートはさすが、飛竜の乗り手だ。隊の中でも一目を置かれるだけはある。
「寝るか?」
「クルルルル」
ゲーテはエルフリートに一度だけ鼻を擦り付けてから、もう眠いとばかりに全壊した寝床に戻り、そのまま体を丸めて寝てしまった。
収まった。
一時はどうなることかと思ったが、なんとかなった。
マイラは、肺の中の空気を吐き切る勢いで息をついた。
生き物ながら軍用兵器に分類される飛竜の扱いを一つでも間違えると、本当に大事故に繋がりかねない。
しかし、たくさんの経験と技術の積み重ねで、飛竜が暴走する大事故は近年ではほとんど無いと言えるほどに減った。
その記録を塗り替えるようなことがなくて本当に良かった。
「エルフリート様!!!すみません、ありがとうございました!!」
「ああ」
サクサク帰ろうとしているエルフリートの背に、180度のお辞儀をする。
「水は石炭を食べる前だ」
「は、はい!すみません、今後、本当に気をつけます!お忙しいのに本当にすみませんでした!」
「大丈夫だ」
それだけ言って、エルフリートは去って行った。
これからマイラは後片付けののちに、管理官の上司にこっぴどく叱られることとなるだろう。
しかし、それも糧に頑張ろう。
マイラはドジが多いが、生き物に好かれる天性の才能と努力を買われて、田舎から騎士団就職の念願を果たした訳だけれど、ゲーテのようにどうしてもまだ仲良くなり切れない飛竜もいる。
こんな未熟者は早く卒業をして、エルフリートのような飛竜騎士を支える一人前の飛竜管理官になりたい。
そしてあわよくば、推しのカップルのお邪魔虫になるのではなくて、推しのカップルを支える存在になりたい。
……
一方、会場に一人取り残されたエレーユがどうしていたのかと言うと。
「ご令嬢、一人?」
「向こうで飲みません?」
「……」
「美味しいお酒ありますよ」
「料理も持ってきましょうか」
少し酔っ払っているらしい騎士が二人、連れ立ってやってきた。
肩をポンポンと叩かれたので仕方がなくエレーユが振り向くと、二人はエレーユの顔に釘付けになった。
「うわー、可愛い!」
「本当だ、めちゃくちゃ可愛い!どこかで見た気もしますが、一人ってことはフリーですよね。なら俺、立候補したいんですけど」
「おいおい、いきなりすぎるだろ、ご令嬢困ってるぞ」
「いやこんなに可愛い子、急がないとすぐ取られるって。あ、俺、重装騎兵部隊のフォーストって言えばわかりますかね。もし良かったら向こうで話しません?」
エレーユはにっっっこりと笑って、差し出されたワイングラスを押し戻した。
「結構です」
「可愛い」「綺麗」と言われて悪い気はしないが、そんな飲みかけの酒で釣れるような女ではない。
別の女の子と姿を消した婚約者には放っておかれて、実質価値なんて無い女だけど、そこは公爵令嬢のプライドだ。
曲がりなりにも、社交界では藍の宝石なんて呼ばれていた時期もあったエレーユの
王国騎士団は伝統と格式、そして厳しい規律で有名だが、酔って無礼講の場では多少地が出てくる者もいるらしい。
「そんなこと言わずに、ね。このフォーストなんて結構人気あるんですよ、有望株だし」
「よせよせ、俺はまだまだだって。でも期待されてるなら頑張るけどな。だから俺と話しとくのも悪くないかもしれませんよ」
「……」
「本当、綺麗なご令嬢ですね。俺らは社交界には疎いけど、ご令嬢はきっと有名なんでしょうね」
「貴女の名前も、よかったら教えてください」
「いえ。あちらで人を待たせておりますので、失礼します」
あちらで待ってくれている人などいないが、こう言えば諦めてくれるだろう。
エレーユは鉄壁の態度を崩さず、綺麗な一礼をしてその場を去ろうとした。しかし、騎士の一人に去り際の腕をガシッと掴まれた。
ハッと驚くエレーユの肩が揺れた。
「何をするのですか」
「思い出した。ご令嬢、剣武祭でものすごくセクシーなドレス着てた方じゃないですか」
「ああ、俺も思い出した。そのドレスで皇太子に迫ったんでしたっけ?ご令嬢って結構大胆な方なんですね」
「へえ、澄ました顔に似合わず痴女なんですね。じゃあ皇太子のついでに、俺たちとも遊んでくださいよ」
ものすごく酒臭い。
エレーユが顔を顰めた時、後ろから声がした。
「お前達、酔っているのか記憶力がないのか分からんが、この『ご令嬢』は王家と歴史を共にしてきたワイトドール家の長女だぞ。その無礼、時代が時代ならこの場で斬首でもおかしくないが?」
「えっ、嘘だろ!やば、しまった!」
「式典でも見たことあった!今更思い出した!」
「お前達、さっさと宿舎に帰って冷水でも浴びて来い!」
そう言ってよった騎士達を追っ払ってくれた影がエレーユに頭を下げた。
そしてその横には、見慣れた影も。
「本当にどうしようもない奴らだ。だが今日は酒も入って無礼講ということで、どうにか許してやってくれないかな」
「エレーユ、大丈夫だったかい。いつ挨拶に来てくれるのかと待ちくたびれて、赴いてみれば痴漢どもに取り囲まれて。とんだ災難だったね」
「メリエーヌ、クライス様!」
エレーユを助けてくれたのは、親友のメリエーヌとその婚約者のクライスだった。
「エレーユ。ようやく話せたね。そのドレス良いじゃないか。似合っている」
「メリエーヌも。ドレスも良い色だし、髪飾りもとても可愛いです」
「クライスが選んだものさ。いつもはセンスがない大木だが、この髪飾りは私も気に入ったよ。エレーユは……。ああ、その髪の生花も美しいね。流石、王国が誇る藍色の宝石だ」
「何か欲しいものがあるんです?メリエーヌがそんなに褒めるなんて」
「ははは。私はいつでも褒めて伸ばすタイプだよ。さて、どうだい楽しんでいるかいと聞きたいところだが、エデンバーグ次男はどうした?」
「知りません。どこかへ行きました。可愛い女の子と一緒に」
「はああ?!」
逆ににっこりと笑って見せたエレーユに反応したのは、メリエーヌではなくてクライスの方だった。
クライスは、メリエーヌに助けを求めるような顔を向けた。
「何をしているんだ、あいつ?」
「私が知る訳ないだろう」
「可愛い女の子って、一体誰だ?」
「だから、私が知る訳ないだろうよ」
「エレーユちゃんを放ったらかしにして、どこに行ったって言うんだ?」
「それは私も聞きたいよ」
困り顔のメリエーヌと不安げな顔のエレーユの間に挟まれて、クライスは、「ああもう」と声を上げた。
「勿論、納得できる訳があるに決まってる。大丈夫だよエレーユちゃん」
「……」
「ほら、エルフリートは真面目なやつだ、浮気なんてしない。エルフリートに限って中庭で逢引きなんてしてる訳がない。大丈夫さ。すぐに戻ってくる」
「そうでしょうか。あの二人、とても親しげでした。人前で、楽しそうに耳打ちしていましたよ」
「ええ?」
「そしてエルフリート様は、彼女に手を引かれて出て行きました」
「えええ?」
「それに引き換え私は、エルフリート様に手を振り払われてしまいました」
「ええええ?そんなまさか、きっと誤解だ。エルフリートに限ってそれはない。ないって。な、メリエーヌ」
「だから、申し訳ないが私には答えようがないよ」
クライスがその場の空気を和ませようと笑顔を作ったが、それは裏目に出る結果となった。
……やっぱり、エルフリート様はマイラさんのような純粋無垢な方に心を開いている。きっと、恋人同士になるのも時間の問題だ。
女の勘は当たるというし。
エレーユは特に、この詭弁建前が飛び交う社交界でやってきた自負があるので、己の直感には多少の自信がある。
「エルフリート様は私のことなど、やはりどうでもいいようです。よくわかりました」
エレーユは、手に持っていた酒のグラスを一気に煽った。
ごくごくごく。
喉が焼けるように熱い。しかし喉が犠牲を払っていくれているお陰で、うっかり目からこぼれ落ちそうになったものを堪えることができた。
「もう一杯いただける?」
エレーユは脇を通ったウェイターのお盆から適当な酒のグラスをとり、立て続けにそれを喉に流し込んだ。
ごくごくごく。
……もう、どうにでもなればいいんです。
エルフリートが遊んでいるなら、エレーユもさっき声をかけてきたような誰かと遊んだっていいし、なんなら帝国に行ったっていい。
エレーユのことを曲がりなりにも褒めてくれるし、ゼファルの方がまだマシな気さえしてきた。
「こらエレーユ、そんなに飲んでは……」
「いいんですっ」
「ダメだ、君はどうも最近酒癖が悪いようだからやめなさい!」
「止めないでください!」
エレーユは止めに入ってくれたメリエーヌを無視して、3杯目のグラスを手に取った。
齧り付かんばかりに必死になって止めようとするが、メリエーヌは小柄なので、長身のエレーユが手を伸ばせば、それを阻むことができない。
クライスはクライスでエレーユを無作法に遮ることを恐れたのか、結局出遅れていたので、こちらもエレーユの障害にはならなかった。
ごくごくごく。
エレーユは手の中に収めたグラスを、これまた一気に干した。
もうお酒の種類もなんでもいい。喉を焼いて、肝臓を虐められるのなら何でもいい。
婚約者に蔑ろにされるような価値のない女は、酒に飲まれて惨めに酔っ払うのが丁度いいのだ。
「も、もう一杯!」
ウェイターを遮るメリエーヌを押し除けたエレーユが、空のグラスを差し出した。
それに気づいたウェイターが、並々注がれたグラスと取り替えようとした時、エルフリートが現れた。




