待ち構える天才聖女
「プリメラ様。本当に、本当にこれでよろしいのですか?」
汗をかきながら食堂に入ってきた領主に、プリメラは瞬いた。
寝坊して、遅めの朝食をひとりで取っているところだった。口の中をもぐもぐしながら、尋ね返す。
「これでって?」
「瘴気の浄化です! どんどん、濃い瘴気が街中に出てくるように……っこれは、妖魔皇をそのままにしているからでは!? 聖爵様や夫人にお話しても、プリメラ様の言うことを聞いておけばいいと言うばかりで」
両親では話にならないから、プリメラに直談判しにきたようだ。
(役に立たないなーお父様もお母様も)
こんなうるさい中年がいたら、せっかくの朝食がまずくなるではないか。
「このままでは街が……聖女の仕事を放置していると、プリメラ様のことを批難する輩も出てきます! 既に住民も逃げ出す者が多数」
「あーそのほうがいいだろうね」
「は……?」
ガレットの生地がなかなか切れない。悪戦苦闘しながらも、プリメラは説明した。
「だってこの街、このまま瘴気に覆い尽くされるし。いたらほぼみんな死ぬでしょ。逃げたほうが賢明」
「は……!?」
「あ、でも心配しないで! 被害としてはないも同然だから」
領主が口をあけて惚けている。やっと生地が切れて、プリメラはにっこりした。
「だって妖魔皇相手だよ? 街ひとつですめば、被害はない判定でしょ」
「ごっ……ご冗談を。まさか、そんな」
「あのさあ、ちょっとは考えようよ。これだけ瘴気が漂ってるのに、他の聖爵家がちっとも手を出してこない、その意味。手に負えないからだよ」
揉み手をしていた領主の愛想笑いが、ついに引きつった。
「……て、手に負えない、とは」
「あぁ、ボクは別だよ。ちょっと本気だせば、浄化できるから」
「な、なら今すぐに浄化をして、街を救ってください!」
「は? なんでボクがお前の言うこと聞かなきゃいけないの」
領主が目を白黒させて、震える拳を握った。顔色も青くなったり赤くなったりと、忙しそうだ。
「……ま、街が、どうなっても、いいと……っう、訴えてやる! 聖殿に! お前なんか聖女の資格はないと……!」
「やればいいじゃん。無駄だと思うけど。だって誰も助けてくれないよ? こんな瘴気まみれの街」
ははっと笑うと、領主が叫んだ。
「わ、私は、ベルニア聖爵家を、支持しているのですよ! それを、この仕打ち」
「だから何」
今度こそ領主は言葉を失ったようだった。鼻で笑ったプリメラは、デザートの林檎にざっくりフォークを刺す。
「逃げるなら早いほうがいいよ?」
警告するなんて、我ながら親切だ。
一目散に食堂から駆け出した領主は、街からひそかに逃げ出すに違いない。切り替えが早くなければ政治家など務まらない。それを知った領民がさらに逃げ出すだろう。
「プリメラ……何か、あった?」
領主と入れ替わりに、ジャスワントが食堂に入ってきた。
「怒鳴り声が聞こえたけれど……」
「うん大丈夫だよー。ジャスワントは逃げないの?」
「い、一応、君がいる以上、ここにいないと。皇帝候補だし、怒られるし……」
ふうん、とプリメラは相づちを返した。どうでもいい。気弱な笑みを浮かべるジャスワントなど、もともと眼中にない。
「で、でもプリメラ。どうして、あの妖魔を殺さないのかな」
「だってお姉様が助けにくるから」
「シルヴィアが……? どうして妖魔を助けになんて」
「今までずっと一緒にいたみたい」
切るのが面倒になったので、残りのガレットを皿からつまんで食べた。行儀が悪いなどと、プリメラが叱られることはない。プリメラのやることはなんでも正しいからだ。
「……そうか、シルヴィアが……君が捕まえた妖魔は、地下牢にいるんだっけ。あの、行ってもいいかな」
「いいけど、あんまり近寄らないほうがいいんじゃない? 殺されてもボク助けないよ」
「君にはそういう未来が視えるの?」
ジャスワントをじっと見て、フォークが突き刺さったままの林檎を食べる。
「どうぞ、ごじゆーに」
適当に返事をすると、ジャスワントは礼を言って食堂を出て行った。
たとえ、ジャスワントが死んでも、次の皇帝候補を両親が勝手に選んでくる。
プリメラにとって今、大事なのは、あの妖魔を手元に置いておくことだけだ。彼がいれば姉はやってくる。それは確定された未来だ。
このガレットのようにおいしくあの妖魔を食べてしまったら、姉はいったいどんな顔をするだろう。そのときが楽しみで、プリメラは待っている。決して寄り道などではない。
これはプリメラが聖女になる道なのだと、聖眼がきらめいた。




