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聖女失格  作者: 永瀬さらさ
本編
36/45

失うのはいつも一瞬

(私は)


 以前なら逃げたいと答えただろう。でも、逃げてはいけないとわかった。

 ならばほしいのは、自分が今持っているものを手放さないと言える、その強さだ。


「あれ?」


 ロゼが声をあげた。そろってシルヴィアとマリアンヌに見られ、おずおずと闇夜と一体化している森をさす。


「な、何か見えた気がして……ちらっと……」

「やめてくださいな、私おばけとか苦手ですのよ!」

「ロ、ロゼもおばけは無理です!」


 ロゼが震え上がる横で、シルヴィアは身を乗り出し、目を凝らす。

 確かに、ちらりと何か見えた。明かり――たいまつだ。聖眼を起動して叫んだ。


「敵襲です! 頭を抱えて伏せて!」

「なっ……!」


 説明ももどかしく、シルヴィアはマリアンヌとロゼを引きよせて床に伏せる。

 頭上がいきなり真昼のように白くなった。白銀のそれは、あたりを真昼に変える輝きで屋敷に直撃する、神聖魔法だ。

 屋敷の門あたりで爆発音と煙があがる。だが、一撃では終わらない。


「まさか、街からもう……!?」

「そんな。ロ、ロゼには何も……」


 つまり、人間に危険はない。ならば狙われているのは。


「早く屋敷の中に入りなさい」


 空から降った声に、シルヴィアは立ちあがった。


「お父様!」

「先手を取られたな。気にすることはない」


 ちらと視線を投げたルルカに、マリアンヌが青ざめる。


「ま、まさか私が、つけられ……」

「攻めるにせよ攻められるにせよ、戦うことには変わらない。まあ、なんとでも――」


 いつもと同じ無表情で応対しようとしたルルカが突然、左胸を押さえた。


「お父様?」


 もう一撃がきた。今度は屋敷の門を通り抜け、中庭にまでくる。それを手のひらを前に突き出して跳ね返したルルカだが、そのまま片膝をついた。急いでシルヴィアは駆けよる。


「お、お父様、どうし」

「心臓ですか」


 塔の下から飛び上がってきたスレヴィが、ルルカを見て目を細めた。

 ルルカは答えない。だが、全員に意味は伝わった。妖魔皇の心臓だ。


「このままでは急所を握られたまま戦うようなものですね。ルルカ様、どのように?」


 あきらかに無理をしているとわかる顔で立ちあがったルルカが、低く言った。


「屋敷ごとどこかへ転送させる。俺は残る」

「お父様!?」


 仰天したシルヴィアのうしろから、塔を駆け上がってきたアークが息を切らして叫ぶ。


「ルルカ様、俺も残ります!」

「だめだ。お前はスレヴィと一緒に皆を守りなさい」

「でも!」

「なんの細工かはわからないが、俺の心臓を使っている。俺が逃げても意味はない」


 ルルカはまっすぐ、敵がいるであろう闇の向こうを見つめて、ゆるがない。


「ここで決着をつけるしかない」

「何がしかけられてるのかわからないのに、危険ですお父様!」


 叫んだシルヴィアに、ルルカは振り向かなかった。


「それでも、仕事だ。……スレヴィ、アーク」

「承知しました。ええ、遠慮なく私は逃げますよ」

「……っロゼ、こっちだ。マリアンヌ様も!」


 アークが戸惑うロゼとマリアンヌの手を引いて、塔の中に入る。

 シルヴィアは動けなかった。動くつもりもなかった。なのに、ふわっと体が浮く。誰の仕業かわかって、叫んだ。


「お父様!」

「いいか。もし俺が戻らなかったら、お前はこの一件から手を引きなさい。ちゃんと自分の人生を歩むんだ。お前が望む人生を」


 両眼を見開いたシルヴィアが手を伸ばしても、空を切るだけだ。それどころか勝手に螺旋階段の中に吸い込まれてしまう。


「大丈夫だ。少し時間はたらなかったが、お前はもうひとりで生きていける。そうなれるように育てた」


 ほんの少し、ルルカが振り向いた気がする。なのにその顔が見られないまま、螺旋階段の鉄扉が閉ざされた。


「おとう……っ」


 ぐにゃりと視界がゆがんだのは、転移のせいか、涙のせいかわからない。

 息を吐き出すように目をあけたそのときには、目の前に鉄扉があった。ほんのついさっきと変わらないはずだ。そう信じて、開く。

 だが、いつだって人生が変わるのは一瞬だ。

 たとえば、あの聖誕の夜、聖眼を授かったように。駆け出した先で、ひとりの妖魔に出会ったときのように。


 ――見たこともない夜の海辺が今、目の前に広がっているように。


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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが気になって何にも手につかないです。
[一言] 一気読みしてしまいました。 続きがすごく気になります。 どこか、壊れた妹。 すごく不気味。
[一言] おとうしゃまー!
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