そして娘はトップに立つ
「なぜ?」
「大した能力ではありません」
本音を言えば、シルヴィアは少しがっかりした。同時に、これでルルカが見捨ててくれるかもと思ったのだが、この一件についても既に昼間に結論が出ている。
「もっと面白い聖眼を持ちたかったのか?」
「どうせなら。ありとあらゆる未来が視えるような」
「昼間も言っただろう。視えても選べなければ、ただの地獄だ」
まばたいたシルヴィアの胸に言葉が沁みていく。未来がわかっていても何もできず、その結末に進まなければならない――ならいっそ未来などわからないほうがいいだろう。
「お前には未来を選ぶ知恵も度胸もある。聖眼はその補助輪だ」
「でも、とんでもなく便利な聖眼の持ち主が現れたら手のひらを返すのでは?」
「疑り深いな」
「そういうふうに育ちました」
嫌みでもなんでもない、事実だ。ルルカがいたずらっぽく問いかけた。
「お前の優秀さを、他でもない聖眼が認めているのにか?」
怪訝に思ってシルヴィアは視線をルルカに戻す。ルルカはおかしそうに笑った。
「その様子だと気づいていないな。そんなに妖魔熊のことがショックだったか」
黙ってにらむと、ルルカは内緒話をするように声を潜めた。
「皇帝選の成績は、聖眼で確認できると聞いたが」
「は、配点なら見ました。妖魔熊が……突っこんでいったときに……」
「順位は?」
まばたいたシルヴィアは、黙って頭の中に送りこまれているだろう成績表を視る。景色と二重に視るよりは頭の中で描いたほうが見やすい。
自分の配点だけではない、順位――と思うだけでぱっと一覧が頭の中に浮かんだ。配点は聖女につくので、ルルカではなく自分の名前をさがす。
そして立ちあがって叫んだ。
「い、い、い、一位!? 私が!?」
しかも、ひとつの課題につき大体これくらいが平均点、と言われている配点の三倍くらいの点数がついていることに、今になって気づいた。
さらに、二位はロゼ。他は全員一桁の配点で横並びだ。緊急課題はシルヴィアとロゼのふたりが解決したという評価なのだろう。配点のほとんどをシルヴィアとロゼがかっさらった形で、しかもシルヴィアはロゼとも二倍近い点差がついている。
要はシルヴィアがぶっちぎりの一位だ。
「街にいた聖女が騒いでいたぞ。シルヴィアという聖女は誰だ、どこの陣営だと」
「な、ななな、な……なぜ」
「街も人も犠牲を出さず、妖魔を処理できた。だからだろう」
「……でも、妖魔熊は……」
妖魔熊は自ら突っこんでいったのだ。倒したわけではない。そのことを思い出すと、この評価はおかしい――いや、こんな配点はいらないとさえ思う。
「それなんだが」
ルルカが立ちあがり、テラスへ出た。手招きされて、シルヴィアもテラスへ出る。そしてルルカが指さす先に、絶句した。
大きな木の根元で、すやすや眠っているのは大型の熊だ。丸くなって眠っているようでなかなか可愛い。
「……。生きて、ますね」
半眼で確認すると、ルルカが頷いた。
「あんな程度の爆発で死ぬような柔な妖魔を、お前の相手になど選ばない」
「……私は毎日、何と訓練を?」
「魔界からお越しの熊さんだ」
「……。でも、この点数はなんの……?」
首をかしげるシルヴィアに、ルルカが手すりに背を預けて言った。
「妖魔に憑かれたアークも救ったからだろう」
「妖魔を倒したわけではないのに?」
「妖魔を倒すと少年を犠牲にすることになる。お前はそれをふせいだ上、共存という提案で妖魔を無害化させた。人間に協力的な妖魔は無害と判定される。お前は一番難易度の高い方法で、課題を解決した。どういう目的でそうしたかはともかく」
やましいところを指摘されて、すっとシルヴィアは視線をそらす。と同時に、はっとした。
「私が一位。……つまり今後、狙われるのでは……?」
「それは、そうなるだろうな。ベルニア聖爵家が気づいてもおかしくない」
最悪だ。手すりに両手をついて、シルヴィアは唸る。
「……身代わりを立てるとか、できませんか」
「聖眼に身代わりは通じないだろう。現時点でお前が一位だという評価はどうあっても変わらない」
この世を呪うような長い溜め息が出た。
(……目立たず順位を徐々に落として、戦線離脱するしか……!)
絶対に写真など撮られて新聞に載るわけにはいかない。ベルニア聖爵家とも妖魔皇とも関係ない娘として、しばらく引きこもっていたらなんとかならないだろうか。
真剣に考えていたら、諸悪の根源がしゃがんだシルヴィアを覗きこんだ。
「かなりの高得点らしいな。街で大騒ぎだった」
「……い、一時的なものです。まだ序盤、課題がもっと出れば、そんなには……」
「それでもこの瞬間、お前がいちばんの聖女だ。自分の聖眼が大したことがないから、などと謙遜する必要は一切ない」
ほめられるほど顔がゆがむのがわかった。勘弁してほしい。
「あともうひとつ。父親から娘に大事なことを教えておきたい」
「……なんですか」
「俺は、逃げられると余計に追いかけたくなる性分だ」
は、と吐息だけ吐き出す。夜空みたいな美貌を持った男が真顔で言った。
「心配性なところもあってな。スレヴィは粘着体質だと言っているが」
そんな情報、知りたくなかった。
「だから俺に他の聖女をあてがって、自分は逃げてしまおう――というのは悪手だ。俺は逃げ出そうとお前が何をするのか楽しみでしかたないし、逃げ出したとしてもその先でどうなるのか、心配でしかたない」
「……最悪……」
「何か言ったか?」
あきらかに聞こえていただろうに聞き返してくる。
「暫定であれ皇帝選を勝ち抜く最有力候補になったお前だ。これから大変だぞ」
「……楽しそうですね」
「自分の娘が優秀だと証明されれば、嬉しいものだ。スレヴィもああ見えて喜んでいるぞ。妖魔熊もご満悦だ」
うさんくさい。だが、いつも両親はプリメラについて誇らしげに語っていた。それと同じだろうか、と思うと不思議になった。妖魔ばかりだというのが、どうかと思うが。
「お前にはまだ保護者が必要だ」
「それは、わかっています。お父様に……」
守ってもらっていることも、育ててもらっていることも。
「だといいが」
言葉にはできなかったシルヴィアの頭にぽんと軽く大きな手を置き、ルルカがテラスから部屋へと向かう。
頭をなでてもらったのは初めてだ。
意外に不快ではないことに戸惑いつつ、シルヴィアも部屋に戻り、テラスの戸を閉じた。




