20話 セリナの兆し
年が変わり、
セリナの誕生日が終わり、
俺の4歳の誕生日が終わり、
夏が来て、
ヴェルトの誕生日が終わり、
気づけば冷たい風が森から抜けてくるようになった。
カレンダーは10月を示している。
俺は今日も自室で朝日と共に目を覚まし、窓を開けて日差しを浴びる。
何とも健康的な生活だ。
前世では、夜にアニメを一気見して寝坊する。なんてこともしょっちゅうやっていたが、ここでは暗くなったらやれることが限られてくるので、自ずとこうなる。
窓から見える森は静かで穏やかだ。
それに対し、ここ一か月、俺の心は少し穏やかでは無い。
しかし、そんな心持ちは良くない。
「さぁ今日も張り切っていこう。」
自分に活を入れ、自室を出る。
朝食のいい匂いが廊下を通して漂ってくる。
最近は朝食が日々の楽しみの一つになっている。
俺はもみ手をしながら、食卓に着く。
その理由はこの卵料理。
「今日はゆで卵ですか!いやぁ俺ゆで卵大好きです。」
「ふふふ。それ昨日の目玉焼きでも言っていたじゃない。ユートは本当に卵料理が好きなんだから。」
「いやぁクセスから大量に岩鳥の卵を買い込んどいてよかったな。」
そう。卵料理が朝食に毎日出るようになったのだ。
クセスから岩鳥の卵を大量に買い込んでくれたらしい。
卵なんて買い込んでも腐ってしまうだろうと思うかもしれないが、岩鳥の卵なら心配する必要は無い。
なぜなら、岩鳥の卵は保存に非常に向いているからだ。
殻が岩のように固く、落としても割れない。
しかも、中身が空気中から魔力を吸収し、その魔力で自己再生し続けているらしく、常温で三か月放置していても腐らない。
今まで見たきた魔法よりよっぽどファンタジーな卵だ。
この岩鳥というのは、この世界の鶏の立ち位置にいる家禽らしい。というか鶏は存在が確認できていない。
岩鳥の実物は見たことが無いが、本の挿絵でなら見たことがある。
見た目もほぼ鶏で、トサカが地味なことくらいしか違いは無い。
卵の味も一緒だ。強いて言えば、少しだけ淡泊かもしれない。
同時に食べ比べすれば違いに気づけるかもしれないが、この世界で鶏が確認するまでは、無理な話だろう。
しかも、うちには我が家には冷蔵庫がある。魔力を燃料にして動く魔道具だ。
冷蔵庫、と言っても、ちょっと冷える箱くらいではあるが、常温と比べれば、存期間は段違いだ。
岩鳥の卵の保存期間の長さ。魔力駆動式冷蔵庫による冷やし。
この二つが合わさったことで、夢の毎日卵料理が実現されたわけだ。
しかも、セリナが飽きないように毎日調理法を変えてくれている。
もう朝食に関しては、前世越えしたと言ってもいい。
固いパンも、塩っ辛い干し肉も、味の薄い野草も、卵があれば引き立て役に早変わりだ。
最高の朝食を終え、家族がおのおの自分の仕事に戻っていく
もちろん俺も。
玄関に置いてあるワルロシャクを担いで、森に少し入る。
ワルロシャクとは前にクセスから貰った魔力駆動式鉤爪のことだ。
魔力駆動式鉤爪では覚えづらいので、こっちの言葉で解釈することにした。
それに響きがかっこいい。
しかも、ワルロシャクは『障害を道として固定する』的な意味だ。意味からしてかっこよい。
ヒュン
大人くらいの背丈の低木に向かってワルロシャクを振る。
糸が伸びきったところで、ボタンを押す。
バシュ
鉄の十字が枝に固定される。
糸がちゃんと張ったのを確認したら、竿に捕まって跳ぶ。
ブラ―ンブラ―ンと俺は人間振り子になる。
傍から見たら疑似ブランコで遊んでいる子供に見えるかもしれないが、俺は真剣だ。
こいつを使いこなせるようになるための前準備をしているのだ。
決して遊んでいるのではない。
不良在庫とは言え、高度な代物である事には違いない。
俺はこいつを使いこなし、メインウェポンにするのだ。
剣と魔法の世界であえてこのトンチキ武器を使う。
実に浪漫ある話だ。
、、、どう武器にするか未定ではあるが。
糸の先端に鎌でも付ければ武器になるだろうか、、、
っと、振り幅の感覚が狭くなってきた。
ブラ―ンブラ―ンを絶やさぬよう、足を振る。
これが結構体力を使うのだ。
***
「AGGREGATE WATER。」
昼過ぎになったら、魔法の練習の時間だ。
毎日欠かさずやっているが、九発撃ったあの時からあまり成長できていない。
とはいえ、また前と同じように気絶したら話にならないので、一日四発までにしている。
「今日もありがとうね。」
「!わあ。、、、、びっくりしましたよ。音も無く登ってくるのやめてください、、」
階段からセリナが顔を出している。
「ごめんね。次からは音を立てて階段を上るわね。ともかく、本当に助かってるわ。最近ここの急な階段を上るのがきつくて。」
階段を上るのがきつい
「だったら無理しないでください。今日のシャワー用水、足りない量は俺が下から運びますよ。」
「いいの?じゃあお言葉に甘えるわ。」
セリナの頭が引っ込んでいく。
階段を上るのがきつい。
その発言が頭の中でこだまする。
ここ一か月、セリナの体の異変に起きている。
これが俺の最近の悩みだ。
いや、異変と言うのは少し違うかもしれない。
簡単に言えば、太ったのだ。
しかし、セリナは太るような生活は送っていない。
毎日適度に食べ、良く働いている。
それに加えて最近の言動。
腹部を異常に気遣ったり、過度な運動を避けるようにしている。
ヴェルトも以前よりセリナを手伝うようになった。
正直、、なんとなく予想は付いている。
腹部のふくらみ、運動の控え、ヴェルトの配慮、、、
考えるのを一度やめ水運びを開始する。
その後はひたすら無心で、水を汲んでは放ってを繰り返した。
***
水の運搬を終えた頃には夕食の時間になっていた。
いつも通り食卓に向かう。
この時間には基本的にヴェルトも仕事から帰ってきてくれる。
日が暮れてからの作業は効率が悪いのだそうだ。
「「「いただきます。」」」
みなで食事をしている間も、俺の視線はセリナの腹部に行く。
やはり、不自然だ。
腰回りは太っていない。
腹部が前に丸く膨らんでいる。
椅子をすこし引いて座っているのだ。
俺の予想は、多分、、当たっている。
あれは新たな命を孕んでいる膨らみだ。
おそらくセリナは、妊娠している。
いや、だとしたら実におめでたいことだ。
祝福するべき事柄だ。
何も悩む必要など無いはず。
けれど俺は落ち着かない。
もし、二人に本当の子供が出来たらこの生活はどうなるのだろう。
俺とは違う。血の繋がった子供。
あの腹の子が産まれたら俺が捨てられる。
なんて事がありえないのは分かっている。
二人はあまりにも優しい。きっとこれからも家においてくれるだろう。
これだけ一緒に生活してこれば、それだけはわかる。
けれど、どうだろう。
あのお腹の子が産まれたら、この生活は一切変わらないのだろうか。
血のつながった子供と、拾い子の俺を比べられたら?
俺の前世には兄弟は居ない。
一人っ子だった。
一人っ子で、血も繋がっているのに、愛されなかった。
父親も母親も、俺を見なかった。
二人はあの親とは違う。
分かっている。
二人は俺の事を愛してくれている。
頭じゃ分かってるんだ。
それでも、心臓の動悸が止まない。
なんで、妊娠のことを俺に黙っているんだろう。
まだ、俺に伝えない理由は?
ヴェルトには伝えているんだろう?
それともまだ気づいていないだけ?
ヴェルトがなんとなく察しているだけ?
いや、そんなはずは無い。
じゃあなんで?
俺になぜ妊娠のことを話してくれない?
俺が子供だから?
子供にこそ、私のお腹に気を付けてね。と伝えるべきでは?
考えても仕方が無いことが、頭の中をぐるぐる巡る。
夕食の皿が空になる。
その頃には、頭も冷静なっていた。
二人に子供が生まれたからなんだ。
俺の扱いが多少悪くなったとしてなんだ。
俺の目的は前世に帰る事。
ここでの待遇が悪くなろうと影響は無いはずだ。
そうだ。何を悩んでいたんだ俺は。
愛とかどうとか、そういうタイプじゃないだろ俺は。
元から、家族より友に生きる男だったはずだ。
その友たちが元の世界で待ってる。
だから帰らなければならない。
ここはあくまでそのための一時的な場所。いわば、留学のホストファミリー。
むしろホストファミリーに新しく子供が生まれるんだ。
その時が来たら盛大に祝ってやろう。
育児も積極的に手伝おう。
それが居候の最低限の務めだろう。
自分の中で折り合いがついたころ、食卓は綺麗になっていた。
それなのに、二人はまだ食卓に座っていた。
「今日はな、お前に大事な報告があるんだ。」
あたかも深刻そうな文言でヴェルトが話を切り出す。
しかし、話し方に幸せの感情がが滲み出ている。
「実は、、、お前に、妹が出来たんだ!」
その言葉の後、セリナがゆっくり立ち上がる。
「今私のお腹の中に、あなたの妹がいるのよ。」
「俺の妹、、、、、?」
「あぁ。お前はお兄ちゃんになるんだ!」
さっきまで割り切っていたはずだった。
いや、諦観した振りをしていたはずだった。
この家は、仮の住まいだと。そう思い込ませていた。
それなのに。
それなのに、、、
二人が俺に報告してくれたこと。
二人がこれ以上ない笑顔をしていること。
あの腹の子を、俺の、、、妹と言ってくれたこと。
それらの事実が。
家族としての当たり前のことが、
心に染みて仕方なかった。
あぁ。俺はちょろいな。
妊娠を二人の口から報告してくれただけで、ここ一か月の悩みは嘘のように消え去った。
それどころか、、
心には未熟な兄としての自覚が芽生えていた。
前世では感じたことのない自覚が。




