聖女姉妹対決③
(……まさか、お父様の心臓を盗んだのは)
ジャスワントがルルカの胸から腕を引き抜いた。やっとそこでシルヴィアは叫ぶ。
「お父様!」
「意外と策士だよね、ジャスワント様。妖魔皇の心臓を作り替えて、あえて妖魔皇に心臓を返す、なんてさ」
ルルカの背後から羽のように瘴気が広がった。魔力の暴走だ。先ほどの比ではない勢いで、街の上空に瘴気の雲が広がっていく。
「そうすれば魔力が暴走して、瘴気が止まらなくなる」
かっとシルヴィアは振り向く。
「まさか、こうなるとわかっていてジャスワント様を放置したの!?」
「そうだよ。ボクが止めなきゃいけない理由はないしね」
「は?」
「だって瘴気を出し尽くしたあと、妖魔皇はきっと死ぬよ。そうすれば、皇帝選の課題すべてを合算したって足りないくらいの配点になる。皇帝選は終わるよ。なら、街のひとつやふたつ、安いでしょ」
啞然としたのはシルヴィアだけではない。妹を見あげて、母親が口を動かした。
「よ、妖魔皇の心臓については、知らない、って、あなた……自分が、封印するって」
「あーうん、ごめん嘘。でもお母様はボクを怒ったりしないよね?」
プリメラに笑いかけられ、青ざめた母親も無理に笑い返す。
「そ、そうね。だ――だって、他にも何か……何か理由が、考えが、あるのよね? ね、プリメラ。お母様は、わかってるから」
「他? うーん。ジャスワントがどうしても皇帝になりたいって言うから?」
「は?」
「ほら、ジャスワントって聖女ベルニア大好きじゃん。だから妖魔皇の心臓を形見だと思って調べまくってたら、封印も解析できたんだって。これを使って皇帝になりなさいっていう聖女ベルニアのお導きだって盛り上がってさー。気持ち悪いとは思ったんだけど、意外とボクそういうの嫌いじゃないんだよね。ま、いいかって」
「――それ、だけ……?」
呆然と聞き返した母親に、プリメラは無邪気に問い返す。
「だってこれがボクが聖女になる未来なんだよ、お母様? 何が悪いの?」
皇帝候補が危機的状況を引き起こし、それを聖女が解決する。課題を自分で作り自分で解決する、自作自演の点稼ぎだ。だが、それはまかり通る。
「だってこんな規模の瘴気、浄化できるのは世界でただひとり、ボクだけなんだから!」
なぜなら、皇帝選は聖女や皇帝候補の意図など、加味しない。
呆然と母親が地面を見つめる。その姿にプリメラは哄笑した。
「安心してよお母様、ボクが浄化してあげるからさ。この街の瘴気を呑みこむ、お姉様の大事な妖魔ごと!」
「待ちなさい!」
地面を蹴ってルルカの元へ向かおうとするプリメラを力尽くで押さえつける。
だが、そのシルヴィアの後頭部に、母親が地面に転がっていた銃口を突きつけた。
「動かないで。プ、プリメラの言うとおりよ、シルヴィア。この子なら、浄化できる。いえ、この子にしか、できない……!」
「この状況を作り出した張本人に!? 信用できない!」
「お黙りなさい! じゃあ、あなたに何ができるの!」
シルヴィアの下でプリメラは笑っている。ぶるぶる震えながら、母親が叫んだ。
「黙ってプリメラにすがりなさい、そうすればみんな助かるんだから!」
引き金に指がかかる。錯乱気味とはいえ、母親から銃口を向けられることに、さすがに胸が痛んだ。だから、弾き飛ばす前に祈るように目を閉じる。そのときだった。
小さな影が母親に体当たりして、銃口がそれる。
「おねえさま、いってください!」
「ロゼ!?」
ロゼに突き飛ばされた母親は、そのまま壁にぶつかって昏倒した。気を取られたシルヴィアの下からプリメラが抜け出す。ロゼが叫んだ。
「行かせない、アーク!」
上空から飛んできた影にプリメラがあとずさる。そして自分の前に立ちふさがった色白の少年を見て、目を細めた。
「人間に取り憑いた妖魔か。まさかそれでボクを足止めするつもり? 街の浄化は?」
「あら、街を浄化する聖女がひとりだけなんて決まりはありませんでしょう!」
屋根の上から叫んだのはマリアンヌだ。運んだのはスレヴィなのか、何やら苦々しい顔でそっぽを向いて嘆息している。
「私が浄化します、ええもちろん瘴気だけをね」
「まだわかんないの? お前ひとりで街の浄化ができるわけないだろ、天気予報聖女」
ほほほほとマリアンヌが高笑いを返した。
「そんなもの。シルヴィアさんが元凶である妖魔皇の心臓を止めればよいのです」
「どうし、て……」
呆然とするシルヴィアの背中に、ロゼがそっと手を置いた。
「ア、アークも、マリアンヌ様も、スレヴィさんも、います。ロ、ロゼだって、お役に立てます」
「ですが点数を譲るのは一度だけですわよ! さあ、行きなさいスレヴィ!」
「嫌ですよどうして私が――蹴飛ばすな、このクソ聖女!」
屋根から落下してきたスレヴィが宙返りして地面に立つ。そしてシルヴィアを見て、眉間のしわに指をあてた。
「まあ、でも姫様の演技が下手くそなのは私の指導不足ではありますかね」
「へ、下手くそって」
「ひとりでルルカ様を助けに行くと顔に書いてありましたよ。もう少し腹芸ができるようになってください、姫様。意外と責任感があるのでね、妖魔は――失礼」
ひょいっとスレヴィがシルヴィアを抱きあげた。そしてそっとささやく。
「ですが、勝算はありますよ。あなたの体質です」
「は?」
「さあ、いってらっしゃい」
大きく振りかぶったスレヴィに、ルルカ目がけてぶん投げられた。信じられない。
(助けにきたのでは!?)
ああ、でもこれで障害はひとつだけだ。
これが助け助けられる、仲間とか、家族とか、そういうものか。背中も瘴気も気にしなくていい。だからまっすぐ、シルヴィアは手を伸ばす。
「お父様!」
だが瘴気の中へ向かおうとしたその足首を、つかまれた。
下から自分を見る目に、シルヴィアの肌が粟立つ。今まで呆れや冷めた気持ちならあった。でも、恐怖を感じたことはなかったのに。
「やあ、シルヴィア。久しぶり」
そう言ってシルヴィアを監視塔の床に叩き付けた元婚約者は、いつものように気弱に笑った。




