娘の教育方針
日が傾く時間には、まだ少しある。夜は、妖魔の力が強くなる時間だ。
尖塔のてっぺんにまっすぐ立ち、ルルカは街門をくぐり抜けた豪奢な馬車に目を細める。
誰何せずとも、家紋で所属はわかる。デルフォイ聖爵家だ。馬車の中から出てきたのは、薄いヴェールをかぶって顔を隠した、いかにも聖女という女性がひとり。続いて、騎士のように従う体格のいい男性がひとり。デルフォイ陣営の聖女と皇帝候補だろう。
(もう送りこんでくるとは。動きが早い)
そのままどこかの宿にでも向かうのかと思いきや、聖女と騎士の皇帝候補は二手に分かれる。聖女のほうは何やらてきぱきと指示を出し始め、騎士のほうは馬車とは違う新しい馬にまたがり、騎士団らしき兵たちと一緒に街門へと逆戻りをした。そのまま、森に向かって馬を走らせていく。
聖女は街を守り、騎士は森で妖魔に取り憑かれたという少年を仕留める作戦だろう。高得点を得るための、お手本のような行動だ。
成績と順位は聖眼を通じて聖女にのみ知らされ、詳細もわからない。だが、緊急課題は配点が高いだとか、難易度の低い課題は配点も低いだとか、傾向らしきものはわかっている。
とにかく被害を出さず、妖魔を倒す、あるいは瘴気の原因を排除する。これが高得点だ。ただし、解決にあたる聖女の数で按分されていく。課題が解決できなかった場合も配点はあるらしいので、中間点もあることがわかっている。
どれだけの人数を投入し、どこまで協力し合い、どの程度貢献するか。各陣営の考え方がわかれるところだ。
「さて、俺の姫はどこへいったのだか。妖魔熊にさがさせているが……」
ざっと街を眺め終えて、ルルカは息を吐き出す。
妖魔は器がなければ、地上では瘴気と変わらない。だが動物なり人間なり、何かに取り憑くと力を増す。今こちらに気配も殺さず向かっている妖魔人間は、中級あたりだろう。まだ取り憑いたばかりなのか、魔力もだだ漏れ、生来の力とはほど遠そうだ。
それでも人間にとって、緊急課題になる程度には脅威だ。その気になればこんな街を吹き飛ばす程度の力はある。
しかし、妖魔に取り憑かれた少年は人間だ。殺せば減点。倒せば加点。犠牲を出さずに解決するのは、ほぼ不可能である。
だがなんの犠牲も出さず解決できれば、その聖女は一気に成績上位者に躍り出る。もし、シルヴィアがそうなれば――絶対に嫌がるだろう。
(素晴らしいな)
胸がときめいた。
娘を自慢できるうえ、可愛い娘の嫌がる顔が見られる。一石二鳥だ。
シルヴィアは感情を押し殺しがちだ。あまり単純に喜ばず、常に警戒している。そんなシルヴィアが打てば響くように反応するのが、怒ったときである。だからルルカはシルヴィアを怒らせるのが楽しい。
決めた。絶対に街に被害は出さない。そして最強の聖女にしてやろう。それこそ彼女を馬鹿にしていたベルニア聖爵家が平伏すくらいに。
断じて、決して、初恋を気持ち悪いと言われた仕返しではない。
「父は娘が可愛いものだからな」
ひとりごちると、少し離れた森の出口あたりで煙があがった。




