14. ガラスの靴を残して (3)
柳木は愕然として声を荒げた。机を叩き、差し迫ってくる覇気に千花は背中をそらせて全力で後退した。怒られたわけでもないのに謝罪の言葉が口から溢れる。千花の驚愕は別の驚愕に塗り替えられ、頭が過敏なほどに冴えた。
冷静さを取り戻した柳木は、千花から離れると威圧感そのままの声で確認を取る。千花はもともとこの悪夢を共有するために足を速めていたのだ。幸か不幸か働くようになった頭で体験した出来事を順を追って説明した。
光に縋り、裏切られたことは後ろめたかったので心の中に留めることにした。それにあの光はなぜだか『シンデレラ』世界の存在ではない気がするのだ。話を混乱させないためにも伏せておくのがいいだろう。
千花の話を聞き終えると、柳木はそばにある椅子に腰かけ、頭を抱えた。夢とは空想であるはずなのに、千花の知らない原作の『シンデレラ』を忠実に描いている。この現実でさえ夢かと思うほどの奇妙な体験に、千花も不安が募っていた。
これが病気でなければ、やはり神様に化かされているのかもしれない。
答えの見えない静寂に耐えかねて、柳木が口を開いた。
「お前は大丈夫か?足が落ちるとこ見たんだよな」
「一瞬だったのでなんとか。柳木さんなら慣れっこでしょうけど」
「どうして俺が慣れてると思った?喧嘩売ってんのか」
「わあ怖い、柳木さんに襲われるー」
空元気で柳木をいじっていると、脳天に拳骨を一発喰らい冗談にならなかった。本当にひどい。
席を立ち、柳木の追撃射程範囲外に出てから手に持っていたスマホを操作する。四回ほどのタップで目的の画面を表示し、柳木に突き付けた。
「本当はちょっと病んだんですけど、ゆかちゃんから幸せパワーをもらいました」
「写真?お前に送ってきてたのか。俺が焚き付けたとはいえ仲良くなったもんだな」
「その良心には素直に感謝しますけど……とにかく写真を見てくださいよ!」
ぐいぐいと柳木の顔にスマホを近づけ、鬱陶しいと悪態をつかれる。ロリコンではないにしても、恩師の娘の写真だ。千花の勢いに折れた形となり憮然としていたが、受け取ったスマホをスワイプし、写真を確認していく。
千花は座ったままの柳木の後ろに回り、覗き込んで一言コメントを加える。隣でいちいち喋る千花に苛々を募らせる柳木だったが、律儀に時間をかけて目を通してくれたのは意外だった。嫌々でも子どもを蔑ろにしないのは反則だと思う。
人の邪魔にならないようにほとんどは壁際で撮影した写真だったけれど、ホール内の愉快な雰囲気や仮装で増幅された子どもたちの可愛さはひしひしと感じられた。ゆかの言っていたクラスで撮った写真もあり、予想通り何人かの衣装は被っていたけれど、カラフルに個性が際立っている。素敵だと思う反面、唯一同じ画面に映っている二人を直視できずにいた。
最後の一枚にたどり着くと、毛色の違う表示に柳木は疑問の声を上げた。
「これはなんだ」
「これはゆかちゃんと友達の、グループのトーク履歴ですね」
「読む必要は?」
「あると思いますよ」
トーク画面のスクリーンショットには午後六時過ぎから一、二分おきにメッセージが続いている。千花は内容を知っているが、柳木に合わせてもう一度目を通すことにした。
あみ♪:トイレ行ってたらはぐれた、みんなどこ?
ななこ:アリソンのマジックみてる。まじょみたい
ゆか:ハロウィン楽しかったね!
ななこ:うん、ゆかはちかさんに送った?
ゆか:すぐ見てくれたよ!
みのり:今度あそびにいこうそのみせ
あみ♪:だね!会いに行こう!
「営業妨害の予告文に見えたのは気のせいか?」
「かわいいお客さんが来てくれるんですよ?柳木さんは大切なことが目に見えないんですね」
「星の王子さまじゃねえよ」
柳木は鼻の付け根を押さえて、なおもその画面を睨んでいた。そこまで拒絶しなくても……と薄い笑みを浮かべていると、柳木は思い立ったように席を立ち千花に携帯を戻した。
「とにかくその靴を警察に届けてくる。お前はそこに運んである入荷した本を棚に出しといてくれ」
柳木はタオルごとガラスの靴を紙袋に入れて、外に出る準備をした。途中誰かに連絡を入れていたようだが、箱を開けて作業を始めた千花にはうまく聞き取れなかった。
柳木が外に出て、ドアの閉まる音が響く。店にただ一人、開店前の寂しい静けさを感じながら黙々と作業を続行した。本を両手で持ち、上体を起こすと、入口付近の壁掛け時計が目に入った。ガラスの靴騒動に時間を取ったからだ……開店まであと十分しかない。
千花は柳木のいない開店を経験したことがない。
……そういえば柳木さん、作業は言い渡したけど店はどうすればいいんだろ。柳木さんが帰るまで待ってる?でもなんで店開けてないんだって怒られるかも。
幸運にも柳木が店を出てから十数秒しかたっていない。今急いで追いかければ確認できる!と直感したときには、本をカウンターに乗せて店から飛び出していた。
「あれ?」
外の様子を見て千花は首を傾げた。警察署に行くのなら距離的に車を出すはずだ。それなのに向かいの喫茶店の駐車場を見ても柳木の車はそのままで、彼の姿も見えない。
……柳木さんどこに行ったの?




