16. 平衡のシンデレラ (2)
「メッセージの横に送信時間が表示されてるよな。これらのメッセージはすべて午後六時過ぎに数分おきに送信されてる。ところで俺はこの会話、二つに分けられると思うんだが」
記憶力に乏しい千花は三度目の黙読に入る。柳木が先ほど営業妨害だなんだと可愛げのないことを言っていたあのやり取りだ。
「えーっと、前半はみんなとはぐれたあみちゃんが場所を聞いてて、後半はパーティが終わってからの会話ですかね」
「そうだ、実際ハロウィンパーティの終了時間は午後六時だとポスターに書いてあった」
「ポスターですか?」
「今日ゆかの小学校に行っただろ、掲示物にあったんだよ」
そういえばあの時、柳木は掲示板を眺めていた。
柳木の話を聞き、千花も午後六時という時間に矛盾を感じ始めていた。六時過ぎに連続したメッセージのやり取りがあって、ハロウィンパーティが終わったのは六時。その違和感の正体に気づいたとき、意図せず大きな声が上がった。
「あみちゃんが皆を探してるとき、まだハロウィンパーティは終わってない!」
「ああ、あみからの連絡があった時、参加者はまだ自由行動中ってことになる。少なくともゆかの友人はマジックを見てるしな。だが後半の会話はイベントが終わって解散したから、口でなくメッセージでやり取りしてるんだよな?つまりこの会話の数分前にはパーティが終わってゆか達は帰路についてるはずだ」
「でも数分前はまだパーティの自由行動中で……あれ?」
それならばこのメッセージはどういうことだろう。記録された時間は疑いようもない。しかし、自由行動からイベントの終了までをごっそり切り取ったような唐突な時間転換に千花も頭の霧が晴れない。
柳木の推測が語られる間、ゆかは終始沈黙を保っていた。怒っているのか堪えているのか、見下ろして顔色をうかがうことができない。千花は柳木もゆかも慕っているからこそ、どちらも否定したくない。柳木が正しい万が一をゆかにくみ取りたくなかった。
柳木は突き出した腕を下し、鋭さの抜けた声でゆかに問いかけた。
「お前は携帯の時間を遅らせたんじゃねえのか?」
ゆかの肩が窮屈に揺れた。その反応を見て、千花の喉からせき止められた空気が漏れる。行く当てのない手が伸びて、気づけばそれは元の位置にある。拳を握り、千花は柳木の目を見て力強く尋ねた。
「携帯の時間を遅らせるとどうなるんですか?」
「メッセージの受信時間は携帯本体の時間設定に依存する。パーティの間携帯の時間を遅らせて、パーティが終わってから元の時間に戻すとこのトーク履歴のようになる」
「どうして携帯の時間を遅らせる必要があるんですか!」
「理絵を門限に遅らせるためだ!」
柳木の張り上げた声が耳に響く。熱くなった千花の威勢を途切れさせるには十分な答えだった。
「お前は理絵を知っているはずだ」
戻された携帯は電源がついたままだ。その画面に映る、笑顔溢れる鮮やかなクラス写真が千花の頭を刺激した。ガラスの靴を見つけてから気がかりで目を背けた女の子の顔が網膜に映し出される。その瞬間、脳内ではいくつもの些細が言葉となって、一つの物語が構築された。それがフィクションであることを信じて、千花はその物語を辿った。
昨日店の前を通った小学生、あの娘が理絵ちゃんだったんだ。理絵ちゃんはあの時、母親が厳しくて携帯を持たせてもらえないことと、門限が六時で最後までハロウィンパーティが楽しめないことを嘆いてた。
備え付けの時計が壊れている状況で、携帯を持っていない理絵ちゃんはどうやって時間を確認する?もし、優しい同級生が時間を遅らせた携帯を見せて、「急いで帰らないといけないんじゃない?門限があるんだよね」って背中を押したら……。この店から学校までですら徒歩で十五分かかる。約束の時間に間に合わないことに焦るはずだよね。動きづらい衣装で走って帰ることになるんじゃないかな。
この店の前は理絵ちゃんの帰り道。ガラスの靴で躓いてアスファルトの粗い道に転げば、血が出てもおかしくない擦り傷ができる。一旦は靴を履きなおしたけれど、走りづらい靴でもう一度躓くのも嫌だから脱ぎ捨てて帰った。その時に血が靴の内側に付着して道の脇に転がる。その靴を私が見つけたとしたら……。根拠はないけれど筋が通ってしまう。
「そんなことって……仮に時計を遅らせていたとしても、ゆかちゃんが悪用した証拠は」
「ねえよ」
「ない、って無責任な」
「時間を早めるなら分かる。時間意識が重要なビジネスマンなんかは時計を五分早めたりするしな。だが時計を遅らせる場合は?何の得がある」
そう問いかけられれば千花は押し黙るしかなかった。時間を意図的にずらしたとして、わざわざ遅らせる必要性なんてないのだ。遅刻することはあっても先回りすることはできない。
「もし遅刻することがメリットだとしたら、自分ではなく第三者が対象にならねえか?」
「そうだとしても!ゆかちゃんにそんな行為ができるとは思いません」
ゆかを庇うように一歩前に出る。精一杯の虚勢を張った千花は、見上げたところにあるしかめ面をきっと睨みつけた。
つまり柳木は自身の考えるもっともな可能性をゆかにぶつけているだけだ。柳木の指摘は千花にも納得できる。しかしゆかが理絵をいじめたとなると話が違う。優しく思慮深いからこそゆかは思い悩み、衣装まで変えようとしたのだから。
悪者扱いされているようなばつの悪さに柳木はよろよろと後ずさった。冷や汗を浮かべた柳木は自棄になったように肩の力を抜いて捲し立てた。
「お前は俺がゆかに難癖付けていじめてるとでも思ってんのか!」
「何が違うんですか!」
「言っとくが動機さえありゃゆかは動けるやつなんだ。俺はゆかの反応を見て、万一悪い予感が当たってたらその動機を聞こうと思って来てんだよ」
敵意のある目つきだったでしょと内心訴えながら固まる千花を押しのけ、柳木はゆかの前で姿勢を低くした。
「まあその顔を見れば明白だけどな……話してくれねえか?知り合いのお兄さんなら相談できるだろ?」




