二つ目の課題
聖眼がいちいち何でも知らせてくれるのは、最初だけだったらしい。
「定期的に自分で確認しないといけないみたいです。順位、少し変わってました」
「本当ですか」
やっと街に出ていいと許しがおりて、今回も魔界からお越し頂いた妖魔馬の馬車に乗りこんだところだ。シルヴィアは向かいの席に乗っているロゼのほうに身を乗り出す。シルヴィアの食いつきに驚いたのか、ロゼは慌てて付け足した。
「あ、あの大丈夫です、おねえさまがぶっちぎりの一位なのは変わらないので……!」
「……そこは変わってないですか……」
「はい!」
元気いっぱいに返されて、遠い目になった。ロゼは気づかず、にこにこしている。
「ロゼ、皇帝選のことお勉強しておねえさまの今の点数が、本当にすごいんだってわかりました! ロゼは皇帝選のこと、全然知らなかったから……アークと護身術も一緒に教えてもらったり、スレヴィさんには本当に感謝してます」
頭脳派じゃなかったのか、あの妖魔。
「あと、文字の読み書きとかも。少しあやふやだったので、勉強できて嬉しいです」
ふと気になった。シルヴィアもロゼも読み書きがあやうかった。それなのに、聖眼からきた情報は最初から読めた。
(……神の言葉なら誰にでも届く、か)
便利なことだ。そう思いながら聖眼で一応、変動したという順位を確認する。
確かに二位のロゼに迫る形で、ひとり順位をあげている聖女の名前があった。
「聖女マリアンヌ……」
「え、ええと、ロゼ、調べました。新聞で」
そう言ってロゼが肩からさげたポシェットの中から小さなメモ帳を取り出す。
「デ、デルフォイ聖爵家?の、分家の、ええと……神殿の巫女さんだったそうです。今、街の周りに瘴気を弾く結界を張っているのはこのひとです」
「結界を用意しただけで、こんなに点数が?」
「街に何度か瘴気が迫ったみたいで、そのたびに加点されたんだと思います」
初耳の情報にシルヴィアは嘆息した。
「私が特訓している間に色々あったんですね」
「お、おねえさま、この一ヶ月、完全に外界と遮断されてましたからね……」
自分の目から光が消えるのがわかった。
目を閉じるとまぶたの裏に浮かぶのは、思い出したくもない日々だ。
朝は地獄の魔術や呪いに関する授業。昼は魔界からお越し頂いた元気な妖魔熊との追いかけっこから、ルルカから直接の稽古。
果たして自分がどんな存在になってしまったのか、想像したくない。
「今は訓練の話より、近況が聞きたいです」
「わ、わかりました! とは言っても、大きくはさっきの、マリアンヌ様の結界が瘴気から街を守ってる、くらいです」
「……。現在進行形ですか?」
「は、はい」
頷いたロゼに、シルヴィアは考えこんだ。
「それは街に行けば瘴気がある、ということで……危険なのでは?」
「だ、大丈夫です! ロゼは、スレヴィさんから護符をいただきました!」
「私はもらってませんが」
「え、おねさまは大丈夫だからでは……」
無表情でシルヴィアは口を閉ざした。確かに自分の体質なら瘴気には強い。だがいくらなんでも、結界で弾かねばならないほどの瘴気は想定外ではないのか。
(私の体は今、いったいどうなって……)
今すぐ馬車から飛び降りてやりたい。だが妖魔馬が引く馬車から飛び降りられるのも普通ではない気がして、その気も失せた。
「……とりあえず、今日は状況確認を安全第一で」
「は、はい。アークに無理はするなって言われてますし、ルルカ様も心配しますもんね」
「心配……」
眉根がよった。何かしら失敗して帰ったら再度の特訓が待っているのはわかるが、果たしてそれは心配なのだろうか。シルヴィアを鍛えて遊んでいるだけの気もする。
既に道を開拓したからか、妖魔馬車の道程は最初よりも快適だった。だがニカノルの街の外壁が見えたあたりで瘴気らしきものがうっすら立ちこめ始める。
「ロゼ、このあたりは安全?」
「は、はい。今は特に何も視えません」
ロゼの聖眼は危険を察知するが、いくつか制限がある。まず、対象は人間のみで妖魔の危険は察知しない。そして、ロゼの視界に入っていなければならない。さらに、怪我や生命の危機などの被害が出なければ『危険』とみなさない。つまり、人間の被害者が出ない未来をロゼは視ることができない。
他にも、時間的な制限があるのがわかっている。危険度と比例するのか、大きな危険ではない限り、直近のことしかわからないようだ。
逆に今、ロゼが何も視えないということは、直近での危険はない。
「では、このあたりでおります。妖魔馬車を見られたら面倒です」
「そ、そうですね。街の検問、けっこう厳しくなってるみたいですし」
「課題の対象が『最上級妖魔』なら当然です」
だが、自分たちの身元を明かすのも危険だ。シルヴィアとロゼは、現段階で皇帝選の成績上位者である。ばれたら、他の候補者たちから袋だたきにされる危険が増す。
どうにか誰何されず街に入りこんで、情報を集めるしかない。
妖魔馬車をおりたシルヴィアの足元に、薄い煙のような靄がまとわりついた。ちょうど足首までの高さくらいだろうか。うっすら灰色に見える瘴気だ。
視認できる瘴気は、それなりの濃さがある。人体にすぐ影響が出るわけではないが、ロゼに護符があってよかった――自分がないのは納得していないが。
まずは検問をしている正面をさけ、周囲を一周するため外壁に近づいたときだった。
足の裏にぴりっと痛みを感じて、シルヴィアは咄嗟にその場からあとずさる。同じものに気づいたのか、ロゼも足を止めた。だが目で問いかけたシルヴィアには、首を横に振る。危険なものではないらしい。
しかし、小石などの障害物ではない何かを踏んだのは確かだ。
「な、なんでしょう」
「……結界」
しゃがんで足元を見たシルヴィアは、草の間からうっすら浮かび上がって見える模様を見て答える。同じものを見ていたロゼが、振り向いて言った。
「お、おねえさま。あそこにもあります」
ロゼが指さした先にも、同じ魔術の術式が光っている。等間隔に外壁の周囲に配置されているらしい。目をこらすと、魔術をつなぐように薄い膜ができており、押し寄せる瘴気を吸い込んでいた。
「街を瘴気から守ってる……でもこの結界の術式、問題があります」
「え、わ、わかるんですかおねえさま、結界とか、術式とか、魔術……」
「……訓練で少し。魔術も使えたほうがいいと言われたので」
早速役に立ったが複雑だ。本当に自分は何をどこまで教え込まれているのだろう。
今は考えないようにして、シルヴィアはしゃがみ込む。
模様の中心には穴のようなものがあり、そこに瘴気が流れ込んでいた。瘴気の浄化もしているらしい。きっちり教本通りの術式で描かれた、完璧な瘴気対策の結界である。この結界を張った聖女マリアンヌに高い配点がなされたのも納得できた。
だが、この結界には難点がある。吸い込み続けた瘴気が浄化の許容量をこえた場合だ。
「この瘴気の量と濃さでは浄化がいずれ追いつかなくなる……そうしたら、今まで吸い込んだ瘴気が結界内に逆流します」
だからあえて結界を破らず瘴気を吸わせ続けて魔界っぽい領域を作らせたりします、人間って親切ですよねと嬉しそうに語っていたスレヴィの顔を思い出す。
「結界が間に合わないなんて……やっぱりルルカ様の心臓が関係あるんでしょうか」
「でも、世界を滅ぼすにしては薄すぎます。聖女の封印が持続しているのか、まだ遠くにあるのか……」
「あなたがた、何者ですか」
背後からの高めの声に、振り向いた。




