聖女の会談
マリアンヌとスレヴィは本当にぱっと行ってぱっと帰ってきた。シルヴィアのときといい、一応大事な儀式のはずなのにそんなに簡単でいいのかと思う。
だが、その他のことも話が進んでいった。今まで待ちの一手だったのが嘘のようだ。
「変な感じ……」
屋敷の端にある塔のてっぺんで、夜空を見あげながらシルヴィアは唸る。自分の部屋のバルコニーからでも星は見えるが、ここはもっと近い上に、景色も見渡せる。気分転換にはいいだろうとやってきたのだが、考えれば考えるほど深みにはまっている気がする。
「作戦に不安がある……? でもロゼは大丈夫だって言ってるし、お父様が危険な目に遭うとも……でも、ロゼは妖魔の危険は察知できないし……」
「何をうなっているのですか」
下から聞こえた声に、シルヴィアはぎょっとする。
「マリアンヌ様……ロゼも」
「おねえさま、風邪をひきますよ。はい、いつもの外套」
螺旋階段をあがってきたロゼが外套を差し出し、マリアンヌが持っていた洋灯を塔の壁の上に置いた。
「灯りも持たずに、危険でしょう」
「……星が見たかったので」
「洋灯があっても十分見えます。……何かご不満なことでも?」
「……びっくりしているだけです、ふたりでくるなんて」
ロゼとマリアンヌが顔を見合わせた。先に嘆息したのはマリアンヌだ。
「今回の課題が終わるまでは仲間です。交流はとっておくべきだと私が誘いました」
「……私とロゼが、仲間」
「ええ。この課題が終わったらあなた方の点数はすべて私の物になっていますが」
ふふふとマリアンヌは笑っている。そこへロゼも並んだ。シルヴィアを挟んで三人、並んで夜空を見あげる。
「あの、マリアンヌ様は今までずっと巫女さんだったんですか?」
「ええ、デルフォイ聖爵家に縁のある地方の神殿で。ロゼさんはヤギ飼いだったそうね」
「は、はい。家はヤギの乳でチーズとか、作ってました」
「……不思議ですね。今まで住んでいる所も生き方もまったく違うのに、こうして話してるなんて」
皇帝選のおかげと考えるべきか、せいと考えるべきか。つぶやいたシルヴィアに、マリアンヌが続ける。
「しかも上位三名が協力、そろっておしゃべり。あまり例になさそうですわね」
「そ、そうなんですか……?」
「皇帝選の上位は、聖爵家の聖女が占めることが多いのです。陣営判断で協力することはあっても、聖女同士が話す機会なんて滅多にないでしょうね」
マリアンヌの説明に、ロゼが眉をさげる。
「な、なんだか、さみしいですね……少しくらい仲良くみんなで課題、やったりとか……」
「何を甘えたことを。皇帝の椅子はひとつです」
「す、すみません」
「でもあなたの考えは正しい」
叱られたように小さくなっていたロゼが、びっくりしてマリアンヌを見あげる。シルヴィアも黙ってマリアンヌの横顔を見た。
「本当は争うのではなく互いに高め合うほうが正しいでしょう。少なくとも最初の聖女は、世界を救うためにそうしたはずです」
「あ……」
「世界を滅亡から救うより、皇帝の座を争っているのはある意味、平和の証ですが。要は好敵手なんてなかなか見つからない、ということです」
「マ、マリアンヌさん、すごい、です」
尊敬したように言うロゼに、ふんとマリアンヌが鼻を鳴らす。
「伊達に年はとっておりません」
「おいくつか聞いても?」
「二十六。いきおくれなどと言った輩は追いかけ回して必ず殺します」
絶対に言わないでおこう。
「まあ、私は神の花嫁ですけれど。……上位三名がそろって課題にあたるのです。心配する必要はないでしょう」
マリアンヌの締めに、ロゼもこくこく頷いている。気遣われているのだとやっと気づいて、シルヴィアはびっくりしてしまった。
「あ……りがとう、ございます……」
本当ならここで終わるべきだろう。だがふたりとも待っている気配を感じて、シルヴィアは口を動かす。
「……ロゼの力やマリアンヌ様を疑っているわけではありません。ただ本当に、うまくいくのかと……プリメラがいるのに」
その名前に、マリアンヌもロゼも表情を改めた。
「噂は聞き及んではおります。実際、その力も拝見しましたけれど……」
「て、天才……なんですよね。ロゼも、知ってます……」
「本当はこちらの行動も、すべて筒抜けなんじゃないかと思うと……あのとき、プリメラの聖眼に何が視えるか確認できてれば。いえ、確認できていたとしても『すべて』だったら、どう対処すればいいか」
でも、とシルヴィアは拳を握る。
「あの子はベルニア聖爵家を出たあとの私を知りませんでした。なら、何もかもわかるわけではない。でもどう見ても人間のお父様を、最上級妖魔だと一目で見抜いた……」
それこそ、聖眼で視ていたからではないのか。
だが、ルルカと一緒にいるシルヴィアを視ることはできなかった。
(あの子は、何が視えるの)
見抜きたい。でなければ、プリメラはまた笑って壊しにくるだろう。
震える拳を、ロゼがそっと取った。顔をあげたシルヴィアに、きらきらした眼差しが飛んでくる。
「すごいです、お姉様……!」
「え」
「聖女プリメラの聖眼はそこまでではない――と楽観するのではなく、最強と仮定したうえで出し抜こうとするのですね、あなたは。普通ではありません」
呆れたマリアンヌに、シルヴィアは困惑した。
「対処しないと自分の身があやういからです」
「それでも、諦めてしまわないのは大したものです。普通、くじけます」
「……マリアンヌ様に言われると複雑です」
シルヴィアの答えに、ロゼが噴き出した。肝心のマリアンヌはすまし顔だ。
「私は聖女プリメラと争う気はありません。あなたたちが争っている間に点数をとれればそれでいいですから。でもあなたが聖女プリメラを叩きのめしたら、とても楽しそうですね。応援します」
聖女にあるまじき顔で笑うマリアンヌに、シルヴィアは呆れる。
「聖女らしくない考え方では」
「あなたも見ていたでしょう。あの小娘は自分ができるからと、わざわざ私の結界を破壊したのです――私の点数!」
やっぱりそこに行き着くのか。だが、マリアンヌは真顔になった。
「確かに、天才なのでしょう。ですが、天才であれば何をしてもいい――そんなわけがないでしょう。あの娘はそれがわかっていない」
そんなふうにプリメラを評したひとは初めてだ。大人の女性の顔で、それこそ巫女のようにマリアンヌは告げる。
「まあ、私の知ったことではありません。私は皇帝選に勝ち抜いて、私のすべきことをするだけです」
「マリアンヌ様は皇帝選に勝ち抜いてしたいこと、あるんですか」
ロゼの質問に、マリアンヌは不敵に笑った。
「もちろん。まずは改革です。聖女を増やしたいあまり、目に余ることが多すぎます。あなたもそうでしょう、ロゼ」
「ロ、ロゼ……ですか?」
「聖女の人生が皇帝選の道具になっていると思いませんか」
きっとマリアンヌ本人もそういう経験をしたのだろう。ロゼは初めて気づいたような顔で、何かを考えこんでいる。マリアンヌはロゼを優しく見守っていたその眼差しを、シルヴィアにも向けた。
「あなたは何をしたいのですか、聖女シルヴィア?」
聖女マリアンヌの問いかけに、シルヴィアはぎゅっと拳を握りしめた。




