3.5話 川流れ
意味が理解できない。
死んだと思った。
濁流に投げ入れられて赤ん坊が助かるわけない。
濁流にミンチにされる落ちだと思った。
実際、視界は土砂や枝の混ざった濁流で満たされている。
しかし、その濁流が体に届くことはない。
どうなっているんだ?
俺が乗せられたのは、ツルで編まれたただの籠だ。
防水性なんてあるはずもない。液体はそのまま通過してくるはずだ。
しかし、俺の体は一切濡れていない。
いや、正確には林を突っ切った時に濡れたのがそのままではあるが、
この籠に入れられてからは追加で濡れていない。
しかし、視界の情報ではこの籠は完全に濁流にのまれている。
本来なら籠の中までベチャベチャでドロドロ。俺の体はグチャグチャテロテロのはずだ。
目と肌での認識の違いに混乱する。
というより、さっきまでの城のことがまだ整理できてもいない。
いや、よく見てみれば、水が弾かれている?
まるでガラスの蓋が籠に閉じられているみたいだ。
籠の少し外側を、ガラスの膜で球状に保護しているようなイメージ。
だが、母親が俺をこの籠に入れた後に、ガラスを被せているような仕草は無かった。
そもそも、これはガラスというには透明すぎる。
となると、考えられるのは、、
『魔法』。
母親が何らかの魔法で、ツタの籠に濁流にも耐えうるバリア的なものを張った。ということだろう。
目の前の疑問に一旦の解決が出来たところで、
さっきまでの惨事が脳を突き刺してくる。
うぅ、、、、
まずい。吐きそうになる。駄目だ駄目だ。
ここで吐いたら、おそらく悲惨なことになる。
喉まで込み上げてきていたものを戻す。
舌がすっぱい。
辛い。何が理由かは、明確に定義できない。
ただひたすらに辛い。
辛い、、、、
声を押し殺して泣いた。
乳児らしからぬ泣き方だったと思う。
泣いて、泣いて、泣いて。
その鳴き声は、濁流の轟音に掻き消されて誰にも聞こえなかっただろう。
泣き止んだ頃には疲れがどっとのしかかってきた。
俺は濁流に激しく揺られながら眠りについた。
***
暖かな日差しで目が覚める。雨雲の外の領域まで流されてきたようだ。
籠を流している川は依然濁流ではあるが、ひとまず雷の音が聞こえないのは安心だ。
一度冷静に状況を整理しよう。
一通り泣きはらして落ち着いた頭を回転させる。
おそらく、城が襲撃を受けたのだろう。
革命か、、外部からの侵攻か、、
どちらにせよ絶望的な状況だったのだろう。
だから、せめて俺だけでも逃がそうと、、、
駄目だ、また涙が、、、
ん?待てよ?となると俺まずくないか?
滅ぼされたであろう王家の血筋を引く者を襲撃時に逃した。
襲撃の首謀者はまず間違いなく俺の首に賞金を懸ける。
恐らく大抵の人間が俺に敵対するだろう。
まずい。
俺のことを愛してくれていた両親が死んでしまったであろうことはショックだ。
けれど、どのみち俺の目的は元の世界に帰ること。
どちらにせよ、二度と会えなくなる予定ではあったのだ。
時間が経てば割り切れるだろう。
しかし、俺の命が狙われている問題は時間では解決できない。
非常にまずい。
もちろんこの世界で死んだら、元の世界に戻れる可能性も考えられるが、
死を許容できるのは『死ねば帰れる』という確証を得た場合のみだ。
殺されるのは堪ったものでは無い。
なんとかせねば、、
とはいえ、もう俺にできる事は祈ることしかない。
この籠が、どうにか親切な人の元に届いてくれと。そう祈る以外にできることなど無い。
というか、このバリア的なものは割れないよな?
稼働限界とかがあったら、今解除されるだけで死亡確定なのですが。
視界は依然として濁流まみれである。
うん。一旦それは考えないでおこう。
そうなったらもう、『詰み』だ。
よし、このバリアは解けない。そういうことにしておこう。
でもその場合だとここから出られなくて、酸欠で死ぬのでは?
、、、、
寝よう。
寝ていれば排泄もせずに済むし、呼吸も最小限に落ち着く。
波による揺り籠の中で、俺は張り切って睡眠を再開した。
揺り籠というには、、揺れすぎだが、、、
スプラッシュマウンテンってこういう感じかな?
俺は濁流の中でネズミの国の夢を見ることになった。




