お見舞い
嫌嫌とはいえ、エレーユが持ってきた厄介ごとに巻き込まれて、しなくてもいい怪我を負ってしまったエルフリートの見舞いに行かないわけにもいくまい。
仲の良い婚約者同士であれば、見舞いも一つのウキウキのイベントにもなり得るが、エレーユとエルフリートの場合はそれはない。
それはないと知ってはいたのだが……。
「エルフリート様、エレーユ・ワイトドールです。入ってもよいですか」
「ああ」
ノックをしたのちに重厚な木の扉を開けて中に入ったエレーユは、どさっと手に持っていたたくさんのお菓子や果物を取り落とした。
「あの、えっと、どちら様でございますか……?」
病室で一人で寝ているか本を読んでいるのだろうとタカを括っていたのに、エルフリートはあろうことか、桃色髪のおさげの女の子をベッド脇に侍らせていた。
どこかで見たことがある気がする。
思い出せないが、素直で純粋そうで、とても可愛いらしい女の子だ。
突然の訪問で準備ができていなかったのかもしれないが、それにしても白昼堂々女の子と相引きとは、エルフリートには驚かされる。
先日の海の国のお姫様といい、この子といい。エレーユはもうすぐ関係なくなるのだから好きにやればいいけれど、なんだかムカムカする。
「あああああっ、すみません!確認事項が多くてすみません!あの、今すぐ出て行きますので、すみません!」
「落ち着いてくださいな、大丈夫ですよ。お初にお目にかかります、王国筆頭公爵家ワイトドール家が長女エレーユでございます」
「じ、自己紹介!遅くなってすみません!私、マイラ・フィールドと申します!」
「マイラさん。お会いできて光栄ですわ」
エレーユはベチッと張り付けた笑顔で完璧な挨拶を繰り出した。
そして拾った大量のお菓子と果物を、ペコペコ頭を下げるマイラに持たせた。
「そんなに畏まらないでください。こちらのお菓子を差し上げます。持って帰るでも、ここで食べるでも、何なりとお好きなように」
「え?!?!いえいえそんな、貰えません、これってエルフリート様のお見舞いですよね?!」
「いいのですよ。エルフリート様も貴方が食べてくれれば、きっと喜びますよ」
たっぷりにっこりと微笑んで、エレーユは突き返されそうなお菓子たちを押し留めた。
……エルフリート様、私と婚約破棄した後はすぐにこの女の子に乗り換える気なのかしら。素直で可愛らしくて、よい子そうですねえ。よかったですねえ。
隠しもしないエルフリートのことなど、もう知らない。
怪我が治ってから婚約破棄をお願いしようと思っていたが、絶対に、今日帰ったらすぐにでも婚約破棄の書類を書かなければ。
「お取り込み中のようですので、私はもう失礼いたしますわ。どうぞお二人でお楽しみくださいませ」
エレーユがくるりと背を向けると「えっ?」と驚いたエルフリートの声が聞こえた。
しかしエレーユが無視して扉を開けると、少しよろけながらもベッドから出てきたエルフリートが、エレーユが引いた扉を、後ろから押し戻して閉めた。
「み、見舞いに来てくれたんじゃないのか」
「暇だったので、元々はそうでした。でも、もう行きますわ」
「何か、急用ができたのか」
「できてませんけど」
「では何故」
「貴方が忙しそうだからお二人にして差し上げようと思いまして」
「忙しくない」
「そうです!!すみません、エルフリート様は全然忙しくなんてなくて、私が業務をうまくできなくて、確認事項をいくつか、教えていただいていて!私が今すぐお暇しますので!」
マイラはネズミのような速さで、床に散らばっていた書類を集め、丁寧に手土産をテーブルに置いた後、あっと花瓶を倒しそうにしながらも、スタコラと退散していった。
少しドジそうだが、気立てが良くて明るくて、小動物のように庇護欲が掻き立てられる子だ。
身長も高めで、ツンツンして見られることも多いエレーユとはタイプが全く違う。
……エルフリート様は、ああいう子がいいのかしら。適度に抜けていて、エルフリート様と同じでのんびりしている子。ちょっとドジなところも、守ってあげたくなるのでしょうね。
多分、マイラ・フィールドは貴族の出身では無い。王国の貴族同士には固い繋がりがあるのでエレーユは家名を全て知っているが、フィールドなんて家は知らない。きっと彼女は、王国の片田舎でのんびり育てられた子なのだろう。
明るくて、どんな困難にも笑顔で立ち向かっていく、少しドジなヒロインタイプ。
不幸なヒーローを元婚約者から引き離して幸せにしてあげるのは、きっとあんなタイプの女の子だ。
少し前に読んだロマンス小説のヒロインが、ちょうどあんな感じの女の子だった。
それに、最新の舞台の主人公もマイラに似たちょっとドジな愛されタイプだった気がする。
「あの方、可愛い方ですね」
「そうか」
「ええ。笑顔で明るくて」
「なるほど」
マイラのことをどう考えているか悟らせまいとしているのかは分からないが、なぜか椅子とテーブルを移動させているエルフリートからは普段通りの淡々とした返事が返って来るのみだった。
家具を移動させる音が止み、エルフリートはエレーユを振り返った。
「座るか?」
「……座ります」
エレーユがクッションの敷かれた椅子に座ると、エルフリートが戸棚からゴソゴソと何かを出してきた。
「お菓子がある」
「お菓子ですか。ふーん」
「お茶も」
「そうですか」
「飲むか?」
「じゃあ、いただきます」
「分かった」
エルフリートは簡易的な茶器セットで器用にお茶を淹れ、エレーユの見舞いの品に礼を言ってからお菓子を勧めてくれた。
見ると、小綺麗なパッケージに入ってはいるが、年配者にしか人気のない王国伝統菓子と、キラキラして綺麗だが、お茶菓子には向かない香りの強いクッキーの大きい缶があった。
少しだけ、ズレたセンスである。
エルフリートは流行や美味しいお店に興味はなさそうだから、当然と言えば当然か。
エルフリートが用意してくれたこれらのお菓子と一緒にお茶を嗜んだことは過去にはないが、せっかくなのでお茶菓子には向かない香りの強いクッキーを食べることにした。
外から差し込む陽の光が背中に暖かいなと思いつつ、エレーユはクッキーを齧ってお茶を飲んだ。
結論としては、お茶の風味を相殺してしまうクッキーだが、お茶とクッキーをそれぞれ単体で楽しめば問題ないということが分かった。
「美味しいです。このクッキーはクセが強いって聞いていて、可愛いけどなかなか購入できなかったんですよね」
「そうか」
「どうですか、エルフリート様はどの香りのクッキーが一番お好きですか?」
「まだ全部食べてない」
「そうでしたか。私は全部食べましたが、これが一番好きですね。この、チョコレートミント味。およそお茶には合わないすっきりとした後引く味ですが、この刺激にハマりそうです。食べてみますか?」
「えっ」
なかなか美味しかったので、つい、メリエーヌにするみたいに齧りかけのクッキーを差し出してしまった。
もうすぐにでも婚約破棄をすると決めているのに、何をしているんだか。
エルフリートもエルフリートで困惑し、固まっている。
……それはそうですわ。嫌いな女の食べかけなんて、気持ちが悪いだけじゃないですか。
「な、なーんて。これは美味しいので私が食べてしまいますね。それより体調はいかがですか?ゼファル皇太子には骨まで折られたんですよね?」
クッキーを引っ込めて、それを慌てて口に放り投げたエレーユは、何事もなかったように話題を変えた。
「……ああ」
「なんというか、すみません。私がトラブルに巻き込んでしまいました」
「大丈夫だ」
「今のところ帝国から同盟に関して音沙汰はない様なのでそちらは良いとして、エルフリート様の怪我はなかなか重傷だったと聞いています」
「大丈夫だ。医療隊の技術で、もう少しで復帰できる」
「そうですか。それならよかったですが」
エレーユが頷いていると、チョコレートミント味のクッキーを齧っていたエルフリートが、珍しく話題を振ってきた。
「剣武祭は中止になったが、健闘祝賀会が開催されるのは知っているか」
「いえ、知りませんでした。開催されるのですね。優勝者は決まりませんでしたが、午前中は皆よく戦いましたから、開催も頷けます」
「ああ」
エルフリートは特に実のある言葉を発することはなかったが、ベッド脇の引き出しから畳まれて金の紐で留めてあるカード状のものを取り出してきた。
手渡されたので見てみると、二つ折りの健闘祝賀会の招待状だった。
「これを」
「健闘祝賀会の招待状、ですか」
「ああ」
「これを私に?」
「ああ」
「……もしかしてエルフリート様が、私と一緒に行く、という事ですか?」
「ああ」
盛大なイベントだが、公式ではなく騎士団の内内でやるという体のイベント
王族もくるし、貴族はもちろん、未婚の令嬢もたくさん招待される
来いという事だろうか。
まあ、普通に考えてそういう事なのだろう。
エルフリートも、一応婚約者がいるのに婚約者が欠席とあっては格好がつかないのだろう。
……じゃあ、婚約破棄は、祝賀会が終わってからでもいいわよね。……あ、違うの。別にエルフリート様がせっかく誘ってくれたからではなくて、祝賀会で婚約者に振られたとあっては流石に可哀想だから!
「日付は今日から二週間後ですね。そのくらい後であれば体調は大丈夫そうですか?」
「問題ない」
「そうですか」
相槌を打ちながら、エレーユは招待状を開き、まじまじと中を眺めた。
金の箔押しや緻密な装飾が凝っている。可愛らしい影絵のイラストも添えてあり、髪にアクセサリーをつけた姫と腰に剣を差した騎士の絵だった。
「そういえば、こういったパーティでは、婚約者がいる女性は男性から贈ってもらった髪飾りをつけていくのが流行みたいですね」
「そうなのか」
「まあ、中々悪くないですよね。パーティもより一層華やかになりますし?」
チラリと横目でエルフリートの様子を伺う。
この間お茶会で会った令嬢たちが嬉々として話していた。
今年は花をモチーフにした髪飾りが特に流行っていて、令嬢たちはそれを花言葉やエピソードと共に友人たちに自慢するらしい。
まあ、エレーユには縁のない話だ。勿論エルフリートは相変わらずの無表情で、エレーユの呟きを当然のように無視した。
きっと、「暗に催促するなんて傲慢だ。髪飾りなんてどうでもいいだろう」なんて思っているのだろう。
別に、暗に催促したわけではない。イラストがたまたま目に入ったから、沈黙を続けない為に適当に話題を振っただけだ。
うん、こんなことまで期待してはいけない。やめよやめよ。
こうしてエレーユは適当な話で場を繋いで、適当な時間にお見舞いを切り上げて帰った。




