おねえさまと課題開始
大丈夫だと思うと言い出したのは、ロゼが先だった。街の端、古い井戸のそばでシルヴィアは足を止める。息を切らしたロゼが、付け足した。
「危ない感じ、しない、から」
「ならいいですが」
シルヴィアは井戸の縁に座る。ロゼも肩で息をしながら、その横に座った。
「す、すごい、ね。い、息、全然、切れてない……」
「……鍛えてますので」
やはりこの体力はおかしいのだろうか。でも、ロゼは小柄で、いかにも体力がなさそうだ。判断がつかない。
「そ、そっかあ。ロ、ロゼも鍛えたら、強く、なれるかなあ……」
力なく笑ったロゼが、小さな唇を噛んでうつむく。改めて見ると、着ているものも履いているものも上等だ。だがおどおどした態度と衣装の上質さがちぐはぐだった。
シルヴィアは背負っていた鞄から、水筒を取り出す。ひとくち飲んでから、ロゼにも差し出した。
「あ、あり、がとう……」
「事情を話してもらっても?」
「う、うん。ロゼは、ここから少し離れた村に生まれて、育ったんだけど……せ、聖誕の夜に聖痕が、出たの。目の中に……」
「家族に聖家の関係者がいたんですか」
ぶるぶるとロゼが首を横に振る。
「わ、わからない。ひいおばあさんが貴族で、駆け落ちしたとかは、聞いたけど……」
そのひいおばあさんとやらが、聖女の血を引いていたのだろう。どの貴族も聖女を確保しようと躍起になっているそばで、平民出身の聖女が現れるのは、珍しくない。
「まさか聖女の家系なんて、誰も思ってなかったから……ましてロゼに聖痕が出るなんて……」
「私と同じです」
ロゼは驚いたように顔をあげ、それからはにかむようにうつむいた。
「び、びっくりはしたけど……誓約しないと聖眼は使えないから、大丈夫かなって」
「なら、誰かがあなたを聖女にしようとしたんですね」
「……」
ぎゅっと唇を引き結んだその表情で先は知れたが、ロゼはそのまま語り出した。
「先月、ニカノルの領主様が村にきたの。聖痕を確認しに。ロゼは聖女になって、ひとの役に立つべきだって……ロゼは断ろうと思ったんだけど、みんなが断るなんてもったいない、行けって、応援してくれて。領主様も、村に援助してくれるって」
流れだけ見ればシルヴィアと同じだ。だが、決定的に違うことがある。
「あなた、故郷に売られたんですね」
なんとか明るい表情を作ろうとしていたロゼが、頬をこわばらせた。それでもかつての家族を悪く言いたくない気持ちが勝るのか、首を横に振る。
「ロゼが一生かけたって、稼げないお金だったから……ロゼが聖女になるって頷くだけでいいんだから、だから」
「全員、ろくでもない」
小さくつぶやいたシルヴィアに、ロゼが目を丸くする。
いけない、ルルカに振り回されているせいで感情が表に出やすくなっている。シルヴィアは咳払いした。
「失言でした。それで? あなたは聖女になるべくこの街に連れてこられた……なら皇帝候補はその領主様になるはずでは」
「りょ、領主様は、皇帝選に出ないんだって。あぶないから。ただ、えらいひと――ベルニア聖爵家のお手伝いで、聖女を集めてるんだって言ってた」
生家の名前に、シルヴィアは眉をひそめる。だが、うつむいたロゼには気づかれていない。
「ロゼはその場で引き合わせられた男の子と、誓約して……そういうふうに、いっぱい聖女と皇帝候補を集めて、ベルニア聖爵家に貢献するんだって」
「……派閥作りですね。やり方が下品すぎますが」
皇帝選は聖眼を通じて行われる。課題の内容も、配点すら聖眼を通じて連絡がくるという話だ。まさしく神の手による選定であり、そこには身分差も財力も関係ない。
だが、それは建前だ。
いくら聖眼があろうが、なんの財力も伝手も知恵もない平民の聖女や皇帝候補ができることなど、限られている。たとえば、課題の最適解が川の氾濫を食い止めることだった場合、防波堤を作るにせよ避難先を用意するにせよ、貴族の後ろ盾を持っているほうが有利だ。そういう意味で、財力や権威は露骨に影響してくる。
そして課題を解決した場合の配点は、誰の行動がどれだけ課題解決に役立ったかという貢献度で決まる。一組だけで解決しなくていい。だから協力は可能だ。
ゆえに派閥作りは重要だ。その派閥は、皇帝選を決したあとの宮廷の構図にもなる。
そして最近の新聞によると、今回の皇帝選での最大の派閥は天才聖女プリメラとその皇帝候補ジャスワントの、ベルニア陣営である。
「ですが、聖女を無理矢理従わせるのは危険です。聖眼を使って出し抜かれることも、皇帝候補と一緒に裏切る可能性だってあるのに」
「ロゼの皇帝候補……アークは、病気なの。長くないって。他の子も、大体そう……」
始末しやすい皇帝候補というわけだ。皇帝選後は宮廷で席を埋めることもなく、使い捨てるのだろう。そして領主は自分を危険にさらさず、ベルニア聖爵家に恩を売る。
ぎゅっとロゼが小さな手を握りしめた。
「でもアークは、勇気があるの。さ、最近、妖魔が出るから……きっと皇帝選の課題になるから、領主様に情報を集めに妖魔が出る森に行けって言われて……ロゼは怖くて嫌だったんだけど、アークは逃げるチャンスだって……」
「危険では」
「でも、妖魔が出ればきっとみんな混乱するからって……」
どこかに閉じこめられて飼い殺されるより、可能性に賭けたのか。
そういうのは嫌いではない。だが、ロゼの手の震えはひどくなっていく。
「でも本当に妖魔が出て。そしたらアークが、瘴気に包まれて、目とか光って。か、髪の毛も真っ白になっちゃって。心臓が弱くて、あんまり走れないはずなのに、すごい動きでみんなに襲いかかってきて。ロゼがやめてって言っても全然、だめで」
説明するために気を張っているとわかる声が、震えた。
「でも、ロゼには、早く、逃げろって、止まってくれて……っ!」
それでロゼは無事に戻れたのか。静かにシルヴィアは問いかける。
「それで、アークさんは?」
「わ、かんな……街に戻るだけで、精一杯、で。領主様に、助けてくださいってお願いしたんだけど……き、きっとアークは皇帝選の課題になるからって。ロ、ロゼを囮にアークを倒すって、聞いて……ロゼはまた逃げて、その途中であなたたちを見て……」
さっきの広場の騒ぎにつながる、という流れか。
「ロ、ロゼ、いつも逃げるしかできなくて、聖女なのに。アークはロゼなんかが、聖女だったせいで」
緑のつぶらな瞳に大粒の涙が浮かぶ。
「せ、聖眼なんて、ほしくなかったのに……っ!」
黙って聞いていたシルヴィアは、涙をこぼすロゼの頬から目をそらして言った。
「そんなことを今更嘆いても、しかたないです。あなたも、私も」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
「あなたは何が視えますか」
「え……えっと。た、たぶん、あぶない、こと。人が死んじゃう事件とか事故とか……怖くて、あまり視ないようにしてるんだけど……」
普通、聖女は聖眼の能力を隠す。皇帝選の不利になるからだ。それをあっさり教えてくれるあたり、ロゼは本当にただの少女だったのだろう。
だが、そんなことを言っていても始まらない。シルヴィアが生まれを嘆いたところで、どうにもならなかったように。
「なら、その能力を使ってできることを考えましょう」
「……っで、でも、どうすれば、いいか……ア、アークのことだって、怖くて……よ、妖魔に食べられちゃうのなんて、視たくない……!」
思い出したのか目を閉じてロゼが小さく震えている。じっとその横顔をシルヴィアは見つめた。
「でもあなたは、私たちに危険を教えてくれました」
あの妖魔がルルカにやられるのは確実でも、あのときロゼが声をかけなかったら、あの場にいた人々が逃げ遅れて、被害が出ていた。
何より、ロゼは領主から逃げている最中だった。下手に騒げば見つかる。にも関わらず、危険を察知して叫んだ。それは、立派な勇気だ。
「あなたはちゃんとひとを助けられる聖女です」
ロゼが、息を呑んだ。
「諦めるには早いです。要は、アークさんを保護すればいい」
「……そ、そうだけど……きょ、協力して、くれるの……?」
「はい」
頷いたシルヴィアに、ロゼがまばたいている。
「もちろんただで、とは言いません。もしうまくアークを助けることができたら、あなたにお願いがあります」
「お願い……? で、でもロゼは、たいしたことできない……」
「大丈夫です。あなたが聖女であるだけで」
ロゼは目をぱちぱちさせながら頷く。有り難う、と礼を言いながらシルヴィアは内心で拳を握った。
(この子がうまくお父様の目にとまれば、私はお役御免……!)
妖魔に取り憑かれたアークのことも、ルルカならなんとかできるはずだ。ロゼは大事なひとを助けられて、ルルカも満足、シルヴィアも無事解放される、大団円である。
「まずアークさんの身柄の確保を考えましょう」
「でも、アーク、とっても強くなってて……」
「アークさんの状態や居場所を調べて、罠をしかけます。危険を察知できるあなたと、私のふたりでならできます」
はっとロゼが目を見開く。何かおかしなことを言ったかと、シルヴィアは眉をひそめた。
「何か?」
「う、ううん……ううん、あり、ありがとう……!」
「私は私の事情であなたを助けるだけです。別に――」
「あ、あの……シルヴィアさんは、何歳?」
なぜいきなりそんな話になるのだ。だが無視することもできず、シルヴィアは井戸の縁から立ちあがり、答える。
「十四歳です」
「な、なら……おねえさま」
歩き出そうとしていたシルヴィアはつい足を止めた。
「は?」
「ロゼ、十三歳、なの。だから、シルヴィアおねえさま……だめ?」
上目遣いのロゼに問われて、シルヴィアは困惑した。だが、緑色のつぶらな瞳がうるうるしている。
下手に断って泣かれても困る。ぎこちなく頷いた。
「好きにしてください」
「あ、ありがとう。シルヴィアおねえさま……!」
なんだか嫌な予感がするのはきっと気のせいだ。そう言い聞かせたとき、ふっと左眼に痛みが走った。ロゼも同じものを感じたのか、左眼を片手で覆う。
(聖眼が勝手に起動した!?)
脳裏に焼き付けるように送られてきたのは、情報だ。まるで写真を焼き付けるように、目の裏に焼き付いている。
「お、おねえさま。今の……」
「……課題です。あなたにも視えました?」
シルヴィアの問いにロゼが頷き返す。そして泣き出しそうな顔で続けた。
「い、急がないとアークが……」
「はい。本来ならまだ始まらないはずの、緊急課題。きっと配点も高い」
すなわち、アークは今すぐに助けなければ、数多の聖女や皇帝候補の課題として狙われることになる。
「いきましょう。間に合わなくなります」
シルヴィアの言葉に、ロゼが唇を引き結んで頷いた。
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