健闘祝賀会
健闘祝賀会、当日。
エレーユは朝からいそいそと準備をしていた。
誰よりも美しく、綿密に準備をしてパーティに臨むのは、公爵令嬢としての嗜みである。
別に誰がいるからとか、誰かに少しでも悪くないかもと思ってもらうためではない。
綺麗な藍色の髪を上品にまとめ、繊細なレースをふんだんにあしらった落ち着いた色のドレスに身を包む。
全体的に上質で、エレーユの強目の顔に合う品のある雰囲気に仕上がった。
担当した侍女も、「綺麗ですお嬢様!」と褒めすぎなほど褒めてくれた。
日が暮れ、空に金に輝く月が出てきた頃。
最終チェックを済ませてから、エレーユは予定していた時間通りに馬車に乗り込み、会場へ向かった。
会場は騎士団本部のメインホールで行われる。
騎士団本部は白亜の大きな城のような建物で、騎士団の真紅の旗をいくつも掲げていなければ、大きな博物館と間違える人も出てきそうな建物だ。
エレーユは城門の馬車寄せで降ろしてもらうと、連れてきていた侍女に最終チェックをしてもらい、会場に向かった。
健闘祝賀会には、もちろんメリエーヌも招待されているそうだし、騎士団宿舎から直行予定のエレーユの姉弟も来るらしいので、会場で会う事ができそうだ。
まず到着した会場ホールの前の大きな待合室では、人が溢れていた。
皆、連れとここで待ち合わせをしてから受付へ行くのだ。
まるで庭園のように華やかな衣装を纏った人々の間に、メリエーヌを発見した。
彼女は婚約者のクライスを待っているのだろうが、第三王女であるが故に大勢の人に囲まれていて、大変そうだった。
落ち着いたら後で声をかけることとしよう。
また、エレーユは遠くに妹のメーデルの姿も見つけた。
騎士団重装部隊の財務部でイケメンに囲まれる生活を謳歌している妹は、アレクサよりも家に帰ってこないので、なかなか会う事ができない。
今は身長が高くて顔の良い騎士と手を組んで受付の順番待ちをしているようだが、メーデルにも後から声をかけよう。
ざっと見回してもアレクサの姿はなかったが、アレクサは剣武祭出場者なので、嫌でも来るはずだ。後から来たら少し合流すればいい。
エレーユは人の波間を縫って、並んでいる大きな柱のうちの一本に到着した。
式典に出る純白の騎士の正装を着こなしている人影に駆け寄る。
「エルフリート様、お待たせしました。待ちましたか?」
「い」
エレーユが声をかけると、顔を上げたエルフリートが固まった。
「どうしましたか」
「……」
エルフリートは無表情のまま何も言わなかった。
やっぱり不細工だと思われただろうか。化粧が濃すぎるとか?気合い入れすぎとか?ドレスが似合っていないとか?髪型が似合っていないとか?顔が好みじゃないとか?香水が強すぎるとか?
でも、そんなにあからさまに嫌がらなくてもいいのに。
朝から頑張ったのに。
「なんというか」
「エルフリート様?なんですか?」
「き」
「気?それとも木?」
「綺……」
「黄?」
「いや、なんでもない」
「そうですか」
気持ち悪い、なんて悪口を伝えたかったのだろうか。
まさかエルフリートはそこまで悪人ではない筈と思い直したが、気分は晴れない。
横目で見る他の令嬢たちは、優しそうな騎士の婚約者や、紳士な貴族の婚約者を連れている。
皆、腕を組んだり、おかしそうに笑い合ったり、仲良さげに歩いたりして、思い思いの幸せと華やかな会場の雰囲気を楽しんでいる。
……いいですねえ、皆さんラブラブで。
ため息をついたエレーユがエルフリートと共に受付の列に並んでいると、エルフリートが急にマントの内ポケットをゴソゴソとし始めた。
もしかして招待状をなくしたのだろうか。
エレーユが何も言わずに見ていると、その視線に気がついたのかエルフリートが口を開いた。
「今日」
「なんですか」
「いや」
「何か無くしたのですか」
「いや、ちょっと待て……」
「まあ、受付で待っているところですから、追加で待つのはどうという事はないですけど」
エルフリートを待っている間、エレーユは暇つぶしに視線を横に滑らせた。
丁度、隣の列の令嬢の緑の髪に付いていた髪飾りが目に入った。場を保たせる為に、何となく呟く。
「赤、桃色、緑……。あら。あちらの方の髪飾り、綺麗ですね。金色で華やかで、私好みです。後でどちらのものか聞いてみたいですね」
「金……?」
珍しくエルフリートが興味を示したので、こっそりと令嬢を指さして教えてあげた。
「髪飾りは金が好きなのか」
「そうですね。確かに金の髪飾りはたくさん持っていますね」
「では、青のような色は」
「そうですね。嫌いではありませんが、好きでもないかもしれません。私は、金や銀のような輝く色を選ぶ事が多いです」
「そうか……」
落ち着いた藍色の髪のエレーユは、髪飾りが埋もれてしまう事が多いので、金や銀の髪飾りをよく付けている。
何故そんなことを聞くのだろう、と思ったが、「そうか」と言ったきり、エルフリートはポケットから手を出して動かなくなった。
招待状が見つかったのだろうか。エレーユは少し不審に思ったが、問い詰めることもなく流したのだった。
受付の列は順調に流れ、エレーユたちは会場に入った。
会場では、その賑やかに目を見張る。
王族主催の王宮の舞踏会やパーティはそれこそ高価な装飾と優雅な楽隊、高級食材の料理が目白押しな印象だが、騎士団主催の健闘祝賀会は、伝承の盾やトロフィーが並んだ空間で、騎士団音楽隊の骨太な演奏を聞きながら、豪快で山盛りの食事を楽しむという趣向だった。
労う事が主旨の祝賀会ということで、好きな料理をたらふく食べようとしている騎士もいれば、もう既に酔っ払っている騎士もいる。
美しいドレスに身を包んだ令嬢を口説こうとしている騎士もいれば、めいいっぱいお洒落をした令嬢にアピールされている騎士もいる。
それから、目当ての騎士をお抱えに引き抜こうと交渉をしている貴族もいれば、軽快な音楽に合わせてダンスをしている貴族もいる。
広い会場だがたくさん人がいて、思い思いのことを楽しんでいる。
「エルフリート様、何か飲み物を取ってきましょうか」
エレーユがエルフリートを見上げると、エルフリートは首を小さく振った。
仕方がないので、エレーユは前を歩くエルフリートに付いて歩く。
しかしいかんせん人が多いので、少しでも油断すると前を歩くエルフリートから離されて、最終的に見失ってしまいそうだ。
……少しだけでも、立ち止まってくれればいいのに。
もしくは、こちらのカップルの様に腕を組んだり、あちらのカップルの様に手を取ってもらって歩けるのなら、何も心配はいらないのに。
エレーユの視界に入ったカップルの騎士は小さな令嬢を守る様にして寄り添っているし、楽しそうにしている貴族のカップルは手を繋いでスキップまでしている。
見渡す限り、この会場のカップルはみんな楽しそう。そして女の子たちはみんな愛されて、幸せそうだ。
お似合いな人たち、幸せそうな人たちばかりで、羨ましい限りだ。
……それに引き換え、私は置いてけぼりになっていても、心配すらしてもらえませんけど。はあ。
「大丈夫か」
「え?」
「大丈夫か」
「大丈夫?私が?」
「そうだ」
「え、いえ、大丈夫です」
「そうか」
先を歩いていたエルフリートが戻って来て、今度はエレーユと並んで歩き始めたので、エレーユは驚いて思わずコクコクと首を振っていた。
「騎士団長に、挨拶に行こう」
「あ、はい、わかりました、はい」
飲み物より何よりも、会場の奥で人に囲まれている騎士団長を目指すということで、異論はなかった。
エルフリートらしい真面目さだ。
しばらく並んで歩いてから、エレーユは思い切って聞いてみた。
「あの、エルフリート様、少し、腕を組んでもいいでしょうか。ほら、挨拶に行くのであればその方が礼儀正しいかと思いまして。ああ勿論、嫌だったらいいです、全然」
「……」
「勿論、嫌だったら勿論、無理しなくて良いのですよ。私もただ、その方がはぐれないかなと思っただけですし」
「大丈夫だ」
「え?それは組んでいいということですか」
「ああ」
「あ、はい」
体裁を気にしているのか何なのか分からないが、すんなりと提案が通ったので、エレーユは恐る恐る腕を組んでみた。
エルフリートが体を固くした事が伝わってきて、嫌がられているなあとは思ったが、振り返りもせず前を歩かれて置いていかれるよりはマシだ。
「ど、どうでしょうか」
「……」
「いえ、どうということもないですよね。さあ騎士団長の元へ参りましょう」
やはり腕を組まれたのが嫌だったのか無視されたが、エレーユはそのまま騎士団長目指して歩いて行った。
騎士団長は様々な式典でエレーユと一緒になった事もあるので知ってはいるが、やはり筋肉隆々とした、いかにも戦士、いかにも人格者といった風貌で器の大きそうな人物だった。
「エルフリート!もう怪我はいいか!」
「はい」
「それにしても今年度の剣武祭は災難だったな!」
「申し訳ありませんでした」
「なに、あれから皇太子が怒って宣戦布告してきた訳でもあるまいし、咎めなし、咎めなし!ただ高潔に全力と最善を尽くしていけば、成るようになる、成るようにしかならん!」
豪快に笑って、騎士団長は次にエレーユの方を向いた。
目が合うとバチッとウインクをされる。なかなか壮年の男性からのウインクは珍しいが、騎士団長のそれは特別豪快で、様になっていた。
「この大切な婚約者があんな状況に巻き込まれては、立ち上がらぬは騎士では無いしな!そうだろうエルフリート!」
「はい」
「いやしかし本当に美男美女カップルだな、眼福眼福。なあ、お前も鼻が高いな、エルフリート!」
「はい」
……大切な婚約者とは思われていないと思いますけどね。
エレーユは柔和な微笑みを顔に貼り付けて大人しくしていた。エルフリートも無表情で静かにしていた。
人の良さそうな騎士団長に、遠く無い未来に婚約破棄した事を知られるのは少し心苦しいが、仕方がない。
こうして騎士団長への挨拶が終わり、エレーユとエルフリートは一息ついていた。
団長に挨拶に行くためにと組んだ腕だが、一息つきつつ会場を歩いている時も腕は解かれることはなかった。
……腕はこのまま組んでいても、いいんですかね。
隣のエルフリートをこっそり見上げるが、エルフリートの表情からは特にいいとも嫌とも分からなかった。
要するに、いつもの鉄面皮だ。
まあ、悲鳴を上げられた訳でも、腕を振り払われた訳でもないので、そのまま組んだままにしておく事にする。
「すみません、エルフリート様っっ!!!」
次はメリエーヌのところへ行こうかと思っていたエレーユと、エルフリートのところに、駆け込んできた姿があった。
騎士団の裏方として勤務している女の子、マイラ・フィールドだった。
彼女はパーティの参加者では無いようだが会場にいて、ドレスでもなく作業着で、焦った顔をしていた。




