心配性なお父様と再訓練
アークは丸二日眠り続け、起き上がれるようになったとスレヴィが報告しにきたときは三日はたっていた。
「話は大体、妖魔から聞きました。領主から俺達を引き取ってくださったことも」
まだ無理はできないということで、寝台の上で身を起こしたアークがはきはき喋る。
アークに宛がわれているのは屋敷の主棟とは違う、離れにある部屋だ。広くはないが、寝台に机、暖炉や洗顔場までひととおりそろっている。庭がよくみえる離れの客室といったところだろうか。同じような造りの向かいの部屋をロゼが使っているらしい。すまし顔で扉の前に立っているスレヴィの配慮だろう。
「皇帝選の順位のことも聞きました。俺は皇帝選には興味はないけど、それじゃすまないっていうのはわかります。いくらロゼが危険を教えてくれても、対処する力がなければどうしようもない。だから、妖魔だろうとなんだろうとお世話になりたいです。人間ならいいってわけじゃないのは、身にしみてるし」
苦笑いを浮かべるアークは、理知的な少年なのだろう。
アークが自分の右肩を見る。そこにはぼんやりだが、黒い靄の塊が見えた。取り憑いている妖魔だろう。
「取り憑いた妖魔とも意外と仲良くやっていけると思います。面白い奴ですよ。ちょっと馬鹿っぽいけど、俺の話聞いてくれるし。不便だから名前つけようかって。な」
「調子ニノルナ、オ前ノ中ガ安全ッテダケダヨ」
そう言って妖魔はふっと消えてしまった。だがアークはなんでもない顔をしているので、うまくやっているのだろう。
「もちろん、何かできることがあればやります」
かたわらに座って看病をしているロゼも同意見だとばかりに、こくこくと頷く。
シルヴィアと一緒にふたりの話を聞いていたルルカが、静かに頷き返した。
「そう言ってくれると助かる。ではスレヴィ」
「また私ですか。姫様に加えて三人、人間のガキの面倒をみろと……」
「体調がもう少しよくなったら、妖魔の使い方を教えてやれ」
スレヴィが嘆息で肯定を返す。あの、とロゼが声をあげた。
「ロ、ロゼは何をしたら、いいですか。アークの看病は、スレヴィさんが上手で……」
「そうだな。アークは妖魔を使いこなせるようになってからでないと動けない。だからシルヴィアと一緒に皇帝選の課題にあたってもらいたい。もう聖誕の夜から百日目だ。本格的に皇帝選の課題が出始める」
「は、はい。おねえさまと一緒なら、頑張れます!」
そうか、と応じたあとルルカがそっとシルヴィアにだけ聞こえる声でつぶやいた。
「なつかれたな」
「……嫌みですか」
「嫌み?」
ロゼにきょとんと聞き返されて、シルヴィアはごほんと咳払いをする。ロゼの瞳はまっすぐ純粋で、罪悪感が煽られる。
「ところで、どうして妖魔皇が皇帝選に出るのか聞いてもいいですか」
まずそこを確認するアークは、やはり頭の切れる少年なのだろう。シルヴィアは横目でルルカを見あげる。ルルカは冷静に応じた。
「妖魔皇の心臓が盗まれた。それを取り戻すためだ。盗まれた時期的に、皇帝選が目的だろうからな」
「――そ、それって大変なことですよね。本当に、世界が滅ぶ方向の」
「そうだな。そもそも皇帝選自体、世界が滅ぶのを回避するものだが」
あっさりルルカは肯定したが、アークは難しい顔で考えこむ。だが、ロゼが不安そうに皆を見回しているのを見ると、笑顔を浮かべた。
「正直、皇帝選で世界滅亡を回避するという話自体、あまりに夢物語で眉唾に思ってたんですが……あなたがそう言うなら、信じます」
「嬉しいことを言ってくれる」
「俺の中の妖魔が、あなたを妖魔皇だと言ってますしね。ただ、怖がってますが」
「おかしなことだ。俺は慈悲深い妖魔皇で有名なのだが」
よく言う、と思ったら両目が痛んだ。聖眼だ。ロゼも痛むのか、片眼を手で覆って、眉をひそめている。ふたりの様子に気づいたルルカが問いかけた。
「どうした」
「……皇帝選の課題です。いくつか出たようで」
答えながら、課題が出るたびにいちいち聖眼が痛むのかと嘆息する。
とりあえず両目を伏せて情報を視たシルヴィアは、思わずすぐに目を開き、隣のルルカを見てしまった。ルルカと視線がかち合う。
「どんな課題が出た?」
「色々です。……妖魔皇の心臓がらみなら、瘴気や妖魔関連の課題ですか」
「だろうな。移動するよりこの地方での課題をこなしたいが」
「……一応、同じ街で、瘴気を祓うものがありますが」
曖昧に答えながらロゼをちらと見ると、ロゼも困った顔をしている。先に気づいたのはアークだった。
「他にも何か?」
誤魔化すのは難しいだろう。諦めて、シルヴィアは答える。
「ニカノルの街の『最上級妖魔の瘴気を祓う』課題が出てます」
ぱちりとルルカがまばたく。
そのまま妙な沈黙が広がった。疑われていることを察したらしいルルカが口を開く。
「……俺は何もしないぞ?」
「今はそうでも、未来の話ですからね」
「スレヴィ。お前は誰の味方だ」
「私の味方です。今、地上にいる最上級妖魔は、あなたしかいませんし。――ですが残念ながら、妖魔皇の心臓が原因でしょうね」
ルルカがほんのわずかに眉を動かし、嘆息した。
「なら好都合だな。早速、もう一度街へ行くか」
やっぱりそうなるのか。諦め半分にシルヴィアは考える。
(こうなったら心臓をさっさと探し出して、解放されるしかない)
大切なのは今後を見据えての早期解決。となると、妖魔皇の娘として扱われていたことなど絶対に知られてはならないし、ルルカを表に立たせることは賢くない。もちろん課題を自分でこなすことなど論外。うまく立ち回らねばならない。
だから深呼吸をして背筋を伸ばした。
「いえ、お父様はここに。課題の標的であると誤解されては面倒なので」
異論を出すシルヴィアを、ルルカは細目で見つめる。責めるような視線だ。それをシルヴィアは黙殺して、もっともらしく続けた。
「まずは情報収集に私とロゼが向かいます。ロゼがいれば、危険は避けられます。妖魔皇の心臓の在処や状態がわかってから動くほうが効率的かと」
「……。それだけか?」
「他に何かありますか?」
「……わかった。だが」
一瞬喜びかけたシルヴィアに、釘を刺すようにルルカが視線を投げる。
「俺が出てもいいと判断できるまで、お前には特訓を受けてもらう。瘴気についての勉強やその他諸々」
「……。なぜ」
「決まっている」
堂々とした口調で、まっすぐルルカは言った。
「お前のことが心配でたまらないからだ」




