聖女の誇り
検問はあっさりくぐり抜けられた。
「外には出るんじゃない! 今。聖女マリアンヌ――デルフォイ聖爵家が対処にあたっているんだ! 各自、家に帰った帰った、ほら君たちも中に!」
そう言って門番がシルヴィアとロゼを街中へと押しこんだのである。街中で妖魔が出たらしいが外も瘴気で囲まれていると、どこへ逃げればいいのかわからない人々が門の近くに集まったおかげだ。いちいちしっかり身元を確認していられないのだろう。
だが街中で瘴気や妖魔が出たわりには混乱は大きくないようで、ロゼの聖眼に引っかからないことも納得できた。
「何人か瘴気でやられたらしいけど……妖魔に取り憑かれたりしてないよな?」
「本当に大丈夫なのかね、結界とか言ってるみたいだが」
「泣かない泣かない。聖女マリアンヌ様が浄化してくださるからね」
「他にも聖女っていないの? 領主様はベルニア聖爵と縁があるんだから、そこから派遣してもらえばいいのに」
「こないだといい、最近、この街おかしくないか……?」
人々の声を聞きながら、その間を縫って歩く。瘴気が発生した場所も、人の流れと逆に行けば辿り着くだろう。
門からだいぶ遠ざかったところで、シルヴィアはロゼに小さく言った。
「この街はあなたのほうが詳しいです。街を見渡せる高い所で、何が視えるか確認を」
「ロ、ロゼが、ひとりでですか」
「はい。そのあと街から出て帰るか留まるかを決めましょう。混乱がおさまると検問が再開するので判断は早めにしたほうがいい。私は瘴気が出た場所の情報を集めます」
ここから先は封鎖します、近づかないで、という声が聞こえるほうへシルヴィアは視線を投げる。ロゼはごくりと唾を飲んで頷いた。
「がん、頑張ります。時計塔なら、たぶん、街が見えるので……」
「お願いします。魔力の配分に注意して」
肝心なときに聖眼を使う魔力が枯渇していては論外だ。
はいという返事と一緒にロゼは緊張した面持ちで、だがしっかりと歩き出した。
見送ってから、シルヴィアは直近の危険へと向かう。ここから先は封鎖します、という声の方角だ。
逃げる人達とは真逆の野次馬が集まっているのか、結構な人だかりになっていた。ロープを持ってその場を封鎖しようとしているのは、領主から派遣された兵だろう。大人の間をすり抜けてうまく最前線に出ると、見覚えがある場所に出た。
ルルカが襲われた公園の広場だ。どうもそこが瘴気の発生場所だったらしい。
あのとき妖魔の攻撃は地下からだった。瘴気として澱みが残っていたのかもしれない。
広場の日光がよく当たる開けた場所で、何人かが等間隔で地面に寝転がされていた。ぴくりとも動かない者、うなされている者、様々だがあれが瘴気にやられた人々だろう。皆、顔色は悪いが死人は出ていないらしい。日光を浴びさせているのは妖魔に取り憑かれるのを防ぐためだろう。
「私の結界にケチをつけるおつもりですか!?」
甲高い声に、シルヴィアは目を向ける。マリアンヌだ。その目の前には、愛想笑いを浮かべているニカノル領主のマイルがいる。
「そういうわけではないのですがね。まあ、落ち着いて」
「落ち着いていられるわけがないでしょう! 私の結界は完璧です。街の外は瘴気から守られているではありませんか」
「ですが、マリアンヌ様が『妖魔の出た穴』に張った結界から瘴気が噴き出たわけで……そうなると街のほうも大丈夫なのかと不安になるのは、ご理解いただけるかと」
「何者かが故意に壊したのでしょう! 妖魔が入りこんでいるのです!」
高らかに告げたマリアンヌに周囲がざわめく。可能性としてはある。だが、言い方がまずいとシルヴィアは眉をひそめた。なかなか不器用な聖女様らしい。
案の定、マイルが険しい顔になった。
「マリアンヌ様、軽率に仰るものではありません。住民が不安がります」
「きちんと目の前の危険を目視しないほうが危険です。この街は一度、妖魔の侵入を許しているのです。私に責任を押しつける前に、領主としてなすべきことなさい」
「ほう!」
わざとらしい大声を出してからマイルが鼻で笑った。
「ではその怪しい人間とやらを教えて頂きたいものですな、聖女として! そうすれば私も自分の責任を認めますよ。ですがあなた方には無理でしょう、妖魔を見抜くなど」
「何がおっしゃりたいのです?」
「そもそも緊急課題であなた方は自分たちが妖魔を倒したと仰られた。だが、蓋を開けてみれば、配点はシルヴィアとロゼという見知らぬふたりの聖女にある。あなた方はきちんと妖魔を見極めていなかったのです! これでは不安になっても当然でしょう」
そこは反論できないのか、マリアンヌが拳をぐっと握る。マイルは鼻を鳴らした。
「しかも、こんなときに皇帝候補のギルツ様は聖殿に直訴のため不在。聖女と皇帝候補が協力して課題に当たるべきなのに、できていない。このていたらくで、聖女マリアンヌ様に協力しろと言われてもね。どこまで信じていいやら」
ざわざわと街の住民が聞き耳を立てている。領主の言葉だ。聖女に対する不安と不信が、波紋のように広がっていくのが肌でわかった。
それを切り裂くように、マリアンヌが声をあげた。
「それでも私が聖女であることに変わりはありません!」
マリアンヌは肩で息をしながら背中を向ける。
「邪魔をするなら去りなさい。私は今から瘴気で倒れた方達を浄化します、ひとりずつ」
「ひとりずつ!」
大袈裟に叫んで、マイルがやれやれと首を横に振る。
「ぱあっと一気にやれないものですかね、聖女プリメラのように。何時間かかるのやら」
「何時間でもです。今、ここには私しかいないのだから」
マイルは苦々しい顔をしたが、一応、黙った。
(瘴気を浴びた人間の浄化……難しいはず)
瘴気に倒れた人々の元へとマリアンヌは足を運ぶ。それを小馬鹿にしたような目でマイルは見送ってから、こちらにやってきた。
念のためシルヴィアは人の影に隠れる。その前を護衛をつれたマイルが横切っていく。
「医者だけは呼んでやれ。瘴気を浄化したあと治療が必要だろう。だが、迎えのほうが優先だ。準備はどうなっている?」
「はっ滞りなく。ですがよろしいのですか。今回の件、配点がデルフォイ聖爵側に取られてしまうのでは……しかもあの穴、妖魔まで出てくるなんて、想定外でした」
結界を壊した人間がいる、というマリアンヌの主張は間違っていなかったらしい。
ふん、とマイルが鼻を鳴らす。
「確かに想定外だったが、かまわん。あの聖女はもうデルフォイ聖爵から切られている」
どういう意味だろう。だが、マイルは乱暴な足取りでそのまま遠ざかってしまった。
シルヴィアはマリアンヌを振り返った。瘴気に苦しむ男の横で両膝をつき、両手をかざしている。結界を張ったのと同じ要領で、瘴気を吸い上げて自分の中に取りこみ、浄化しているのだ。瘴気を吸えるという意味で、自分と同じ体質だ。だが、魔力に変換できるシルヴィアと、浄化しなければならないマリアンヌでは危険度がまったく違う。
(最初から毒を飲んでいるようなもの)
領主の命令どおり、兵が封鎖を解き始めた。だが、マリアンヌを手伝おうとする様子はない。瘴気にやられた者達の家族が寄ってきているくらいだ。
領主マイルはベルニア聖爵側、対する聖女マリアンヌはデルフォイ聖爵側。その対立の間にはさまるような真似はさけたい。
それに、また何かやって変に加点されてはたまらない。
「おねえさま」
兵がいなくなり始めた頃に戻ってきたロゼに、シルヴィアは振り向く。
「どうでしたか?」
「い、今のところは何にも視えない、です。ただ、明日にベルニア聖爵家から聖女がくるって聞いて……」
領主のお迎えはそれか。デルフォイ聖爵陣営に課題を投げるのかと思ったが、領主が頼み込んだか、面子を守るためか。
いずれにせよ、ベルニア聖爵側が誰を用意したのか確認は必要だ。
「今日戻ったとしても、明日、もう一度出直すことになりますね」
もうひとつ、気になるのはマリアンヌだ。シルヴィアはひとり奮闘しているマリアンヌを見る。同じものを見たロゼが小さく尋ねた。
「な、何かお手伝いしなくて大丈夫でしょうか……? あ、危険はないんですけど……」
ということは、どれだけ時間がかかろうが、マリアンヌの浄化はうまくいく。マリアンヌ本人にも危険はない。だが、つらくないわけではないだろう。
「……本人に聞きます」
一人目の浄化が終わったらしく、マリアンヌは二人目に取りかかっている。人数はざっと見た限り二十人ほどいる。今から全員を浄化しようとすれば、夜までかかるだろう。
水や食事を運ぶくらいなら、手伝ってもいい。配点されても低いだろう。
ちょうどひともまばらになってきた。歩き出したシルヴィアのうしろに、ロゼも続く。
「マリアンヌ様――」
「ふ……ふふ、これでまた点差は縮まりましたわ、シルヴィアにロゼ……!」
シルヴィアもロゼをその場で足を止めた。ふたりが背後にいることに気づかず、浄化を続けながらマリアンヌはあやしい笑みを浮かべている。
「ひとり浄化しても大した点ではない……ですが、塵も積もればなんとやら! 私が一位になる日も近い……! 何もできず指をくわえて眺めているがいいわ! じりじり縮まる点差に震えながらね……!」
その場からそのまま三歩あとずさって、シルヴィアはつぶやく。
「帰りましょう」
「……そうですね」




