聖女姉妹対決①
妖魔熊に背負われる道すがら、思ったより多くの人間を見かけた。馬車や行列、様々な形で皆が街から逃げ出している。
どうも領主が逃げたらしい。それで聖女プリメラを信じていた住民達も、危険を確信したのだろう。瘴気が薄くなりがちな日中なら、自分の体がもつことに賭けたらしい。
すれ違って声をかけられるのも大変なので、途中から道ではなく、道に沿った林に分け入って進んだ。行き倒れているひとを見かけたら、馬車にひかれたりしないよう道の脇によけて、魔術を施しておいた。ロゼがルルカに持たされた護符の魔術を見よう見まねで描いただけだが、皆、顔色がよくなったので、一時的な浄化処置にはなるのだろう。
だができるのはそれだけだ。
妖魔熊の足は速く、昼過ぎには街に辿り着いた。
多少は浄化されているのか、街は瘴気が薄く漂っている程度だ。だが、不気味なほど静まり返っている。心なしか視界も暗い気がした。
「ここで待っていてください」
「グ」
「お父様を助けたらすぐ戻ります。目立たないように」
街中には逃げそびれた人もいるだろう。領主はいなくても、ベルニア聖爵家や皇子であるジャスワントが兵を連れているはずだ。騒ぎにはしたくない。
妖魔熊は考えていたようだが、くるりと背を向けてのしのしと森に帰っていった。
「……収監先は、普通は領主の館です、よね」
検問はないようだったが、街には入らず、外壁沿いに領主の館の裏側へと向かった。
そして外壁を見あげる。首を精一杯持ち上げても、てっぺんが見えない外壁だ。
腹はくくってきた。深呼吸をする。そして地面を両足の裏で、力一杯蹴る。
あっさり体は宙に飛んだ。
「……っ!?」
自分で飛んでおいて、自分で驚愕した。だが、外壁を見おろす高さから見えた光景に、シルヴィアはまばたく。上空は瘴気も薄いのか、青い空と白い雲と、きらきら光る日が見える。
綺麗だった。
見惚れている間に落下が始まっていて、我に返る。くるんと回って着地したのは、領主の館の屋根だ。少し体がよろめきかけたが、それだけで体に異常はなかった。
「……飛び越えられた……」
これ、普通だろうか。一瞬考えこみそうになったが、すぐにぶるぶる首を振る。そして視界の隅に見えた姿に、急いで身を伏せ、そっと顔だけをあげた。
「……ジャスワント様?」
館の端にある、堅牢な塔の鉄製の扉に鍵束を差し込み中へと入っていく金髪の少年に、シルヴィアは目を細めた。
世襲制ではないとはいえ、皇子と呼ばれる立場のジャスワントが赴く先として、あまりにあやしい。だが、考えなくていい。聖眼を起動してジャスワントの動きを追えば――薄暗い地下に向かう階段だろうか、その先に並ぶいくつもの牢。
そこに、鎖につながれているのは。
(――お父様!)
鉄格子の隙間から視えた顔に、シルヴィアは身を起こす。ずいぶん弱っているようだが、あんな美形、見間違えない。
場所はわかった。そして今なら鍵があいている。今のうちにあの塔に入って身を隠し、ジャスワントから鍵を奪うのが最善だ。何か罠があるとしても、まずはルルカの状態がわからなければ話にならない。
音を立てないよう、できるだけそっと屋根から地面に着地した。周囲をうかがいながら鉄の扉に触れる。そのときだった。
ばちっと手が弾かれた。罠かと、咄嗟にその場からうしろに飛び跳ねる。だが着地した地面から、同じ光の縄が生えてきて両腕ごと体に巻き付かれて、地面につながれてしまった。
(しまっ……!)
こっちが本命の、捕縛結界だ。しかも、あらかじめシルヴィアが踏むとわかっていないとできない場所に仕掛けられていた。
つまりこれを仕掛けたのは、未来がわかる聖女だ。
そしてこの街に滞在している聖女は、プリメラしかいない。
振り鐘の音がする。裏口の扉から、あるいは棟の曲がり角から、ぞろぞろと武器を構えた兵たちがやってきた。取り囲まれるのは、あっという間だ。
「プリメラの言うとおりだったな」
兵たちのあとから前に進み出てきたのは、父親だった。その斜めうしろから、母親が憎々しげにシルヴィアをにらんでいる。
「ようやく姿を現したわね、この疫病神」
「まったく。どういう手違いでお前が聖女になったのだか……一そのうえ、妖魔に穢されるなどと、恥知らずが。どこまで私の顔に泥を塗ればすむ」
「ええ、本当に。しかもプリメラに挑むなんて、身の程知らずな」
汚いものでも見たかのように母親が目をそらす。
とうの昔から、傷つくことなどなくなっているが、諦観すらなくなった。いっそ滑稽に思えて、笑みが浮かぶ。
それに気づいた父親が片眉をあげ、つかつかと近寄ってきて、拳を振りあげた。
「何がおかしい! 何を笑っている!」
そうか、今自分は笑えているのか。
飛んできた拳をシルヴィアは難なくよけ、そのまま光の縄を引きちぎった。拳を振り下ろしてよろけた父親の腹に蹴りを叩き込んで、母親のところに返品してやる。
母親が吹っ飛んできた父親につぶされて悲鳴をあげた。
「お、おまえ、なんて、なんてことを、お父様に……っ育ててやった恩も忘れて!」
「今までお世話になりました」
「は?」
目の前で手のひらに剣を召喚したシルヴィアは、切っ先を両親に突きつけ、静かに問いかける。
「それで、あなたがたはいつまで私の親のつもりですか?」
「こ、この子を捕まえて! プリメラの敵になるなら殺したってかまわないわ、早く!」
のびた父親を抱えた母親が金切り声をあげた。それを号令に一斉に兵が襲いかかってくる。
だがシルヴィアの目的はルルカだ。剣を受け止め、なぎ払い、蹴り飛ばし、兵の壁を打ち破る。シルヴィアに吹き飛ばされていく兵を目にして、母親が髪を振り乱して叫んだ。
「なに、なんなのお前、どうしてそんな力がお前なんかに!」
「あなたがたに見捨てられたおかげで」
だから、ルルカに育ててもらえた。
見えた鉄製の扉の隙間にまっすぐ剣先を伸ばす。
だがその剣先は、再び目の前に現れた魔術の網に弾き飛ばされた。
「お姉様ひどいよー。その言い方、こいつらがクズ親みたいじゃん」
鉄製の扉の前に立って、聖女が笑う。
距離を取り直したシルヴィアは、妹の姿を見据えた。
「プリメラ……」




