お父様のお迎え
「シルヴィア、お前……っプリメラに何をした!」
「プリメラ、大丈夫? こちらにきなさい」
「大丈夫だよ、過保護なんだから。ね、お姉さ――」
父親にかばわれ、母親に抱きよせられたプリメラが、いつも通り勝ち誇った顔でシルヴィアを盗み見しようとして、途中で止まった。
多分、感情が顔に出ているからだと思う。いつもプリメラが望んでいた言葉を、嘲笑混じりで付け加えてやる。
「お優しい両親で羨ましいです」
「……お姉様にとっても、両親でしょ」
プリメラがそう言うので、改めて両親を見る。久しぶりに見る父親も母親も、どこにでもいる中年の冴えないお貴族様にしか見えなかった。もっと威厳や美しさや、押しつぶされそうな圧があった気がするのだが、拍子抜けだ。
「お前、今までどこで何をしていた。勝手に逃げ出すなど、この恥知らずが! どこまでベルニア聖爵家の名前を汚す気だ!」
だからいきなり父親に怒鳴られても、なんとも思わない。
「なら絶縁でもしておいてください」
「なんだと、この恩知らずが……! そうだ、あの皇帝選にあるシルヴィアという名前はなんだ。まさか本当にお前なのか!?」
「はい」
「せ、聖眼が使えるっていうの……お前が……?」
母親が青ざめて震えている。逆に父親は顔を赤らめて怒り出した。
「なら、なぜさっさと――いや、かまわん。どうせうちの点だ。お前がプリメラに協力するならそれでいい」
そう口にすることで少し落ち着いたのか、父親の口調が落ち着いた。
「どこの皇帝候補と誓約したか知らないが、さっさと破棄するぞ。聖殿へつれていく」
「お断りします」
「なんだと。聖女になれたからと調子にのるな、わきまえろ!」
ふうっと嘆息して、鞄の中身を整えたシルヴィアは、立ちあがった。
「私は帰ります」
「どこへ!」
「ここだ」
静かな声と一緒に扉が派手な音を立てて開いた。ついでに見張りの兵が蹴り飛ばされて転がる。ぱちりとシルヴィアはまばたく。
「お父様」
「どこに消えたかと思ったら、お前は本当に目が離せない娘だな」
ぶち破った壁から堂々と入ってきたルルカは、大きな溜め息を吐いた。
「今度から門限を決めておくか。怪我は?」
「ありません」
ルルカはシルヴィアの鞄や髪に目を細めたが、追及は後回しにしたようだった。
「まあいい。帰るぞ」
「お前! 何者だ」
「この娘の父親だ」
断言されたシルヴィアの父親が目を白黒させたあと、怒鳴り直す。
「そ、その娘の父親は私だ!」
目を丸くしたルルカが、怒鳴った父親とシルヴィアを見比べてつぶやいた。
「……よかったな、似てなくて」
「ど、どういう意味だ!?」
「育てる気がうせたかもしれないという話だ。そうか、これが実の父親か……」
ルルカは気の毒そうに眉をひそめている。たぶん、失礼なことを思っている。口にせずとも伝わったのか、父親の顔が湯気が出そうなほど真っ赤になった。
「お、前……っさっきから無礼な! わた、私はベルニア聖爵だぞ!」
「だからなんだ。娘さんを俺にくださいとでも言えばいいのか」
さすがにシルヴィアは口を挟む。
「それは嫁にもらうときの台詞です、お父様」
「それもそうか。……まあなんでもいい、失礼するぞ。ほら」
背を向けてルルカがしゃがんだ。子どもっぽいがそうでなくては腕に抱えられるか投げられるかだ。シルヴィアはしかたなく、その背中に飛びつくように乗った。
「ま……」
引き止める声を無視してルルカが壁を蹴り飛ばした瞬間、部屋の半分が吹き飛んだ。そのまま床を蹴って外ヘ飛び出したルルカを追える者など、そういない。
外は夕暮れを思わせる色がうっすら見え始めていた。街の外壁も難なく飛び越えたルルカは、そのまま木々の間を飛びながら進んでいく。
「ロゼは?」
「馬車で待っている。心配していた、お前がベルニア聖爵家に連れて行かれたと聞いて」
「悪いことをしました」
「本当に。危険はないとわかっていても、心配はまた別だ」
そういえば心配性な父親だった。
「なぜついていった」
「巻きこんではいけないと思って。それに……いいえ」
言い訳や建前をやめて、ぎゅっとルルカの首にしがみついた。
「ごめんなさい」
「まったくだ」
「……迎えにきてくれてありがとう、お父様」
ルルカは答えなかったけれど、ちゃんと伝わったとわかる。だからシルヴィアはその背中で安心して目を閉じた。
■
半分吹き飛ばされた部屋で母親は綺麗に卒倒し、父親は右往左往し出した。
「なん、なんだあの男は……ッシルヴィアはいったい何を考えている! ベルニア聖爵家に刃向かうつもりか!?」
風通しのよくなった部屋で怒鳴っても滑稽なだけだ。
だがそれだけではないおかしさに、プリメラは笑う。
「ふふ……はは、おかしい。何あれ。あいつがお姉様の皇帝候補?」
「プ、プリメラ? どうした、心配しなくてもいいからな。すぐに連れ戻してやる」
「そうだね、そうしよう。きっとお姉様はだまされてるんだ。だってあいつ、妖魔だよ」
父親は青ざめたあと、すぐに真っ赤になった。
「あの馬鹿娘が……! 妖魔なんぞに騙されおったのか! まさか、課題の妖魔は――」
「あいつだね。聖眼で視た。あいつが瘴気の原因だよ」
父親が息を呑む。プリメラは安心させるように笑う。
「大丈夫、ボクが勝つよ。そう決まってる。だから、お姉様を助けてあげなきゃね」
「……そうだな、あんなものでも助ければ点になるか。そういえばジャスワント様が騎士団を連れてきてくださっている。それまでに居場所を突き止めて――」
何やら父親が算段を始めているが、プリメラはシルヴィアが去った方向からじっと見据えたまま動かなかった。
頭の中を占めているのは姉の顔だ。妖魔が迎えにきたときの、輝くような笑顔。
今までこれ以上奪われないために、何もいらないとうそぶいて決して大事なものを作ろうとしなかった、あの姉の安心しきった眼差し。
あんな顔、初めて見た。
「それが大事なひとなんだ、お姉様」
お父様などと呼んでいたが、まさか気づかずに、妖魔に恋でもしているのか。
目の前で壊してやったらどんな顔をするだろう。ほくそ笑んだプリメラは、踵を返し鼻歌を歌いながら進む。
(お姉様がどんな聖眼を持ってるのかは知らないけど、ボクにかなうわけないしなあ)
未来はわかっている。知らず起動した聖眼が未来を教えてくれる――胸に穴をあけたあの男が瘴気という名前の生命力を垂れ流し、緩やかに絶命するところまで、はっきりと。




