聖女姉妹対決②
「お母様とお父様はお姉様のためを思ってやったんだよ? ねえ」
のびた父親を膝の上にのせたまま、母親ががくがくとプリメラに頷く。
「そ、そう、そうよ。あなたは、でき、出来損ないだから、プリメラの邪魔にならないよう、厳しく育てたの。見捨ててなんていないわ!」
この種の手のひら返しは初めての経験だ。だが、呆れも怒りもわいてこない。
はあっとシルヴィアは溜め息を吐いた。母親がびくりと震えて止まる。
「ですが私はもう、あなたがたなんてどうでもいいので。生きてようが死のうが」
母親がすくみ上がる。プリメラが眉を動かしたあと、微笑んだ。
「へえ? 言うじゃない、お姉様のくせに。じゃあ何しにきたの」
「大事なひとを助けに」
「お姉様が助ける? できるわけないじゃん」
「そ、そうよ! へ、兵もまだ、いるし」
母親はシルヴィアがのした兵たちを見回しながら、強がる。
「それに、何よりプリメラがいるのよ!」
プリメラにすがりつくように母親が身を起こす。それを見てシルヴィアは少し眉をさげ、プリメラをまっすぐ見た。
「同情します」
「は?」
プリメラの笑顔が固まった。シルヴィアは妹にすがりつく母親を見て、目を細める。
「親のお守りなんて。――私じゃなくて本当によかった」
プリメラが震える拳をにぎり、剣を呼び出した。その爆風で母親が吹き飛ばされるのにも目もくれず、シルヴィアに今まででいちばんいびつな笑みを浮かべる。
「お姉様が、ボクに、同情?」
「可哀想です。天才と祭り上げられ、親によりかかられ、でも誰もあなたを助けない。皆、あなたなんてどうでもいいから」
「シルヴィア! プリメラに、なんて失礼なこと」
「うるさい黙ってろ役立たず!」
プリメラに怒鳴られた母親がひっと喉を鳴らした。
「ボクが可哀想? 可哀想なのはいつだってお姉様だよ」
ばりばりとプリメラの足元から魔力が立ちのぼる。
親はいい、どうせ口だけだ。だが、妹は本物の天才だ。シルヴィアはいやというほどそれを見てきた。
「全員、手を出すな。――格の違いを思い知らせてやる!」
プリメラが地面を蹴って、剣を振りかぶる。魔力こみのおそろしく重い一撃をシルヴィアは受け止めた。
交わった剣の向こうで、プリメラが笑う。
「勝てると思うの、お姉様? ボクの聖眼は、全部視えてる! お姉様がどう動くか、全部だよ! お姉様は逃げられない、さっきつかまったみたいに!」
「なら頑張ってください」
「は?」
シルヴィアが一瞬、視界から消えたように見えたのだろう。背後を取られたプリメラが振り向く前に、その背中に一撃叩き込んだ。
「……っ!」
咄嗟に魔力で衝撃を弱めたのは、さすがだ。だが抑えきれずに、地面に穴を作って沈む。
えぐれた地面の縁に立って、シルヴィアは言った。
「魔力の使い方が大雑把です。攻守の切り替えの練習をおすすめします」
「お、ま……なんで……っ」
起き上がろうとしたプリメラがシルヴィアを見あげる。いつもと逆だ。シルヴィアは冷静にそれを見返した。
「すべての未来を視えるというのは、嘘ですね」
プリメラが無表情になった。顔色を変えたのは母親のほうだ。
「な、なに、何を」
「すべてわかっていれば、この戦いをさけたはずです。あなたが負けを甘んじて受けるなんてあり得ない。つまり、聖眼で勝敗が視えていなかった。でも、ルルカ様の正体や自分のすることには確信がある。さっきの、捕縛結界みたいに」
「そうよ! プリメラはなんでもわかるのよ、ねえプリメラ」
母親に目を向けられても、プリメラは黙っている。この子は決して馬鹿ではない。聖眼の能力を見抜かれることがどれだけまずいことか、ちゃんとわかっている。
「じゃあ、ボクには何が視えると思う?」
そして聖眼の力に対して、自信もあるのだ。
にたりと笑ったプリメラに挑むように、シルヴィアは答える。
「あなたに視えるのは、あなたが望む未来をかなえるには、どうしたらいいか」
おろおろしている母親は、きっとプリメラの聖眼について何も知らされていなかったのだろう。
『すべて視えている』――プリメラの言葉をそのまま鵜呑みにして、疑いもしなかったに違いない。
「どうすればあなたが、聖女になれるか」
実際、プリメラの聖眼は本人にとって『すべて』に近い。
プリメラの望む、プリメラがほしい未来をつかむにはどうしたらいいか。それを教えてくれる聖眼だ。
「そのためにあなたが取るべき行動が、未来が、あなたには視える」
「大正解! すごいよお姉様、さっすが!」
手を叩いて、プリメラが笑った。
「ボクはボクがどうすればいいか知ってる! ボクの願いを叶える、間違いのない一本道さ! つまり、誰もボクにかなわないってことだよ。もちろんお姉様だって」
「でもあなたは戦闘で私に勝てません」
「そんな勝敗、些細なことだよ! 何も視えないってのは、どっちでもいいってこと」
立ちあがったプリメラが両腕を大きく広げる。
「だってボクにはまだ視えてるからね! お姉様の大事なあの妖魔が胸に穴をあけて死ぬところも、この街が瘴気に呑みこまれてしまうところも!」
プリメラの両眼の奥にある、正十字が光った。
その宣言に呼応するように、背後から瘴気が噴き上がった。ルルカが捕らえられている塔が四散し、瓦礫が降ってくる。
「け、結界が……瘴気が!」
かろうじて外からの瘴気を防いでいた結界を内側から突き破り、一気に瘴気が内側へ吹きこんでくる。
悲鳴をあげた兵が武器を放り投げ、逃げ出し始めた。それに押されそうになりながら、シルヴィアはプリメラに叫ぶ。
「あなた、何をしたの!?」
「なんにも? ボクはただ、浄化すればいいだけだもん」
「だったら今すぐにやりなさい! このままじゃ街が瘴気に呑まれる!」
「まだだよ」
プリメラが笑った。いつもと変わらない、明るい、聖女の笑顔で。
「ボクが浄化するのは、お姉様の大事な妖魔が、ジャスワントの手で瘴気の原因になってからだ」
「――ジャスワント様……?」
硝子をひっかいたような不快な鳴き声が響いた。咄嗟に両耳を塞いで、それでもなんとか空を振り仰ぐ。
瘴気が雲のように固まった、その向こう。この街で一番高い、監視塔の上。
悲鳴はあげられなかった。まず、目にしたものが信じられなかった。
ルルカの胸を、ジャスワントの細腕が貫いている。いや、貫いているのではない。戻しているのだ。
妖魔皇の、心臓を。




