正義の聖女マリアンヌ様
外壁の曲がり角から、白い衣装の裾を引いて吊り目の美女が歩いてくる。まっすぐな白銀の長髪に白い肌が陶磁器のように硬質そうで、背が高いから妙な威圧感がある。見おろされる形になったロゼがシルヴィアの背中に隠れてしまった。
じろじろとシルヴィアとロゼを眺めてから、美女が顎を持ちあげて口を開く。
「街の子ではなさそうですね。まさか、私の結界に何かしようと?」
「結界……聖女マリアンヌ様?」
「ええ、そうです」
堂々と臆さず頷くこの聖女が、ロゼに続く成績上位者だ。つまり――誰何されるわけにはいかない。
「ああ神様、ありがたきしあわせ!」
突然両手を合わせて叫んだシルヴィアに、マリアンヌが細い眉を動かす。だが、これくらい大袈裟でないと、表情に出にくいシルヴィアでは気持ちが伝わらない。思いきってロゼの肩も抱く。
「私たち、どこかに住んでる姉妹です」
「えっおねえさま……?」
頭の中にある地図を引っ張り出して、近郊の村の方角を指す。それからしょんぼりと両肩をうなだれてみせた。――たぶん、できていると思う。
「外出時、突然瘴気が発生し、私たち、それはもう困りました」
「なんですって。それは本当なのですか!」
眉を吊り上げて詰め寄ったマリアンヌに、シルヴィアはとにかく説明する。
「びっくりして迷子です。そうしたらここにいました。神の導きです」
「まあ……それは怖かったでしょう。わかりました、まずは街で休んでいきなさい。村への連絡はそれからでよいでしょう。見たところ元気そうですが、瘴気の中を歩き回るのはよくありませんからね。ついてらっしゃい」
教師のような口調で言ったマリアンヌはくるりと背を向ける。目で合図すると、呆然としていたロゼはこくこく頷いて、動き出した。
(私の演技もなかなか)
ひそかに満足しながら欲を出して、シルヴィアはその場で靴をはき直す素振りでしゃがむ。そして指先で結界の模様を書き足した。
(瘴気を魔界に逃がす。そうすれば結界はもつ)
あんまり人間には教えたくないんですがねえ、ともったいぶった妖魔直伝のちょっとした記述の書き足しだ。簡単である。
「どうしました」
「いえ、靴に小石が」
マリアンヌに振り向かれ、シルヴィアは立ちあがる。マリアンヌは目を細めたが、結界に異常がないのは見て取れたようで、すぐに背中を向けた。その背中に、シルヴィアは声をかける。
「聖女様は何を?」
「結界の見回りです。あとは瘴気の様子を……あまり濃くはないとはいえ、あなたがたの村にまで広がっているなんて……」
マリアンヌの口調には苦々しいものがまざっている。ロゼがおずおず尋ねた。
「あ、あの。なんでこんなに瘴気が出てるんですか……? 原因とか……」
うまく会話を誘導するロゼもなかなかの役者だ。マリアンヌは前を向いたまま嘆息した。
「わかりません。ただ最上級妖魔が関わっているとなれば……――あーーーー!」
立ち止まったマリアンヌが突然、叫んだ。ぎょっとするシルヴィアとロゼの前で、ぶるぶると震え出す。
「そんな……そんな、なぜ……っお、おのれ聖女シルヴィア!」
「えっ」
つい声をあげてしまったシルヴィアだが、マリアンヌは気づかない様子で頭をかきむしり出す。
「いったいどういうことです!? どうして聖女シルヴィアの点数があがってるんですか!」
「!?」
固まったあと、シルヴィアはこっそり聖眼を起動し、点数を確かめる。
確かにマリアンヌの言う通り、シルヴィアの点数はあがっていた。
(なぜ!? ……まさか、さっきの結界の強化!?)
元はマリアンヌの結界だからと安易に考えていたが、聖眼はちゃんとシルヴィアの行動を評価したらしい。聖眼の緻密さが怖くなってきた。
「どうしてですの! 最近は動きもなく私に畏れをなしたかと思っていたのに、姿を見せないまま点差を広げるなど卑劣な……ッいったいどこの何者なのですか、この女!」
先ほどまでの巫女らしい威厳はどこへやら、マリアンヌが爪を噛む。
「ギルツが不正だと騒いでいるのを馬鹿馬鹿しいと思っていましたが、まさか……いえそれはないわ、ああ神よ、あなたの裁定を疑う愚かな私をお許しください……!」
マリアンヌがいきなりその場に両膝をついて、祈り出す。シルヴィアとロゼが口を挟む間もない。
「あなたを疑うことは自分自身を疑うこと! わかっております、いつも私を導き見守っていてくださっていると……十で神殿に売られた私を見捨てず、聖女にしてくださったその慧眼に間違いなどないと! つまり私は聖女になるべくしてなった才能の持ち主!」
すっと立ちあがったマリアンヌは、胸に手を当ててきっと顔を空に向けた。
「いずれ目に物みせてくれる、聖女シルヴィア! 聖女ロゼも私の頭上にいつまでもいられると思わないことです……! ああ、だめです。成績の確認は取り乱してしまうから、五分に一回だけにしているのですが……やはり十分に一回にすべきですね」
十分に一回もだいぶ多い。
ふうっと額の汗をぬぐうような仕草をして、マリアンヌが突然こちらに向き直った。
「瘴気の原因ははっきりしていません。ですが、脅えることはありません。聖女マリアンヌ、私がいれば世界は救われます。わかりましたね?」
穏やかに笑いかけられ、シルヴィアとロゼは勢いよく首を縦に振った。このひと怖い。
「よかった。ところで、あなた方の名前は?」
「聖女マリアンヌ様に名乗るほどの者ではございませんとも!」
「そ、そうです!」
敬礼する勢いで答えたシルヴィアに、ロゼもこくこくと頷く。まあ、とマリアンヌが嬉しそうに微笑んだ。
「そんなに萎縮することはありませんよ。私はただの聖女です」
「む、むしろ名前をつけてほしいくらいです!」
ロゼの提案に内心でシルヴィアは拍手した。まばたいたマリアンヌが咳払いをする。
「せ、洗礼名ということかしら……? 確かに、これだけの瘴気の中ではどこに妖魔が潜んでいてもおかしくない。名前を告げると取り憑かれやすくなりますからね。瘴気の中を歩いてきたことを考えると、別の名を呼ぶほうがいいかもしれません」
「お願いします!」
「ぜひ!」
シルヴィアとロゼという名前を出したら最後、どうなるかわからない。そろって頭をさげるシルヴィアとロゼに、マリアンヌが考えこんだときだった。
「聖女マリアンヌ様、こちらでしたか!」
槍を片手に持った兵が外壁の角を曲がって走ってくる。
門番だろうか。一瞬シルヴィアは誰何されることを警戒したが、焦っているのか門番の目には入っていないようだった。マリアンヌが目を細めて応じる。
「なんです、騒々しい」
「至急おいでください、街中に瘴気が発生しました!」
マリアンヌが弾かれたように顔をあげた。
「まさか、街中……あの公園の穴ですか!?」
「そ、そうです。穴から瘴気が出て、何人か倒れて、妖魔も出ています!」
「すぐ案内を!」
門番を置いてマリアンヌが先に駆け出す。門番も慌ててそれについていった。ふたりとも、もう迷子の少女のことは目に入っていない様子だ。
「今のところ、ロゼには何も視えないです」
ロゼが耳打ちした。ひとまずは安全ということだ。
「なら、何が中で起こってるのか確かめます」
聖女マリアンヌの結界はきちんと今も作用している。ということは、結界の中で何かがあったのだ。
しかも妖魔が出たのなら、相当濃い瘴気が溢れたということになる。
「ルルカ様の術で領主はもうロゼのことを覚えてませんが、目立たないように」
「は、はい」
外套のフードをかぶりなおし、シルヴィアとロゼは一緒に駆け出した。
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目標にしていた聖女キャラが全員出てくるところまで更新できたので、明日からは毎日朝7:00の定期更新に切り替えようかと思って…いたんですが…ひょっとして明日も世間一般的にはお盆休みですかね……!?雰囲気的にお休みの方が多そうならまた明日もちょこちょこ更新したいと思います。と言いつつ、無理だったらすみません…!
それでは引き続きシルヴィアたちを応援して頂けたら嬉しいです。




