25話 授業
「それでは皆さん。短い間ではありましたが、お世話になりました。」
「何を言ってるんですか。お世話になったのはこっちですよ。」
「えぇ。本当に助かりました。何から何まで配慮していただいて、、」
大人たちは何やら話し込んでいるのに、自分は何も喋れない。
蚊帳の外。
今の状況を形容するならそうなるだろう。
今日は、俺が五歳を迎える誕生日の前日。
クセスがフキルクさんのお迎えに来たので、玄関で最後の挨拶をしているところだ。
まだリフェが産まれてから一週間も経っていないというのに、もう帰るのだそうだ。
元々、出産が終わるまでの契約なのは知っていたが、交通の便がクセスの馬車しかないのだし、あと半年はここにいるものだと思っていた。
思っていたよりも早い別れに、実感があまり湧いていない。
俺も色々と感謝を述べたいのだが、上手く言葉にできない。
この場で喋っていないのは俺とリフェだけだ。
兄として、手本となる姿を見せるには、このまま押し黙っているわけにもいかない。
どうにか話に入るための取っ掛かりを探さねば。
俺は大人たちの会話に意識を集中させる。
「いや、本当に上手な取り上げでしたよ。次の子のときにも、ぜひフキルクさんに取り上げていただきたいです。」
「あなたったら、もう次の子の話ですか? せめてリフェがもう少し大きくなってからにしてください。」
「ほほほ。そう言っていただけるのは、身に余る光栄ですねぇ。ですが、、、私は今回の助産を最後に、仕事を辞めて隠居するつもりでして。」
「「えぇ?」何かご事情が?」
「いえ、大したことでは無いんです。単純に故郷が恋しくなりまして。」
「そういえば、私、フキルクさんのご出身を聞いていませんでしたね。今は王都に住んでいるとは聞きましたが。」
「ここからずっとずっと北に行った小さな漁村ですよ。漁村といっても、漁ができるのは夏に港の氷が解ける時期だけですけどねぇ。」
「というと、フィヨルド伯爵の領地ですかね? 昔、俺は仕事で行ったことがありますよ。」
「あら、そうなんですか。 でもたしかに、近衛騎士団の方は、王の巡礼で一緒に音連れていても不思議ではないかもしれませんねぇ。」
「いやぁ、フキルクさんの出身地を悪く言うつもりは無いんですが、隠居するには中々厳しい土地じゃないですか? 騎士団でさえ滞在に手こずるような場所でしたよ。」
「ほっほっ。確かに、あそこに鉄の鎧を着て向かうのは厳しいでしょうねぇ。鎧に肌が張り付いて取れなくなるでしょう?」
「いや、本当ですよ。俺なんて何度皮を引きちぎったことか、、、 ほらここはその時に付いた傷の後で、、、」
「ちょっとあなた!急に脱がないでください!」
色々と話しているが、そもそも近衛騎士団ってなんの話だ?
ヴェルトは昔冒険者だったんじゃないのか?
そこが気になって話が入ってこない。
多少強引だが、それについて聞いてみれば話に入れるだろうか。
大丈夫。俺は子供だから空気読めなくても問題ない。
「父さん。近衛騎士団ってなんのことです?父さん昔騎士だったんですか?」
「あ、あぁそうだぞ。王都で一番有名な騎士で、、」
「でも、前冒険者をやっていたって言ってませんでしたか?」
「そうだな。冒険者もやっていたな。」
「兼業していたってことですか?」
「うーんまぁそんな感じか?」
「なんか曖昧な、、、」
「私が説明してあげますよ。坊ちゃん。これが最後の授業です。」
フキルクさんは、滞在中、何度か俺に常識や文化について教育をしてくれていた。
それの締め。ということなのだろうか。
「あ、ありがとうございます。」
フキルクさんは襟を正して、俺の目を見る。
いつも俺に授業をしてくれていた時の表情だ。
「まず、坊ちゃんは『国』の概念については知ってますか?」
「は、はい。知っているつもりです。ここの森はフォロスカ王国の領土の東の方にあるっていうのも本で見ました。」
「流石、坊ちゃん。詳しいですね。 国同士というのはよく戦争をしていました。これについては以前授業でお話しましたね。 その戦争において、強い冒険者保有数というのは一種の戦力指標になっているんですよ。」
「そうなんですか?」
「えぇ。しかし、冒険者は冒険者組合という独立した組織が管理しています。それはどこの国でも同じです。 つまり冒険者は本来国の管理下の存在では無いんですよ。 例えるなら、この家にとっての私のような、、家の中にはいるけどあくまで外部の人間。といった感じですね。」
「な、なるほど。 でも、それだと自国の戦力の指標になるという話と矛盾してしまうのでは?」
「その通り。なので、国は強いと噂の冒険者がいたら、一度自分の国の騎士として囲ってしまうんです。 そうすれば、自国の戦力だ。ということを外国に示せますからね。 これはどこの国でも似たような制度があります。」
「父さんはその制度によって、冒険者から騎士になったっていうことですか。」
「どうですか?ご主人様。今ので合っていますかな?」
「え?あ、あぁ。大体そんな感じだな。」
急に話を振られてきょどっているヴェルトを置いて、フキルクさんは話し続ける。
「つまり、あなたのお父さんは国に認められるほどに強くて立派な方ということですよ。 だから、困ったことがあれば、お父さんに相談すればきっと何でも解決してくれますよ。」
「なるほど、、わかりました。帰り際にまで授業をしていただいてありがとうございました。」
「いえいえ。教え甲斐のあるいい生徒でしたよ。」
その時、森の奥から枝を押しやりながらこちらに向かってくる馬車の音が聞こえてきた。
「あら、お迎えが来たようね。」
フキルクさんは荷物を持ち直し、扉に手をかける。
「フキルクさん。本当にお世話になりました。仕事で無くても、またいつでも家にいらしてくださいね。」
「えぇ。家族一同。あなたならいつでも歓迎しますよ。」
「ありがとうございます。お二人も仲良くなさってくださいね。」
そう言って、玄関の扉を開ける。
歓迎する。そうは言っているが、仕事でもないのに故郷からここまで来るのは難しいだろう。
この先、二度と会えないかもしれない。
それなら、俺もしっかりと言いたいことを言うべきだ。
「あの!」
「?」
「本当に色々、、ありがとうございました! 妹のことも、授業のことも、、 だから、、その、、」
俺らしくない。こんな女々しい別れをするつもりでは無かったんだが。
「、、、また、いつか絶対にお会いしましょう。」
「えぇ。こちらにいらしてくれれば、塩漬けの魚ならいくらでも振舞いますよ。」
「はい。お元気で。」
そう聞き終えると、フキルクさんは背を向けて去っていった。
短い期間ではあったが、この家族にとって大事な人だったと思う。
最後にしっかり挨拶ができてよかった。
この後、結局クセスも家に入ってきてリフェ誕生祭パーティをやったので、さっきのは最後の挨拶では無くなったのだが、まぁ湿っぽいお別れよりは良かったかもしれない。




