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私の事が全然好きじゃない婚約者に、今日こそ婚約破棄だと言ってやる  作者: 木の実山ユクラ
第1章

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取り残されて一人



「エルフリート様、大切な祝賀会中にごめんなさい!でも、どうしてもエルフリート様が必要なんです!本当にすみません、一緒に来てください!」


マイラ・フィールドは慌てふためき、エルフリートの腕をガシッと握った。

エレーユが目に入らないほど焦っているのか、普段からこうしてスキンシップをとっているのかは分からないが、「どうしよう、エルフリート様」とエルフリートにしがみつき、エルフリートをエレーユから引き剥がそうとした。


もともと賑やかな会場だが、マイラの慌て具合は大勢の目を惹き、悪目立ちしてしまっている。


「マイラさん、大丈夫ですから、少し落ち着いて」

「あああああっ、すみません!でも私、私、どうしてもエルフリート様が必要で……」

「エルフリート様が必要……?エルフリート様でないといけませんか?」

「はい、私っ、エルフリート様じゃなきゃ……!」

「わかりました。では何があったのですか?」

「あの、えっと」


エレーユが子供をあやすように問うと、マイラは少し考え込んだ。


「エルフリート様にしかお伝えできません」


助けを求めるようにエルフリートを見たマイラは、意を決したように背伸びをした。

しかし背の高いエルフリートに届かなかったので、マイラはそばにあった椅子に登ってエルフリートに何やら耳打ちをした。


……かかかかか顔が近い!!キスでもしているのかしらいえそうでは無いかもしれないけど最早キスの勢いじゃない!!!!


エレーユは自分が考えたことに、自分でドキッとしてしまった。

エルフリートは、やっぱり本当にマイラと仲が良いらしい。

だって、エルフリートに耳打ちなんて、エレーユはした事がない。

可愛い恋人同士が笑いながら耳打ちする場面を想像してドキドキしていた時もあったが、実際は、エレーユがあんなに顔を近づけたら、きっとエルフリートに全力で嫌がられる。


しかしマイラ相手には、全く嫌がるそぶりは見せなかった。


「分かった」


マイラが何を喋ったのかはエレーユには分からなかったが、エルフリートは小さく頷いた。

今日も今日とて無表情なので、その「分かった」が緊急事態の分かったなのか、甘い雰囲気の分かったなのか、はたまたどうでもいい分かったなのかは不明だった。


「お願いします。私と一緒に来てください、エルフリート様」


エルフリートは「すまない」と一言だけ言って、エレーユの手をサッと振り解いた。


「エルフリート様」


咄嗟に出たエレーユの小さな呼びかけが聞こえてなかったのかもしれないが、エルフリートは振り返りもせずに、マイラと共に出て行った。


エルフリートの背の高いシルエットと、小さくて可愛らしいマイラのシルエットが並んで遠ざかっていくの尻目に、ポツンと取り残された。


エルフリートと組んでいた腕は、一瞬で温かさを失う。

エレーユの腕は困ったように一瞬宙を掻いたが、すっと行儀良く腰の前に収まった。別に問題はない。よく考えてみれば、普段のエレーユの腕に戻っただけだ。


でも多分、これが一番心に来た。


……だって、初めて腕を組んでもらえたのに。


もしかしたら、緊急の用事だったのかもしれない。内容はわからなかったが、マイラはとても焦って、エルフリートに助けを求めていた。

エルフリートが去ったのも、不可抗力だったのかも。

しかし、「あんな子に、取られちゃった」と思う気持ちがおさまらない。

いや「あんな子」、だなんて悪口は慎むべきだ。

だけど。


……私のことが好きなら、こんなふうにおいては行かないと思うのよね。


カップルだらけのパーティで。

みんなが楽しそうにしているパーティで、たった一人。


エルフリートのそばにいたことが幻かと思えるくらいに、置いてけぼりを食らっているエレーユは、立っていることしかできなかった。


一瞬、会場の出入り口で、マイラがエレーユを振り返った。

その顔は心配そうな顔にも見えたし、「ほら、あなたの婚約者は別の女を選んだぞ」と可哀想な女を憐れむ顔にも見えた。

いや、もしくは「エルフリート様が嫌がっていたから、悪役婚約者から助けてあげました」という正統派ヒロインの顔だったかも。


……ロマンス小説の読みすぎ、かしら。


エレーユは一人で小さく笑い、ため息をついた。



……


マイラは不幸中の幸いにも、祝賀会に出席するために騎士団本部にいたエルフリートを捕まえる事ができた。


……これでどうにか、事を収める事ができそう。


これでクビになることはないだろう。そう考えて、ほっと胸を撫で下ろす。


……でもエルフリート様には悪いことしちゃったな。いつも私が仕事ができないなばっかりに。


少し前を走るエルフリートの背中を見て、マイラは心の中で謝罪をした。

そしてエルフリートだけでなく、会場に一人残る事を了承してくれたエルフリートの婚約者にも頭を下げた。

美しい人は、心の中まで綺麗だ。

楽しいイベントだったのに、いきなり仕事の尻拭いをしてくれと泣きついてきたマイラを落ち着かせてくれて、エルフリートを連れ出しても気を悪くした顔を欠片も見せなかった。

振り返った時に少し悲しそうな顔をしていたけれど、多分、エルフリートの仕事も性格も誰より理解しているからこそ送り出してくれたのだと思う。


……一安心、一安心。いや、待てよ。うーん、本当にそうかな?


マイラは人気のない騎士団本部の建物内を小走りしながら、少しだけ落ち着いた頭で考える。


マイラは、上級騎士がたくさん集まっていた先ほどのパーティで、仕事のミスの話を大声でするのはいかがなものかと思い、エルフリートにだけ伝えられる方法をとった。

だから、一人取り残されたエレーユは、何故エルフリートがマイラに付いて会場を去ったのか分からない筈だ。

というか、エルフリートはエレーユを残していく際、「すまない」としか言っていない。

しかもエレーユと組んでいた腕を、なんの断りもなくバシッと解いていた。


……あれ?あれれ?エルフリート様、本当に大丈夫なの?エレーユ様は美人で優しくて、女人気だけじゃなくて男人気もすごいのに。そんなぶっきらぼうな態度で、大丈夫なの?!愛想尽かされたりしてない?!


マイラを気遣うこともなく普通に走り続けるエルフリートの背中に向かって、心の中で問いかける。


……でもエルフリート様は、ちょっと妬けちゃうくらいエレーユ様のことが大好きなはず。遠征先がどれだけ遠くても大変でも、エレーユ様に会いに王都に戻るし、砦では毎日2回絶対に手紙が届いてないか確認してるし。ついこの間も、城下の髪飾り屋で何時間も迷ってるエルフリート様を見かけたし。


「あれれ?でもエレーユ様、髪飾りつけてなかったような……」


思い返してみても、エレーユが付けていた髪飾りは生花のみ。

流行りの髪留めや、エルフリートが迷っていた髪飾り屋で売られていそうな飾りはつけていなかった。

なら、渡していなかったと言うことなのだろうか。


……でも、すごく悩んで買っていたようだったんだけどな……。


じゃあ、渡してもつけてもらえなかったと言うことだろうか。


……まさか、エレーユ様と喧嘩しているとか?!


マイラは、エルフリートとは仕事で話すだけなので、よく知っているわけではない。

しかし、初めて会った時はびっくりするくらい格好良い男の人だと思った。

都会の男性はこんなにスラリと長身で、綺麗な顔なのか。それに比べて田舎の兄はずんぐりむっくりで芋だ。何を食べたら同じ人間なのにこうも違いが生まれるのだろう、とも思った。


そして一年の研修期間を終えて、マイラは就きたかった職業に就いた。しかも狭き門の騎士団で。

飛竜隊に配属されたマイラは飛竜整備官として、エルフリートの飛竜の担当になった。


……あの時は嬉しかったな。……いやいや、そうじゃなくて!


正直に告白すると、マイラは、エルフリートのことを目で追っていた時期もあった。

しかしエルフリートに公爵家の婚約者がいると聞いて、しかもその婚約者は絶世の美女で、みんなが憧れる高嶺の花だと知って、彼の存在は、ただの仕事ができる憧れの騎士様という位置に落ち着いた。

マイラは、夢にまで見た職業で、夢にまで見た騎士団で働くことができているだけで満足だ。憧れの騎士様とどうこうなりたいなんて分不相応なことは思っていない。

それより今は、かっこいい騎士様と、麗しい婚約者様の素敵すぎるカップルを見守りたい。


……この素敵カップルを見守りたい、推したい、愛でたい。のだけど、大丈夫?あのカップル、大丈夫なの?主にエルフリート様、結構ポンコツじゃなかった?!?!?!


確かにエルフリートは喋らない。

無表情で何を考えているか分からない。

ぶっきらぼうだし、愛想もない。

マイラは一緒に仕事をしているだけなので、必要事項の意思疎通ができれば問題ないが、恋人同士となれば、話は別なのではないだろうか。

マイラは恋愛もよく知らない田舎娘だから、どうこう言えた立場ではないが、恋人同士にはもっと繊細なコミュニケーションが必要であったり、気遣いが必要なのではないだろうか。


……ほら、あの場ではもっとこう、「すぐ戻ってくるよ。心配しないで、この小娘の後始末をしてくるだけだから」と言ったり、「俺にしか対処できないみたいだ。俺がいない間、変な男に話しかけられても返事はするなよ」とか言ったりするものじゃないの???


急に心配になってきた。

推しカップルが破談なんて、何を生きがいに生きていけばいいのか。


「エエエエ、エルフリート様!あの、エレーユ様を一人残してきてしまいましたが、それは大丈夫なんですか?!今更で申し訳ないんですけど、大丈夫なんですか?!」


マイラだって一応騎士団入団試験に通っているので運動神経は悪くないが、流石に精鋭騎士は足も速い。

しかし限界を突破してエルフリートに追いついて、声を振り絞った。


「さささ、差し出がましいかもなんですけど、エルフリート様がいない間にエレーユ様が口が達者な男に口説かれたりとか、別の男に取られちゃうとか、そんなことないですよね?!大丈夫ですよね?!」

「……」


エルフリートは無言で走るスピードを上げた。

マイラはあっという間に追いつけなくなって、途中で休んで燃えるように熱い肺を宥めながら、事件現場の騎士団本部の飛竜舎にたどり着いた。






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