5話 異世界語
俺がこの家に拾われてから、四か月が経った。
もうすっかり、この木製の粗雑なベッドが俺の領域だ。
壁の丸太の隙間から漏れる風はまだ冷たいが、窓の外枠にぶら下がっていた氷柱はもうすっかり溶けて無くなった。
この世界に来て二度目の春だ。
前世では春は嫌いな季節だったが、こっちの世界の春はとても好きだ。
何故かって?
花粉症が無いからだよ!
いやぁ花粉症が無い春がこんなにも素晴らしいものだとは、、、
正直この一点だけは、前世は今世に絶対に敵わない。
鼻水とは無縁の春の訪れに、俺がひそかに心を弾ませていると。
「おはよう」
軽快で良く通る男の声が、廊下の向こうから飛んできた。
ほどなくして、軽快な足音とともに、見慣れた顔がこちらへ近づいてくる。
そう。この世界の言葉が、挨拶程度なら聞き取れるようになってきたのだ。
え?翻訳スキルを貰ったのかって?
違う違う。終ぞ俺に、神様とか、天の声とか、そういうのがコンタクトを取ってくることは一切無かった。
普通に自力で頑張ったのである。
この三か月間、本当に大変だった、、、
前世では聞きなじみのない、よく分からん言語に耳を澄まし続けて、
少しずつ単語の意味を理解していった。
最初に覚えたのは『おはよう』を意味する言葉。
もう脳内では『おはよう』で勝手に解釈されるが、実際に聞こえる発音は違う。
例えばさっきの挨拶。
実際には、
「ダイタン!」
と聞こえている。
英語風に綴るなら
『Daitan!』だろうか。
そして、この『Daitan』の後半部分の『tan』。
これは単体でも意味を持つことが分かっている。
と、気づけばご主人が俺に朝ご飯のシチューを掬って、口元まで運んでくれている。
パク。
うん。やはりここの離乳食は一味違うねぇ!
ここのしか食べたことないけど。
あ、そうそう。こういう時だ。『tan』の使い道は。
「タン!」
俺が元気に叫ぶ。
それを聞いたご主人が俺の頭をワシャワシャする。
完璧なコミュニケーションが成立した証だ。
この『tan』は単品で、『感謝』を意味する。
この意味に気づくのは『おはよう』の意味を理解してすぐだった。
夫婦が俺の前で、なにかと多めに使ってくれるので、分かり易かったのだ。
『Daitan』が『おはよう』で、『tan』が『感謝』。
となると、自然と『Dai』も何を指すのか分かりそうなものだが、今のところこっちの意味はさっぱりだ。偶に『Dai』単品で使っている場面を見かけるのだが、使う場面が安定しない。俺の予想では複数の意味があるのだろう。
あ、でも他に『Dai』が混ざっている単語を把握している。
ちょうどいいし、今使ってみよう。
「ダイレス!」
食事の片づけを終えたご主人に言う。
「ダイレス!」
ご主人も同じ言葉を返す。
またしてもパーフェクトコミュニケーション成立だ。
いやぁ。人と会話できるのっていいねぇ。テンション上がるなぁ。
この『Daires』の意味は、多分、『おやすみ』だ。
夫婦がいつも俺を寝かしつける前に言ってくれるから覚えた。
これに関しては『Dai』も『Res』も単品での意味は理解していないのだが。
まあともかく合わせれば『おやすみ』だ。
俺は先ほどの『おやすみ』の宣言通りベビーベッドに横になる。
こうして脳内でゴチャゴチャ考えているのは、覚えた単語の意味を脳に染み込ませるためだ。なにせ物理的なメモ帳など存在しないので、一度忘れたらもう一度覚え直しになってしまう。こんなにも筆記用具が欲しくなったのは小中高とやってきたのに初めてだ。
他にも覚えた言葉は色々ある。
まず、夫婦の名前だ。
夫婦の名前は、二人がわざわざ丁寧に解説してくれた。
ご主人は自分を指さして
「レパレ。」
奥さんは自分を指さして
「ミラパレ。」
とレクチャーしてくれた。
ファミリーネームが気になるところだが、
命の恩人の名前は今のところ、レパレさんとミラパレさん、としている。
共通している『パレ』が、ファミリーネームである可能性もあるので
一旦は暫定の名前だが。
間違えたら失礼に値する気がするので、未だに呼べていない。
名前を教えてもらったのに呼ばない方が失礼に値するだろうか。
正直何とも言えないが、生後一年も経っていない赤ん坊だ。
まぁ多少の礼儀の無さは許してもらえるだろう。
他にも
『食べ物or離乳食』は『ライファム』
『火』は『ホトリ』(ホトでも通じていたように感じたが。)
『洗う』は『フロリン』だ。
流石に、まだ分かる単語は少ないが、生後一年未満くらいの赤ん坊にしてはよくやっている方だろう。
疲れたな。
酷使した脳を癒すために、瞼を閉じる。
案外、言語の習得は楽しい。
元々、理系の大学を目指していたのだが、英語はそれ程嫌いではなかったし、国語も古典を除けば成績は悪くなかった。
俺って、案外文系の才能あったのかもなぁ。
もう今となっては遠い昔のように感じる高校生活を思い出す。
アイツら、、元気にやってるかな、、
なんとなく、前世の夢を見る気がした。




