お天気聖女と洗濯男
妖魔馬車で待っていたロゼがシルヴィアを見るなり涙ぐんだので、反省すると同時に、自覚した。
自分はもう、ひとに心配される人間になったのだ。
そう思うと気恥ずかしさもあって、胸がぽかぽかしてくる。ロゼにはもう二度と心配をかけたくないし、出迎えにきてくれたアークに無事を喜ばれて嬉しかったし、鞄を直してくれたスレヴィにはお礼をしたい。世界が綺麗に見えるってたぶん、こういうことだ。
ただ、ルルカには感謝はしているが、色んな気持ちがまざってよくわからない。無茶振りをされれば相変わらずげんなりするし、おかしな本の読み聞かせには呆れる。でもどれもこれも、なんだかくすぐったい気持ちになる。姿が見えないと気になる。そばにいるとほっとする。
変な感じだ。
(親に好意を持ってるとこういう感じになる?)
なんだか釈然としないので、最近はルルカを見かけるたび観察することにしている。
応接室で紅茶を飲む動作も綺麗なひとで、見ていて飽きない。
「……シルヴィア。お茶の飲み方の見本でもほしいのか?」
「いいえ」
「なら、じろじろ見るのはやめなさい」
諭されても、眉をよせている顔も美しくて、シルヴィアはまじまじ見返してしまう。
「でも、お父様は飽きません。顔は綺麗なのに、芋を食べているときは可愛いのはなぜですか?」
「かわ……お父様は見世物じゃないぞ」
「見世物……ずっと見ていたいのはそのせいですか」
ふっと瞳を見開いたルルカが、お茶を飲む手を止めた。そのままじっと見つめ返され、今度はシルヴィアが目をまばたく。
「何か」
「……いや別に」
やや視線を泳がせたルルカが、どこか焦ったように立ちあがった。
「お父様? どこへ?」
「……旅に出ようかと。いや、婚活か?」
「なぜ急に。心臓は私にまかせると?」
「いや、それはだめだ。危険だ」
「……。少しならまかせても大丈夫ですよ。この間のお父様との追いかけっこ、勝ちましたし」
もちろん、ルルカは両手両脚を縛ったまま逃げるという離れ業での勝負だったが、追いついたことに違いない。ソファから立ちあがったシルヴィアは、あのときの高揚感を思い出して胸をはる。
ルルカが愕然とした顔になった。
「そう……いうことになる……のか……!?」
「……。どうしたんですか、お父様」
「お茶の時間に失礼します、ルルカ様」
ルルカが何やら考えこんでいるところに、スレヴィがやってきた。そして苦悩しているらしいルルカと困惑しているシルヴィアを見て、首をかしげる。
「取り込み中ですか?」
「いや、よくきてくれたスレヴィ相談がある」
「嫌です帰ります」
「そう言うな」
「私は別件できただけですので。お客様です。聖女マリアンヌと名乗っておられますが、いかがされますか。ものすごくうるさいんですが」
先ほどまでの奇妙な空気も忘れて、ルルカとシルヴィアは顔を見合わせた。
スレヴィに案内されたマリアンヌは泥だらけで汚れていた。街からここまで、三日かけて歩いてきたらしい。だが堂々とした佇まいは変わらず、応接間に案内されてもシルヴィアとルルカの正面のソファに優雅に腰をおろした。
「よくここがわかりましたね」
「なぎ倒された木々が一本道になっていたので」
妖魔馬車の走っていった跡を見つけたらしい。お茶と菓子を用意したスレヴィがぼそりとつぶやいた。
「考えなしに走らせるからだ、馬鹿が」
「馬鹿とは俺のことか?」
「いえいえ。跡を消すよう手配をしておきます」
さわやかに返事をしたスレヴィは、そのままシルヴィアとルルカが座るソファのうしろに控える。いったんお茶を飲んだあとで、マリアンヌが切り出した。
「単刀直入に聞きます。あなたが聖女シルヴィアというのは本当?」
マリアンヌの鋭い眼光にシルヴィアの背筋が反射的に伸びた。
「そしてあなたと一緒にいたあの子が聖女ロゼかしら」
静かだが、マリアンヌの口調には逃がさない強さがある。誤魔化すのは難しそうだと思いながら、シルヴィアは尋ね返した。
「なぜ、そう思われたんですか」
「簡単な話です。あなた、私を手伝っていたでしょう。そのとき私は見たのです――聖女シルヴィアの点数があがっていくのを!」
あの状況下で点数を確認していたのか。この聖女、やっぱり怖い。
「そしてベルニア聖爵家に連れていかれたことで確信しました。ベルニア聖爵家のシルヴィアと言えば、妹のプリメラと真逆の意味で有名ですからね」
「なら、聖女などありえないとは」
「なったのだから、なれたのでしょう」
あっさりしたマリアンヌは、不信や批難などはないらしい。だがぎっと気迫に満ちた目でにらまれてしまう。
「ありえないのは私より点数が上なことだけです! ですが、それも一時的なこと。神は間違えません。私があなたの正体を見破ったことも、私がここにたどり着けたことも、すべて含めて、私が上!」
ここまでくると見習いたい精神力の強さである。ルルカがぼそりとつぶやいた。
「話がまったく進んでいない」
「ああ、失礼いたしました。私が今日、ここへきたのは忠告と警告のためです。現在、街で妖魔の討伐準備が始まっています」
そう言ってマリアンヌが初めてルルカを見た。シルヴィアは視線を鋭くする。
「お父様の討伐ですか」
「の、ようですわね。聖女プリメラの直々のご指名です。今回の課題の原因である最上級妖魔は、あなただと。人相書きが回り、大規模な捜索が始まっています。私は異議を唱えましたが、聞き入れられませんでした。故にこうして忠告にきた次第です」
「なぜ、お父様を助けるようなことを?」
ルルカを人間だと思っているからではないだろう。マリアンヌは紅茶をひとくち飲んで、姿勢をぴんと伸ばした。
「私はこの方が街の住民を救うため動いていたのを、この目で見ています。そのような方が課題の妖魔であるはずがありません。街でもそう思っている方はいますが、あの雰囲気では声をあげられないでしょう」
当然だ。ベルニア聖爵家の聖女プリメラが聖眼で視たのだと宣言すれば、刃向かうのは至難の業である。
「街の雰囲気も悪くなり、日に日に瘴気も濃く、大量発生しています。となれば、瘴気の本当の原因は別にあります。つまりあなたがたは濡れ衣。私の目は誤魔化せません」
「ですが、デルフォイ聖爵家……あなたの皇帝候補の考えは?」
ひとりできたのは、合意が取れなかったからではないのか。マリアンヌは薄く笑った。
「あんな男、こちらから願い下げです」
「……と、いうと」
「誓約は破棄されました。天気予報女などいらない、とのことです」
目をまばたいたシルヴィアに、マリアンヌは微笑む。
「私の聖眼は明日の天気を教えてくれます。一ヶ月先くらいまでなら完璧です」
「……天気、ですか」
「……まあ、大切なことですよ。お洗濯の予定が決められます」
反応に困っていると、助け船のようにスレヴィが口を挟んだ。ほめている気がしなかったのだが、マリアンヌは堂々と胸を張って頷いた。
「よくおわかりですね。そうです。今年は寒くなるか、暑くなるのか。作物を育てるにも人々を災害から守るにも使える、大切な力です。その偉大さもわからずにあの男は天気予報女などと、愚かな。断言します。新しい聖女を見つけてもあの男は皇帝になどなれません。その器もない。私に勝る聖女などいないのだから!」
「……なるほど」
だんだん本当にマリアンヌが正しい気がしてきて、頷いた。だが、何かと気圧されがちなシルヴィアの横で、ルルカは冷静だ。
「だがあなたは今、皇帝選に関係ない野良聖女ということになる。それでいて、わざわざこちらに警告しにきた理由は?」
「簡単な話です。私は失格になったわけではありません。皇帝候補さえいれば返り咲けるのですよ。点数もそのままで」
マリアンヌはそのまま両手を握って力説した。
「しかも、この間違いを正す姿勢……聖眼を通じて神は見ておられます。つまり本当の瘴気の原因を見破り、あなた方を助け、新しい皇帝候補を得て本当の悪を倒す……! これで私が一位になれる!」
まったくぶれない聖女様である。
「ということで、私に新しい皇帝候補を用意してください。そうしたら協力して差し上げます」
「は?」
「とりあえずはそこの方でもかまいません」
すっとマリアンヌが指さしたのは、スレヴィだ。シルヴィアとルルカにソファごしに見あげられて、スレヴィが「迷惑だ」と書いてある愛想笑いを浮かべる。
「ご冗談を」
「冗談を言っている時間はありません。ぱっと聖殿に行ってぱっと誓約しましょう」
「……主が妖魔と知られた以上隠しても仕方がないと思うので言いますが、私も妖魔でして、人間とは相容れないと思いますね。ええ、特にあなたとは絶対に」
「そのうち人間に乗り換えますのでご心配なく」
スレヴィのこめかみに血管が浮き出ていく。だが笑顔を保っているのはさすがだ。
「乗り換えなどと、私を馬か何かと勘違いしておいでか。人間風情が」
「乗り換えられたくなければ努力なさいませ。私はきちんと評価をする聖女です」
「死ね、この天気予報女」
「明日は晴れですよ、洗濯男」
「……スレヴィ。命令だ、彼女と誓約しろ」
ルルカの声に、スレヴィはもちろんシルヴィアもぎょっとした。
「いいんですか、お父様」
「保険は多いにこしたことはない。何より面白そうだ」
「後者が本音だなクソジジイ」
「ということで俺の従魔を貸し出そう。そのかわり、あなたの情報をくれないか」
「交渉成立ですね」
ふっと笑ったマリアンヌが手を差し出す。その手をルルカが握り返した。
(すごい。お父様と、対等に……)
シルヴィアは自分の胸を押さえた。何か痛んだ気がしたのだ。
でも、その意味はよくわからなかった。




