お父様の授業参観
広場でルルカを襲ったのは、下級妖魔だった。勇気ある行動と言うよりは無謀だ。まさか先手必勝で勝てると思ったのか。地上で肉体も持てない、妖魔が。
(この間の妖魔といい、最近なめられている気がするな)
だが下級妖魔は、人間で言えば子どもも同然だ。どう見ても『人間』の妖魔皇なら倒せると思ったのだろう。いちいち目くじらを立てることでもない。大人が子どもをあしらうのと同じだ。
だが、人間の娘がルルカには敵わないと冷静に判断し、それでもどうにか出し抜こうと頑張っているのに、情けない。
その娘は、見知らぬ少女と姿をくらましたが、さてどうしたものか。
「いやはや、妖魔を一瞬で片づけるとは見事な腕っ節で」
揉み手をせんばかりの恰幅のよい人間は、この街――ニカノルの領主マイルである。妖魔を退治したお礼にと、ルルカを城館に招待してくれた。お礼などどうでもいいが、妖魔がよく出て困っていたと言われたら、話を聞いておかねばならない。
「たまたまだ」
「謙遜なさらず。おかげで被害が最小限ですみました。さあ、どうぞどうぞ」
まだ窓から日の光が差し込んでくる時間だが、勧められるままにルルカは葡萄酒に口をつける。あやしげなものが入っている気配はなかった。ひとまず敵意はないようだ。
大きめの丸テーブルには、とてもマイルとルルカのふたりでは食べきれない量の馳走が所狭しとばかりに並べられている。
「ルルカ様の聖女もご案内できたらよかったのですがね。どこに行かれたのか」
癖なのか、マイルが髭をなでている。ルルカは素っ気なく答えた。
「気にしなくていい。きちんと戻ってくる」
「しかし、妖魔と戦う皇帝候補をひとり置いて逃げるというのは、いただけませんなあ」
「まあ、そうだな。逃げ足ばかり早くても困る」
あの程度の妖魔、自分で倒せるようになってもらわねばならない。
さて今後の訓練はと算段するルルカをどう思ったのか、領主が表情を改めて、椅子の位置を動かして膝を詰め合わせてきた。
「聖女にご不満があられる?」
ルルカが横目で見返すと、からになった杯に新しく酒を注がれた。
「お礼と言ってはなんですが、ご希望を叶えられるかもしれませんよ。――聖女の交換に、ご興味は?」
ルルカは黙って杯を手に取り、酒を呑むことで話をうながす。
「あなたはどこかの陣営に属していらっしゃいますか。たとえばデルフォイ聖爵家とか」
「いや」
「ならば話は早い。うちはベルニア聖爵家と懇意にさせて頂いております」
「派閥争いか」
この領主は、シルヴィアの生家に肩入れしているらしい。彼女の作った家だ――と思い出して、ちょっと咽せかけた。
(気持ち悪い……)
存外、娘の容赦のないひとことが胸にぐっさり刺さっている。ルルカの様子には気づかなかったようで、領主は自慢げに髭をなでた。
「私はもう若くない。体を張って皇帝選に参戦するのは無理ですが、そのかわり各地の聖女を複数確保するお役目をたまわっております。聖女の数は増えましたし、聖眼の能力も多種多様です。どの聖眼が役立つかは課題による」
「……とりあえず聖殿で誓約し、登録させて聖眼の能力を見極めるわけか」
「そうです。聖女と皇帝候補の誓約は、互いに課題に落第していない限り、相手を変えての再契約が可能ですからな」
「それで聖女の交換、か」
要はこの領主は、ベルニア陣営を強化する兵隊集めの係だ。陣営に聖女が多ければ多いほど聖眼で望む未来が描きやすくなる。皇帝候補は自分が目をかけている者か、いつでも排除できそうな適当な者を宛がって使えばいい。
「あなたの腕は素晴らしい。ジャスワント皇子の近衛、いや将軍もめざせるはずです」
「ひょっとして、俺を勧誘しているのか?」
「そうです。なんだかんだ皇帝選は結局、高貴な方々にのみ関係あるもの。ここ数百年、平民から皇帝が出たこともありません。出来レースですよ。特に、今回のベルニア聖爵家にはあの天才聖女プリメラがいる。なんでも『すべての未来を見通せる』聖眼を得たとかいう話で。聖女ベルニアの再来だと皆、大騒ぎです」
初恋のひとの名前に、いつもならそれなりに優しい気持ちになれる。だが今は娘の『気持ち悪い』というひとことのせいで、苦い気持ちになるばかりだ。つらい。
「もちろん、あなたも聖女を得て皇帝選に挑まれる以上、なんらかの理想や夢がおありでしょう。ですがそれは本当に皇帝でなくてはかなわぬことですか?」
うっかり苦悶しそうになった気持ちを切り替え、ルルカは切り出した。
「そうだな……妖魔皇の心臓というものを一回見てみたい」
「は?」
「見たことは?」
「あ、あるわけないでしょう! そんな恐ろしいもの……!」
脅えるマイルの顔に、ルルカは目を細める。これは何も知らない反応だ。
(ベルニア聖爵家の関係者ならあるいは、と思ったが)
帝室の連絡には、『犯人はお前じゃないだろうな』という確認も含んでいた。本当はルルカに知らせたくなかったのだろう。それでも連絡をよこしたのは、内々に処理するにも限界があるからだ。
だからあちらが心臓を見つけても、また隠してしまう可能性が高い。発見の報告くらいはしてくるかもしれないが。
「……なぜ、そんなものを」
今までの調子を改めたマイルの口調に、ルルカは警戒されたことを察する。
(記憶をいじるか)
そのときだった。いささか乱暴に扉が叩かれ、使用人がマイルを呼ぶ。マイルはルルカを横目で見つつ、席を離れた。
すまし顔でそれを見送ったルルカは、雑音を拾いすぎないように耳に神経を集中させる。
緊急の用事なのだろう。扉を出たところで、すぐさま領主は報告を受けていたので、声を拾うのに苦労はなかった。
「――皇帝選の課題が通達された!? 確かなのか」
「はい、ベルニア聖爵からの通信です。緊急課題の、妖魔退治です。すぐさまこちらに聖女と皇帝候補を派遣するとのことでしたが、決して不備のないようにと。特に他の対立陣営に取られることのないようにとのお達しです」
「緊急課題は配点が高いからな。……ロゼの行方はわかったのか」
「見知らぬ少女と一緒にいるところが目撃されていますが、それだけです」
おやとルルカは視線だけを扉に向けた。ロゼというのは、ひょっとしてシルヴィアが連れて逃げ出した少女ではないのか。あの、妖魔の襲来を警告した。
(……領主の聖女斡旋事業に買われた、というところか)
なぜまたそんな少女を連れてシルヴィアは逃げているのだろうか。――ひょっとして、ルルカに新しい聖女を宛がうつもりか。
色々考えるものだ。面白い。つい口の端があがった。
「もしアークが妖魔に取り憑かれたことが我々の失点となった場合、他が解決してしまうとおそろしい差がつくのでは……」
「わかっている!」
マイルの苦悶の声が聞こえる。どうにも有効な手段がないようだ。だが、他の陣営が介入してくる前になんとしてでも倒してしまうしかないだろう。
さて、シルヴィアはどうするつもりだろう。
(お手並み拝見といくか。授業参観だ)
口直しにルルカは水を飲み、そのまま窓から外ヘと抜け出した。
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そろそろランキングは表紙(5位以内)から落ちてるだろうな、と思ってたら2位になってました……有り難うございます、びっくりです。スクショ撮っておきました(笑)
できれば明日から定期更新に切り替えたいのですが、ひとまず今日も更新頑張ります。
雨、本当にひどいですね。身の回りの安全第一でおすごしください~!




