4話 森小屋
「~~~。」
誰かの呼びかけで目が覚める。
瞼を開く。
橙色の暖かな光が溢れてくる。
ぼやけていた世界が、揺れる光に照らされながら、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。
人が至近距離でこちらを見ている。しかも二人。
光を背にしているせいで、二人の顔は黒いシルエットしか認識できない。
今の視野を切り取ったら、ほとんど『ルビンの壺』状態だ。
「あーあ。」
しまった。
声を出してから焦る。
迂闊に声を出すべきじゃなかった。
もし、この二人が俺に敵対しているのなら悪手だ。
「オーーー。」
そんな焦りも束の間、その二人は歓声にも似た安堵の声を漏らした。
少なくとも敵対はしていなさそうだ。
焦りが杞憂に終わったことに、こちらも安堵する。
二人の人影の一方が、ぎこちなく俺を抱き上げる。
近くまで持ち上げられてようやく、二人の顔を認識できた。
男女の二人組、恐らくどちらも20代後半、、いや30代前半か?
少なくとも俺の両親よりは若そうな男女だ。
彼らも夫婦だろうか?
俺を持ち上げたのは女性の方。
如何にも中世の平民主婦といった格好をしている。
胸は控えめだが、顔はかなり整っている。
それに銀髪なところも加点要素だ。
、、、命の恩人を値定めするのはさすがに失礼だな。
深く自分を戒める
銀髪主婦さんが、抱いた俺をあやす様に揺らす。
敵対どころか味方だな。この感じは。
男の方にも目を向ける。
茶髪のアッサリイケメンって感じだ。
生成り色のシャツと革製のズボン。RPGの初期装備って感じだ。
しかし、明らかに鍛えられた筋肉がレベル1では無いことを知らしめてくる。
この男も、俺の顔を伺いながら何かとあやそうとしてくる。
いや、別に今泣いてないんだけどな、、
むしろその迫力ある筋肉で迫られたら泣いちゃうぞ?
まあともかく、彼らが俺の命の恩人なことに違いはない。
川に流されて漂着した俺を拾ってくれたのだろう。
見ず知らずの赤ん坊を拾ってくれるお人よしに、たまたま巡り合えたのは幸運としか言えない。
「キャッキャッ。」
俺は最高にかわいく笑った。
どうせ何も返せるものなど持っていないのだ。
ならば、せめて愛嬌でお返しをしておかねば。
そんな腹黒な笑いに、二人は最高に喜んでいる。
へっ。ちょろいもんだぜ。
あ、駄目だ駄目だ。また、命の恩人に失礼な考えを。
自分を再度戒める。
ぐるるる。
腹の音だ。大人のものとは比べ物にならない小さな音だったが、
二人は気づいたのか、男が大慌てで奥の部屋へ駆けていった。
そしてすぐに、白い液体の入った瓶を持ってきた。
それを俺の口元に慎重に運ぶ。
ミルクの香りが鼻腔に届く。
気が付けば夢中で瓶に齧りついていた。
美味い。美味い。
空腹は最高のスパイス。という言葉の神髄を感じる。
ミルクに満足しているのを確認した女は、優しく俺を籠に戻すと、男がさっき行った部屋へ去っていった。入れ代わって男が、俺の前で瓶を固定してくれている。
ぷはぁ。
300mlくらいはあったであろうミルクを一気に飲み干した俺を、男が嬉しそうに見つめてくる。
なんとなく部屋を見渡してみる。
窓を発見した。
城の窓は、鉄格子のみの作りだったが、ここの窓は布を下ろすカーテン式のようだ。
ガラスが張っていないから風が入り放題じゃないか?ガラスが存在するのか知らんけど。
半開きの窓から外の景色が見える。
森だ。針葉樹がびっしり生えている。
他の家などは見えない。近場に他の家は無いのだろうか。
「~~~~。」
女の掛け声を聞いて、視線が外から引き戻される。
女が戻ってきた。手にはシチューのようなものをよそった木製の器。
もしかして離乳食というやつか?俺にはまだ早いと思うのだが、、
それにそもそもお腹がタプタプでこれ以上は、、、
女がシチューをスプーンで掬って口元に運んでくる。
、、、
いや、もう食えないって。
二人は期待のまなざしでこちらを見つめてくる。
くそっ!やってやるよ!
まだ乳歯も生えていない口でシチューを頬張る。
美味い。ジャガイモのような何かが細かくすり潰されて混ざっている。
しっかり煮詰められているので、噛まずに飲み込める。
体感半年ぶりくらいのまともな食事だ。本来なら至高の食事だが。
うぐ、腹が、、さっき入れたミルクが胃袋で揺れる。
二人はシチューを食べた俺を見てとても嬉しそうに目を輝かせる。
食うしかねぇか、、、
こうして俺は、気絶するまでシチューを頬張った。
***
おおよそ一か月が経った。
丸木を組み上げて作られたであろうこの家は、冬の風を防ぐには少し心許ない。
今の俺の寝床は、二か月前までの寝床と比べるとあまりにも簡素で小さい。
だが、毛布の敷き詰め具合では引けを取らないので、何とか寒さを凌げている。
この家には住人が二人しかいない。
俺の命の恩人の夫婦だ。
二人は毎日何かと忙しそうに働いている。俺につきっきりのお世話係はもういない。
それでも、必ず、毎日食事の時には二人がかりでお世話をしてくれる。
寒くて小さい家だ。けれど、あたたかい家だ。
異世界に転生して早々辛い目にあったが、正直元からここに生まれてきたんじゃないか。
というほどに、俺はここに馴染んでいる。
夫婦は子育ての経験が無いのか、お世話は色々とぎこちない。
それでも、俺が何かを伝えようと喚けば、一生懸命問題を解決しようとしてくれる。
今だってそうだ。
俺がゲロって汚してしまった木製の食器各種を、寒い中水で洗ってくれている。
申し訳ない。
が、俺の関心は洗っている様子に強く惹かれている。
『魔法』だ。
奥さんの両手の間の虚空から、透明な水があふれ出ている。
その水を使って、ご主人が食器を布で丁寧に擦っている。
水魔法というやつだろう。
この世界に来てから目撃する二度目の『魔法』だ。
見れば見るほど不思議な光景だ。
まるで透明な蛇口が存在しているかのような状況。
水量は多くない。
チョロチョロと弱い水圧で流れ落ちている。
これが元世で行えれば水道代は0円で済みそうだ。
食器洗いが終わり、汚れた水の溜まった桶をご主人が外に運び出す。
なぜ、リビングでわざわざ食器を洗うのか疑問だったが、ご主人が扉を開けた時に外から入ってきた寒風で事情を察する。
外で洗うには寒すぎるのだ。
だから、暖炉のあるリビングで洗っていたのだろう。
普段の食器洗いはリビングではやっていなかった気がするが、
まあゲロを洗い流すのに普段の洗い場を使うのは衛生的では無いか。
いや、そう考えると、やはり衛生観念がしっかりしている。
城にいた頃にも感じたことだが、医療の常識がおそらく平民である二人も把握しているのは特殊に感じる。
この世界では医療分野でとんでもない働きをした偉人がいたのかもしれない。
いや、、もしかしたらその人物は、『転生者』なのではないか?
少し突飛な発想だと自分でも思う。
が、権力の保証が無くなった今、手掛かりになる情報はなんでも仕入れておきたい。
よし、これは中目標に据えておこう。
・城の図書館、もしくは国立の図書館などで転生魔法について調べる。
・他にもこの世界にいるかもしれない転生者の事例を調べる。
↪・マトモな医療知識を広めたであろう人物について調べる。new
・魔法を使えるようになる。
それと、いい加減言語を覚えたい。言語分からないことには情報収集もクソもない。
まだ一歳にもなっていないとはいえ、体は赤ん坊、頭脳は高校生だ。
実質コ〇ンなのだから、この世界の言語の謎もすぐに解いて見せよう。
小目標
・言語を習得する。new
よし。目標の整理も完璧だ。
脳内整理も終わったところで、夫婦が食事の支度を始めている。
この夫婦には感謝しかないな。
この二人が拾ってくれていなかったら、川岸で干からびていただろう。
成長したら、何か恩返しをしなくてはな。
そのためにも、まずは健やかに育たなければ。
確かに、住環境は城暮らしと比べると下がった。
けれど、正直この森の中にある小屋も案外気に入ってきた。
しばらくはここで暮らしていこう。この夫婦に捨てられない限り。




