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童話書店の夢みるソーネチカ  作者: 横山くらい
平衡のシンデレラ
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12/19

12. ガラスの靴を残して (1)

「嫌……ぐふっ」


 衝撃で目が覚めると、千花は布団をまとってうつ伏せにベッドから落ちていた。落下の反動で夢から覚めたのだとしたら自身の寝相の悪さに感謝するほかない。


 千花は間に合わなかった。あのまま凄惨な状況を目の当たりにすれば、一生のトラウマになったかもしれない。そうでなくても十分に心に傷を残してしまっている。千花は動くことができず、そのままの不格好な体勢で顔を布団に埋めていた。


 ……なにか癒しが欲しい、本当に頼れるものが。


 千花は床に伏せたまま、手早く携帯端末を操作した。メッセージアプリを開き、送信された写真をタップして表示する。それは昨夜、ゆかから送られてきたハロウィンパーティの写真だった。ゆか含め、たくさんの仮装した子どもたちが笑顔でポーズをとっている。特に、シンデレラのドレスを着たゆかと色々なお姫さまの仮装をした彼女の友達が並んで写っている写真が千花のお気に入りだった。


 ……そうだよ、これが幸せだよ。


 見る人にも幸福を振りまくゆかの写真を見て、千花の心は少し安らいだ。シンデレラが舞踏会を楽しんでいる間に殺伐とした家族の中で縛りつけられていたなんて。これ以上笑えないハロウィンを経験することはないだろう。


「なんで床で伸びてんの?毒虫?」


「カフカじゃないし、うるさいな」


 もう少し写真を眺めていたかったのに、部活があるので日曜日でも早起きの弟に嫌味を言われる。隣の部屋にも衝撃音が届いていたのか……一階に降りる前に千花の部屋に確認に来たみたいだ。


「姉ちゃんもバイトだろ?遅刻すんなよ」


「まだ余裕あるから」


「あっそ」


 そっけない返事をして、弟の相根昇が階段を下りていく。千花の部屋の扉は開けたままにして。


 千花はグチグチ言いながらも日常に戻った感覚が心地よかった。だんだんと再びの悪夢を夢として消化できているような気がする。と同時に、唯一千花の悪夢を知っている柳木に一刻も早く共有したいと思った。家族や友達に打ち明けても相手にされないと思うけれど、一人で抱え込むと気が落ち込んでしまいそうだ。


 となれば、今日はいつもより早めにバイトに行こう。千花は重い体をたたき起こして、丁寧に布団を戻した。予定より早く起きたのでスマートフォンを操作し、五分後に迫るアラームを切る。そのまま端末を寝巻のポケットに入れ、顔を洗うために弟の後を追った。




「行ってきます」


 両親、といっても母親しか起きていなかったけれど、声をかけて家を出る。昇は千花より先に家を出て、千花の通っている県立柏木高校の体育館まで自転車を走らせている。昇は千花の一つ下で高校一年生だ。中学から続けているバドミントンを熱心に取り組んでいる。


 住宅街を下りた一帯は二瀬という地区で、中学校まではこの範囲にあるのだが、高校は隣の地区である。そのため、千花も通学には自転車を利用している。


 現在千花が歩いてバイト先に向かっているのは、書店『CLOVER』が台地を下ってすぐの場所にあるからだ。この距離なら帰りに長い坂道を自転車を押して上がるより、直通の階段を上がれるので徒歩のほうが楽なのだ。


 階段を下り終えまっすぐに道を進めば、昨日も歩いた旧商店街の主要道路に出る。ここは少し書店を通り過ぎてしまっているので、右折して店を目指す。この歩道にも店の前と同じハナミズキの植えられた植樹帯がある。これに沿って行けば道の間違えようもない。


 千花は店ももうすぐかというところで脇の低木の下に何かが落ちているのを発見した。半分木の下に入り込んでいてよく見えない。


 千花はバイトを始めて一層、ポイ捨てされたごみを見過ごせなくなっていた。ポイ捨て反対!と心の中で訴えながら茂みに近づく。


 その場にしゃがみ込み、手に取ってみる。それは千花が履くには小さいくらいの、右足のガラスの靴だった。


 千花は今朝まで見ていた悪夢を思い出し、背筋に悪寒が走る。柳木が話していた、いじめの証拠品でもあるそれを千花はもう美しいものだとは思えなくなっていた。あまり触りたいものでもなかった。


 しかしガラスの靴が道に転がっているなんて、あまりにも珍しいことだ。そういえば昨日はハロウィンパーティがあったんだっけと思い出したとき、靴の内側が赤黒く変色していることに気がついた。


 ……赤いものがこびりついてる……えっ?


 血。それが千花の心を痛めつけたあの鮮血の赤だと理解したとき、またも磔にされたように全身が動きを止めた。右手から靴が滑り落ち、硬い音を響かせて足元に転がる。千花は最悪の仮説を脳内に描いていた。


 ゆかちゃんは昨日シンデレラの衣装でパーティに参加してた。でももう一人、衣装被りを嫌う理絵ちゃんもシンデレラの仮装をしていたはず。理絵ちゃんは気が強くて気に食わなければ嫌味を言うタイプ、もしそれがエスカレートしたら?シンデレラの母親や姉のようにいじめに発展したら……ゆかちゃんは。


 血の気が引いていくのが分かる。もしこれが本当なら、ゆかが理絵に何らかのけがを負わされたのは、千花の安易な助言のせいではないか。


 頭が真っ白になり、適切な行動が浮かばない。千花は泣きそうになりながら、柳木の助けを求めて書店へと走り出した。


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