21話 妊期の水運び
年が変わり、俺が五歳になるまで残り僅かになった。
妊娠の事を聞かされてから、五か月。
セリナの腹は見違えるほど大きくなり、ときおり内側から蹴られるようになったらしい。
赤ん坊が元気な証拠だ。このまま無事に生まれてきてほしい。
そのために、今は俺ができることをしなければ、、
「よし。もういける、、、」
家まで水を運ぶ作業を再開する。
一度地面へ置いたバケツの取っ手を、両手で握り直す。水が縁ギリギリで揺れ、腕にずしりと重みをかけてきた。
一週間前には慣れたと感じていたが、夏の暑さが少し顔を出してきているためか、キツくなってきた。
数歩進むたび、肩に圧力がかかる、指は痛いし、腕も震える。
それでも、俺がやると言ったからにはやり遂げなくては。
この手伝いを始めてから三か月。これだけやっていても水不足は慢性的だ。
なぜ水不足かというと、セリナが魔法を使えないからだ。
母体者の魔法使用は胎児に悪い影響がある可能性が高いそうだ。
で、あれば水魔法を控えるのは当然。
しかし、となると我が家の水の供給が完全に止まってしまうのだ。
うちの水の供給は完全にセリナの魔法頼りだった。
俺も練習で水を生成しているとはいえ、三人家族が一日に使う水量のことを考えたら雀の涙だ。これまで数日の体調不良などでしばらく水の供給が止まったことなどはあったが、その程度ならシャワーなどの大量使用を控えるくらいで何とかなっていた。
しかし、長期間供給元が動けないとなると話が変わる。
では、どこから水を持ってきているかというと、近くの川から汲んでくるしかない。
これを一度煮沸することで飲料水の完成だ。あまりにも手間すぎる。
本当に魔法の偉大さを感じている。
妻が妊娠し魔法が使えなく位なったことにより、家が水不足に苦しみ、家の男が井戸に水を汲みに行く。という苦労話は、民話にも出てくるほど平民家庭の描写としてポピュラーなものらしい。
しかし、うちの場合はヴェルトが稼ぎ頭だ。
子供が一人増え、家計負担も増すのだ。
少しでも薪を切る時間を増やしてもらわないと。
実際、ヴェルトが運ぶ方が効率よく運べるかもしれない。
それでも、俺にできる手伝いはこのくらいしかない。
この手伝いを始めたいと言ったとき、二人には散々遠慮された。
それでも、「俺も家族の一員として手伝いたいんだ」と、何度も懇願して、手伝いをさせてもらったのだ。
泣き言を言っている場合じゃない。
これは俺の仕事だ。
俺は歯を食いしばり、家へ向かって歩を進める。
家の裏口前、ここに臨時でデカい釜が置かれている。
この釜に、汲んできた水を流し入れる。
「あと、二回くらいか、、、」
規定量が溜まっていないなら、もう一度川に向かう。
言っても一キロもない道のりだ。川に向かうだけならきつくない。
空になったバケツを頭にかぶり乗せ、小走りで川に向かう。
***
「よし、、、完了。」
釜に規定水量が溜まった。
あとはこの釜の下の薪を燃やして、水を沸騰させる。
火魔法で、、、と言いたいところだが、薪に着火するほどの火魔法は詠唱では打てないらしい。
なので、今の俺のレベルでは実行不可能。
未だに、詠唱という補助輪ありきの状態でしか魔法は使えないのだ。
なので、素直に台所の松明から火種を持ってくる。
釜にくべた薪に近づけ、火を移す。
薪が燃え始めた。しかし、まだ火が小さい。
たしかに着火はできない。だが、こんな魔法なら教えて貰った。
小さな火種に両手をかざし、詠唱を唱える。
「AGITATE OXYGEN」
唱えると共に、火の勢いがみるみる強くなっていく。
まるでガソリンでもをかけたようだ。
前世でガソリンを火にかけた経験は無いけど、、、
発音から察せるが、この魔法は水生成魔法の酸素版だ。
Agitateの意味は結局分からないが、恐らく『生成』みたいな意味なんだろう。
酸素を生成する。
それによって、火がこうして強くなる。
『酸素』を認識しているかはわからないが、こういう化学的な法則が認知されているあたり、やはりこの世界の知識レベルは高いように思える。
パチパチパチ
火のはじける音、この音を聞いていると心が落ち着いてくる。
揺らめく炎が少しずつ鮮やかになっていく。
炎の色は変わっていない。
火が傾いてきて、相対的に火が鮮やかになってきているのだ。
「おぉユート!今日もお疲れ様。」
振り返ると、低木を丸々一本肩に担いだヴェルトがいた。
片手には、角の生えたウサギを二羽握っている。
「父さんの方こそお疲れ様です。最近頑張りすぎじゃないですか?」
「何言ってんだ。息子に『妊期の水運び』をやらせてる父親が頑張りすぎなわけないだろ。普通の家なら、その水運びも父親の仕事になるんだからな。」
「少しでもお役に立っているならうれしいです。」
「あぁ大助かりだ。さっ飯にするぞ!」
***
「「「いただきます!」」」
今日はウサギのシチュー。
最近はヴェルトが毎日欠かさず肉を獲ってきているので、肉料理も見慣れてきたが、本来食卓にこんなに肉が並ぶのは珍しい。
「二人とも、今日もお疲れ様。」
セリナが労いの言葉をかける。
「今日は何も無かったか?お腹の子は?」
「何も無いわよ。元気にお腹を蹴ってるわ。もう一か月もしないうちに生まれそう。お手伝いさんが間に合うか怪しいわね。」
「いや、大丈夫だ。クセスの手紙では明日明後日には必ず来る予定のはずだ。」
お手伝いさん。産婆さんと言い換えてもよし。
こっちの世界の発音だとビレル。
森の奥で、家族の手だけで出産。は無理ゲー過ぎるので、お手伝いさんをクセスに連れてきてもらうのだ。出産まで家に住み込みで滞在してくれるらしい。
もう割と前に頼んでいたが、中々来なくて間に合うか怪しかったが、明日明後日で来るならまだ大丈夫だろう。
飯が終わり、片づけをしようとするセリナを止め、男二人で片づけを行う。
皿洗いの水も貴重だ。なるべく節水しなければ、、
キッチンで肩を並べて父親と皿洗い。
前世では知らなかった光景だ。
「はぁ。無事に生まれてくれよぉ。」
「父さん最近そればっかりですね。」
「当たり前だろ、だって初めての、、、」
「初めての、、、?」
「はっ、は、はじめての女児だからな。お前の時みたいに上手くいくか心配なんだ。」
「確かに、心配ですね~。」
今この親父、「初めての出産立ち合いなんだから」とか言いそうだったな。
新しく家族が増えるんだから、しっかりしてくれよ。




