15. 平衡のシンデレラ (1)
車道の方によって辺りを見渡す。すると反対の歩道を警察署とは逆方向に歩いていく柳木を見つけた。だんだんと小さくなる柳木を目で追いながら、千花は混乱する頭で自身のモットーに従うことにした。
聞くは一時の恥、恥じて覚えて考えろ。仕事を放棄することに全力で謝罪し、千花は店内の机の上にあったこの店の鍵を取りに戻る。急いで出入り口を施錠し、柳木の後を追った。
開店についてだけではない。柳木は血の付いたガラスの靴について何かを知っているのだと予感した。そしてそれを知りたいと思う欲求が千花を動かした。
柳木が直線的に移動してくれたおかげで、遠くからでも追いかけることができた。しかし、柳木は警察署に行くと千花に嘘をついてどこかへ向かっている。その理由を素直に聞けるわけもなく、声をかける勇気の出ないままこそこそと尾行を続けていた。
沿岸の方へ南下し、店の前の通りと国道の間にある住宅街にたどり着いた。少し寂れた遊具が三つほどの公園を見つけると、柳木は周りを確認しながらそこへ入っていった。
緑が生い茂り、あまり整備がされていないのが分かる。けれど、やましい尾行中の千花にとって身を隠せる木々は好都合だ。入り口付近の中木の陰に隠れて、公園内の様子をうかがう。少し先にある柳木の背中ともう一つ、木製ベンチに腰かける少女の姿を見た。その容姿を千花は知っている。
「わざわざ呼び出して悪かったな」
「大丈夫です、それより忘れ物って……」
柳木は紙袋からガラスの靴を取り出して、少女の両手に載せる。
「昨日理絵をいじめたろ、ゆか」
「……なんのことですか?」
靴を受け取ったゆかは、清廉とした微笑で柳木と対峙した。
……嘘、なにが起こってるの?
千花は届く二つの声の意味を理解できずに、その場に座り込んでいた。昂る心臓を落ち着かせている間にも二人の会話は進む。
「今朝うちの千花が血の付いたガラスの靴を見つけたもんだから、お前の安否を心配した。だが、昨日お前が撮った写真を見るうちに不審な点があることに気がついた」
「血がついた……?わたし変でしたか?」
「いや、お前は立派なシンデレラの仮装だったな。似合ってたぞ……じゃなくて問題は時間だ」
ただでさえ混乱しているのに彼氏彼女みたいな問答しないで!と千花は内心訴えた。それにしても、写真に不審なところなんてあっただろうか。思い返しても分からない。もう一度写真を確認するためにポケットに仕舞っていた携帯に手を伸ばすと、メッセージアプリの軽快な通知音が周囲に響き渡った。通知を確認すると、「ゆかから送られてきた写真全部送ってくれ」と柳木から連絡が入っている。
しかしそれどころではない。背中を冷や汗が伝うと同時に、背後から二つの影が伸びた。振り向くと、鬼のような形相の柳木と無表情のゆかがそこに立っていた。
「ご、ごごごごめ」
「……あとで覚えてろ。まあいい、手間が省けた。写真を見せろ」
「ハイ」
その場で立ち上がり、画面を表示して柳木に渡す。開店前だからって携帯の通知を切り忘れていた自分を殴りたい。
ゆかにすら懐疑の眼差しを向けられる肩身の狭さに、柳木の横で顔を隠しながら千花は黙っていた。ゆか自身も柳木に悪い疑いをかけられ、居心地がよさそうにない。だいたいどうしてゆかなのだ。被害を被ることはあっても人を傷つけるような子ではない。理絵のことを考えて、思い悩むくらい優しいのに。
柳木は目当ての写真をタップして、ゆかの方に携帯を向けた。
「まずはこの二枚だ。ゆかが同じ壁際で写真を撮っていたから気づいたんだが、片方の写真ではあるものがなくなってる」
画面が見えるようにゆかの横へ移動し、顔を近づける。言われてみると壁に大きな違和感を感じた。景色として寂しいような……ああ、なるほど。
「時計、ですか」
ゆかの左上に掛けられている時計が二枚目にはない。
「そうだ。どうしてこの写真に時計がねえのか、ゆかは分かるか?」
「うん。パーティが始まって少し経ってから低学年の男の子があそんでいて、時計を落としたんです。大きな音がしたので覚えてます」
それで時計が壊れたか何かで、一時的に外していたのか。盛り上がってはしゃいでしまったんだろうなと子どもの元気ぶりを感心しつつ、その時計が何を意味するのか千花は気づけずにいた。ゆかも不服そうに柳木を見上げている。先ほどからの柳木の圧に躊躇いながらもゆかは勇気を出して言い返した。
「だからなんですか。わたしはなにも」
「本命はこの写真だ」
ゆかの発言を遮り、サイズの異なる写真を画面に映す。大人げなく高圧的にゆかに接する柳木を千花は怒るよりも信じられずにいた。子どもが大好きな柳木が初めて見せる顔。千花でさえその気配に圧倒され、今すぐにでも逃げ出したいくらいだ。
そんな柳木に物怖じせず、ゆかはじっと突き出された画面を見つめていた。




