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3話 豪雨


半年が経った。

いや、正確に日付を数えていたわけではない。


俺が生まれた頃が大体春くらいで、最近窓から入り込む風が冷たくなってきている。

春から秋に変わった。だからおそらく半年くらいだと思う。

異世界の季節の廻りが元世と違わなければ、だが。



この半年で色んなことを経験した。

異世界独特の経験は、未だにあまりできていないが、

成熟した精神で乳児時代を過ごす事だけでも、十分新鮮な体験になるのは言わずともわかることだろう。


自分で自由には動けず、一日の大半はベッドの上。

排尿排便したらオシメを変えてもらうまで背中がべちょべちょで最悪。

暇つぶしも窓の外を眺めるくらいしかない。


割と嫌な体験しかしていないが、王族の子(暫定)というだけあってお世話は完璧にしてもらえるのが救いだ。これで、平民の子に生まれていたらとゾッとする。


平然と受け入れているが、この世界の文化レベルは大体中世ヨーロッパだ。

創作物でよく出てくるような世界観のありきたりな異世界。

独特なのは、案外医療の知識がしっかりしていることぐらいだろうか。

というのも、大人が俺に触るときは、毎回ちゃんと沸騰させた水で手を洗うのだ。

中世にあまり詳しいわけじゃないが、元世でペストの雑学動画で、

『中世では手洗いの文化が無かった。』的なことを言っていた気がするので、おそらく特異的なことだ。


あ、沸騰と言えば、そう。

魔法の存在が確認できた。

お世話係が水を沸騰させるのに、薪一本しか使わずにかなりの火力を出していたので間違いない。

あれは多分『火魔術』だ。

想像していたより地味だったが、まぁ家庭向け魔法的なアレで威力が抑えられていたんだろう。


魔法が存在する事実にはさすがに俺でも興奮した。

なんといっても今世の俺は王の血族だ。

おそらくとんでもない魔力量を保有していて、火の玉をバンバン打ちまくれるに違いない。

あー今からでも練習しておこうか。


大分しっかりしてきた腕を高く上げて魔法の射出を試みる。


「あいあおーる」




うん。もちろん何もでない。

そもそも詠唱の内容を知らない。


いや、お世話係が水を沸かすときは詠唱らしきものが聞こえなかったので、無詠唱がデフォのタイプの異世界だろうか。わからん。もう少し情報がいる。


とはいえ、魔法を見たのは今までにあの一回きりだ。

赤子の前で魔法を使うのは危ないからなのか、使用を控えられている感がある。

いうならこの部屋は『禁魔室』。といったところだろうか。

仮にそうだとしたらお世話係のあれはかなりの問題行動だった説があるが、、、


とかなんとか考えていると扉にノックが響く。

現在不真面目説が浮上しているお世話係が、急いで部屋のドアを開ける。



部屋に入ってきたのは母親だ。

母親は割と高頻度で俺を訪ねてくる。二日に一回、といったところだろうか。毎日じゃないのかよ。と言いたくもなるが、彼女も王族だ。なんやかんやで忙しいのだろう。むしろ公務の隙間を縫って授乳に来てくれるあたり、大分気にかけてくれているのだろう。


問題は父親だ。最初の一か月くらいは母親と同じくらいの頻度で会いに来ていたのだが、それ以降は面会の頻度が減ってきている。最後にあったのは一か月前くらいだろうか。とはいえ、会う時はいつも俺に甘々なので、愛想が尽きた。という訳はなさそうだ。

まぁ公務が忙しいのだろう。一国の王(暫定)ともなればそんなもんだ。


昼下がりのミルクタイムを楽しみながら、勝手に親の事情を考察してみる。


「ユートロウスー。」

母親が話しかけてくる。


「あうあいあー」

一応返しておく。


これだけで母親はこれ以上ないほどの笑顔を見せるのだ。

本当に美しい顔だ。

これだけの美人から生まれたのだ。今世の俺はかなりのイケメンに育つのではないか?

鏡を見た頃が無いから、今の顔がわからんので何とも言えないが。


ふむ。イケメンで王族か、、異世界ハーレムを夢じゃないよな、、

って、駄目だ。駄目だ。俺は元の世界に帰りたいんだ。こっちの世界に取り込まれるわけにはいかない。


だが、そもそも帰れるのだろうか、神の力で転生してきたタイプであれば、その神とコンタクトを取れれば何とかなりそうだが。如何せん俺はよくわからん転生方法だ。

人(神)為的なものなのか、それとも自然発生的なものなのかもわからない。


まぁ悲観しても仕方ない。将来は権力者が確約されているのだ。

権力乱用で図書館とかを調べられれば、転生の方法も書いてある魔導書とかが見つかるだろう。


そうだ。目的を見失わない様にゲーム的な大、中、小目標を整理しておこう。




まず大目標。これは迷うこともない。



・元の世界に帰る



これで決まりだ。

こっちの世界と元の世界の時間の流れが共通していることも考えると、なるべく早くが望ましい。

帰ってみたら、友人が全員老衰している。なんて、、、考えたくもないからな。


次に中目標。これは悩みどころだが、一旦は、



・城の図書館、もしくは国立の図書館などで転生魔法について調べる。

・他にもこの世界にいるかもしれない転生者の事例を調べる。

・魔法を使えるようになる。



最後の目標は完全に好奇心からだな。せっかくなら魔法を扱えるようになってから帰りたい。


次に小目標か、、そんな具体的にやることは現状無いんだよな、、

だってこんな体だし。



・健やかに成長する。



まぁこんなんでいいか。なんか小目標って感じしないけども。


脳内メモ帳がいい感じにまとまった。

ちょうど母親も満足したのか、俺をベッドに戻して部屋を去っていった。




にしても冷えるなぁ。

体にかけられた毛布を手繰り寄せる。

日本のような乾いた寒さじゃなく、ひんやりしっとりした寒さなんだよな。


夏もそうだった。

日本のようなジメジメとした暑さじゃなく、乾いた暑さだった。

表現するのが難しいが、ずっと窓から弱めのドライヤーが吹いているというのが近いだろうか。元世でも、日本とヨーロッパでは夏冬の湿度が逆でという話を小耳に挟んだことがあった。乾いた暑さもそれはそれできつかった。


まぁ寒さは正直問題ない。俺のベッドには過剰なぐらい毛布が敷き詰められているし、冷えすぎれば、きっとお世話係が部屋にある暖炉に火をつけてくれるのだろう。


おお。そうすれば魔法がまた見れるぞ。

俺は少しワクワクしながら、冬の弱い日照りを受けて微睡んでいった。




***




ドゴン。

この世界で初めて聞く轟音で目が覚める。

なんだ。何の音だ。


その問いに答えるかのように窓が光り、もう一度轟音が響く。


ドゴン。


和太鼓のような鈍い音。雷だ。

光と音がほぼ同時。かなり近い位置での雷だ。


心臓が早鐘を打つ。


ザアアアアアア。

部屋の窓に洗車のシャワーのような水量が叩きつけられている。

とんでもない豪雨だ。


大丈夫だ。小さな民家ならともかく、ここは王の城。

豪雨程度何も問題は無い。


ほら、その証拠にお世話係は騒いでない。




待て、お世話係はどこだ。


いない?そんなはずがない。

ここで生まれてこの方、この部屋に一人置き去りにされたことなんて一度も、、、



ガタン。

扉が強く開け放たれる。


乳児の本能で思わず泣きそうになる。


「ユートロウス!」

扉を開けて部屋に入ってきたのは母親だった。


安心した。この上ない安堵感。出かけていた涙が引っ込む。


それにしても、今回は何とも地味な格好をしている。

特徴的な金髪もフードに包まれて少ししか見えない。



母親は俺を抱きかかえてすぐに廊下に飛び出る。

そのままの勢いで、廊下を突き進んでいく。


何が起きている?たかが雨だぞ?城が藁で出来ているわけじゃあるまいし、何もそんな慌てなくても、、、





ゴト。





血の気が引く。



見開かれた目。

半開きの口。

赤黒い液体が石床へと染み込んでいく。



頭だ。

人の。




突き当りの廊下の角から転げてきた。





は?




思考が追い付かない。




え?いや?なんで?




母親は止まらない。

転がっている頭には目もくれずに、廊下の角を曲がる。




殺している。人が人を。




オエェ



思わず胃の内容物が吐き出る。


何がどうして?ここは王城じゃ。




混乱する俺とは対照的に、母親は迷いなく城内を突き進む。

切りあう甲冑姿の者達の横を通り過ぎる。



甲冑姿の者達は、母と俺には目もくれない。




やがて小さな部屋に行きついた。

麻袋がいくつか積まれている。食糧庫だろうか。母親は俺を地面に置いて、大きな棚を押しのける。


隠し階段だ。全貌が見える前からなんとなく察する。


母親はもう一度俺を抱いて、暗い階段の中に迷うことなく入っていった。





明かり一つない階段。しかし、母親の足は規則正しく階段を踏みしめていく。



頭が少し落ち着いてきた頃、出口に着いた。





城の外に出た。

今世初の外だ。

冷たい水が体を打ち付ける。母親が手で傘を作ってくれているが、全く意味が無いほどに雨が降っている。



母親は腕の中の俺をもっと深く抱き直して、眼前の林の中に突き進んでいく。




疎らに生えた木の間を縫って進んでいく。



開けた場所に出る。

川だ。

いや、川なのだろうか。木々をなぎ倒して暴れる茶色の濁流は、川と呼ぶには荒々しすぎる。


母親はやっと止まる。そして、どこからかツタを編んで作られた籠を取り出す。

その籠に、紙や瓶を詰めている。



「あーあー。」

今日、目覚めてから初めて声を出す。

なんでもいいから答えてほしかった。



何が起きているのか。何をしたいのか。俺はどうなるのか。

聞き取れなくても、答えてほしかった。



母親は、俺の喃語には答えず、悲しそうにほほ笑んだ。



そして、俺を精一杯抱きしめて、籠に入れた。




「~~~~~。」

最後に母は何と言ったのだろう。後になって後悔しても、もう聞き返せない。





俺の乗った籠は、

母親によって濁流に投げ込まれた。


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