九話 種明かし
「さて。じゃあ悪魔になりますか」
ソウが来て話が逸れたが、もともとはリョウを悪魔にするっていう話をしてたんだから。
「はい」
「じゃあ、この石に手を置いて」
リョウの手が赤い石を包みこむ。
一瞬ピカッと光ったきり何も起こらない。
「ええと、今の光は……?」
「石が光ったのよ。いいわよ、手を離して」
「何も、起こりません……よ?」
ちょっと時間かかるからね、と言うとリョウはそうですか、と頷く。
それから決心したように口を開いた。
「レイ……さん。僕、解けました。アノニマスの謎」
「アノニマスの謎?」
「……なぜアノニマスという者が、存在するのか。そして、『おじいさん』とは何者、だったのか。レイさんは、なぜ呪いにかかったのか。……あ、解けたって言っても、ただの推測でしかないですけど」
自分の言葉に自信をなくしたようにリョウは言う。
推測だったとしても、 解けたって言うのは 本当かしらね。
「そう。聞かせてくれる?」
「まず 、アノニマス っていうのは、レイ さんが 前に言った通り、何者でもないんです。地獄 にも 、天国 にも 行けなかった 死者 が 、天使と 悪魔。アノニマス は、天国に 行けなかった 者 でも 地獄 に 行けなかった もの でも ないんです 。……多分」
「そうなの?」
いや僕の勝手な想像ですけど、とリョウは慌てて手を振る。そうだった、あくまでリョウの推測。
でもなんか、いやに信憑性あるような感じがするのよね。
「で、『おじいさん』は……アノニマスの、創造者、なんじゃないかなって」
「……創造者」
「まさか原因が何もないのにアノニマスが現れるわけもないでしょうし。だったら、『おじいさん』がアノニマスを……創った、っていうのが、一番自然かなあと……」
まあ確かに『おじいさん』は謎が多い人だったけれど。結局なんで消えたのかもわからないし。
それにもし『おじいさん』が創ってたとしたら、なぜそんなものを創ったのかしら。そもそも創れるのかな。
「それで、創られたアノニマスが、リイさん……だと、思います」
「……リイが」
すっと一呼吸置いてリョウは続ける。
「レイさんは、『おじいさん』が消えたって、言いました……よね。でも、もし僕の推測──というか想像、通りだったら、『おじいさん』は、いることが……イレギュラー、だったです」
「待って待って。なんで『おじいさん』はリイを創ったの? それに、いることがイレギュラーって、本当は『おじいさん』はいなかったってこと?」
「リイさんが創られたのは、……多分、レイさんの……ため、かなと思います」
「私の、ため」
「『おじいさん』は僕の想像上では、アノニマスを……創れる人。人すらも、創れる人」
創造神、と私の口から言葉が出る。本当にそんなのいるのかしら。
リョウは頷いて言った。
「昨日、本を見に行った部屋。神話、ばかりだったんです。主に創造神の。だから、そうじゃないのかなと思って。でもレイさんも創造神なんて見たことがないでしょう? 僕もない。だから、いることがイレギュラーなんじゃないですか? 本来は姿を現さない」
「じゃあなんで『おじいさん』はリイを創ったの? 私のためって、なんで──」
「レイさんを、呪われた悪魔にしたのは、『おじいさん』だった……んじゃ、ないですか。あるいは、そうしたのが……彼じゃなかったとしても、関係はしているんじゃないでしょうか」
呪われた悪魔にしたのは、『おじいさん』。そんなことあるのだろうか。あるとしたら、なぜ彼が。
悪魔になってからずっと聞きたくて、でも困らせるだけだから誰にも聞けなかったことを、ようやく口にする。
「ねえ、私は何に、呪われてるの?」
リョウに聞いても仕方がない、と思いつつ聞かずにはいられなかった。リョウなら、想像で、答えを出してくれる気がする。実際それは想像なのだろうけど、どこか真実味がある気がするし、心地いい答えをくれるなら想像でもなんだっていい。
私は「呪われてる」けど、だったらせめて、その他の部分では普通でいたかった。
ねえ、私はなんで────
「呪われてるって言い方は、僕から、すると間違って……て。呪われてるっていうより、天国も地獄も用意できなかった、っていうか」
「いや、まあ、どっちにも行けなかったから私は悪魔やってるからね」
「じゃなくて、なんて言うか……多分、その、この先も消えられないって、思われたんじゃ、ないでしょうか。悪魔は幸せか不幸を感じたら消えるけど、でも」
「……なんか馬鹿にされてる」
してないですしてないです、とリョウがまた手を振る。それから思い出を探るように空を見て言った。
「レイさんが、死んだのは、事故……なのは、覚えてます?」
「ええ。下校中にトラックが突っ込んで来たっていう、いかにもどこにでもありそうな事故」
「急に死んだから、多分感情が追いつかなくて。もともとのレイさんの性格と相まって、きっと、『おじいさん』はレイさんがこの先も消えられないと思った」
「もともとの性格ってなによ」
それはレイさんがよく知ってるはず、とリョウは言う。大体予想はつくけれど。
私はもともと感情の起伏が小さかった。正しくはもともとではないのだろうが、いつから淡白になったのかは最早わからない。
何かもらって嬉しいと思っても態度にうまく出せなかったし、何かあっても怒るより一人で抱え込む方が楽だった。
それだけで、私は呪われたのか。
「『おじいさん』は、レイさんが、幸せか不幸を感じる前に、悪魔という仕事に耐えられなくなると思ったんじゃないでしょうか。死者を死後の世界へ導く、残酷な仕事に」
死後の世界へって、どっちにしろもう死んでるじゃない、と反論したいが少し声が掠れてしまう。
「死者を地獄へ──その人の最も苦痛な、場所へ送り込む仕事に、耐えられ、なくなると思った。それで多分『おじいさん』は、レイさんが全てを……呪いのせいにできるように、呪いをかけた」
信じられない。だって、なんでそこまで私に。
ソウさんがいうには、とリョウは前置きしてからまた口を開く。
「レイさんの呪いは、他の悪魔や天使と同じように消えることができない、消えられないことなんでしょう?」
私が無言で頷くのを見てリョウは続ける。
「でも、彼がそんな……こと、するでしょうか。そんな残酷なこと。だから、呪いは、解けるんです。多分。レイさんが、呪いの、意味、に……気付いた時」
「呪いの意味」
「これが……忌まわしい呪いではなく、『おじいさん』の願いだと、いうことに。レイさんが消えられ……なくても、ずっと悪魔をしなくちゃいけなくても、全て呪いのせいに、していい……という」
なんでそんなお節介、と呟くが掠れた声しか出ない。
リョウは私を数秒間じっと見てから更に言葉を重ねる。
「リイさんは──アノニマスは、天使と悪魔の……街で、明らかに異質です。
だから、レイさんの呪いを、解く鍵に……なるんじゃないのかな、と思ったんですが、レイさんは、彼女を知らないと言いました。
……だから、アノニマスとは、レイさんの呪いとともに創られた、んじゃ、ないかなと。アノニマス、と、いうものが……存在する以上、なにか意味がある、はず、ですから」
意味がある、という言葉と同時に一瞬赤い光が瞬いた気がして顔を上げてリョウを見る。
「あ、あの、リョウそれ……」
気づいたリョウはふっと笑みを浮かべた。
「翼が、生えましたね。これで、僕も……悪魔です」
「じゃなくて、その色」
「レイさん……こそ、気づいて、ます?……呪いが、解けたんでしょう」
言われて体を見るとうっすら透けている。誰かが消えるところを見たことはないけれど、なぜか自然に、このまま消えるんだなあと思える。
結局、リョウの推測どおりなのかはわからない。もともと私が聞いていた、「自身と同じ者を見つける」状況に当てはまってるんだもの。
「ねえ、リョウ。あなたは結局何者なの? あんな推理までして」
「やっぱり……覚えてない、ですか。近所に住んでたんですよ」
あ、この苦笑しってる。毎日夕方にピアノの音を聴かせてくれた子。
リョウ、と口を動かして、私の意識はそこで途切れた。最期に目にしたのは、白黒の翼を持ったリョウだった。
天国とはなにか、地獄とはなにか。
それは多分、過去だ。
もし、目が醒めて、全て消えていたとしたら。私は、そう願った私を恨むだろう。




