14話 糸と石
魔法を使えた。
その事実に胸の底が熱くなる。
達成感と同時に気が抜けた。
水の塊が桶に落下する。
「すごいじゃない!」
セリナが小さく拍手をしてくれる。
「ありがとうございます、、」
不意に足の力が抜けて、その場にへたり込む。
まずい。魔法の副作用的なものか、、
「大丈夫よ。最初だから魔力を消費する感覚に体が驚いているだけ。安心して。」
セリナに言われて、ホッとする。
セリナが懐から木製の水筒を取り出す。
水筒の蓋を開けて、こちらに差し出す。
「はい。一旦落ちついて休みましょう。」
セリナに言われるままに一息つく。
「どう?初めての魔法を使った感想は。」
「なんか。すごかったです、、こう、、指先に力が籠って、、ブワァーーみたいな。」
「ふふ。その感覚を忘れちゃだめよ。」
胸が高鳴っている。
こんなに早く魔法を使えるようになるとは思わなかった。
「もう一回やってもいいですか?」
「三歳男児なら、あと二回はできるはずだけど、ちょっと待って。」
セリナは立ち上がって服をはらう。
「今の『詠唱』で感覚を掴めたわね。だから次は仕組みを学びましょう。」
「仕組みですか。」
正直一度魔法を経験しても、具体的に何が起きたのかはさっぱりわからない。
「そうよ。じゃあ一度下に戻って座学をしましょうか。ついてきて。」
そう言って、セリナは階段を下りて、裏口からリビングに戻っていく。
俺はセリナの後を追って、リビングに入る。
俺はリビングの食卓の俺用椅子に座っていた。
セリナにそうするように言われたからだ。
肝心のセリナは家の奥に行ってしまってしばらく出てこない。
そう思っていたところで、セリナが平べったい木の箱を持って歩いてくる。
持ってきた木の箱を、食卓に置き、俺の横に立つ。
「よし。じゃあ今から、魔法の仕組みについて教えるわ。難しくてわかんないことがあったらすぐに聞きなさい。」
「わかりました。母さん。」
「よし。」
セリナは木の箱の蓋を開ける。
箱の中には丸い碁石のような石がたくさん入っていた。
黒、白、灰色、水色、鈍い赤色、碁石と違ってかなり色のバリエーションが豊富だ。
セリアはそれらの石を手で掬って、俺の目の前にばら撒いた。
何の儀式だろうか。
疑問ではあるが、まだ質問するには早い。
セリナは続けて木箱から、何かの木枠を取り出す。
それをばら撒いた石の上に置く。
そして、木枠の中の石を敷き詰める。
なんだかビリヤードの最初の準備のようだな、、、
三角形の木枠でボールを揃えるやつみたいな。
三つの木枠を机の上に置き終えると、
次に木箱から赤い糸玉を取り出す。
それを俺のすぐ目の前に置いた。
「よし。これで準備は完成よ。ここまでで何か質問はあるかしら?」
理解不能すぎて質問が思いつかないが、そのまま思ったことを聞いてみる。
「母さん。これは何をしているんですか?」
「いい質問ね。」
いい質問なのか、、、
「これは魔法を使う上で必要なイメージを養うための模型よ。」
模型、、
「まず、たくさんある石。これは『魔素』を表しているわ。」
「魔素っていうのは、魔法を使うときに操るものですよね?」
「そうよ。この魔素は空気中にたくさん存在しているの。」
セリナは腕を広げるジェスチャーをする。
「そして、魔素は固まることで、生き物や物質になるの。それを表しているのがこの木枠と中の石。ほら、地面から生えている木の形をしているでしょう?」
言われてみると、木枠は針葉樹の形をしている。
セリナがコンコンと食卓を叩いて言う。
「例えば、この机も小さな魔素がたくさん固まって出来ているの。」
なるほど。
なんだか前世の原子みたいだな。
この世界では魔素が原子の代わりをしているのだろうか。
それとも、原子のことを魔素として認識しているのか?
いや。前世の常識は一度捨てよう。
魔法が使える時点で、物理法則は息をしていないはずだ。
食卓を見渡す。
石が魔素。
木枠が物質。
じゃあこの赤い糸玉は何だろう。
「この糸玉も何かを表しているんですか?」
「その通り。この赤い糸玉があなたの体内にある魔力を表しているわ。」
セリナが糸玉をほどく。
「さて、ここからが本題。魔法というのは、この魔力を使って、魔素を操ることで行うの。でも『魔素を操る』と言ってもよくわからないわよね。そこで役立つのがこの模型。」
セリナが糸の先端を摘む。
「魔力を使うときは、糸を外に伸ばすイメージよ。」
糸を俺から遠ざけるように伸ばしていく。
「そして、延ばした糸で、操りたい石を、、、結ぶ。」
伸ばした糸を水色の石の一つに括り付ける。
「これで伸ばした魔力によって魔素を掴んだ状況。これで空気中の魔素を操れる。」
括り付けた石をセリナが動かして見せる。
「でも、一つだけじゃ意味が無いわよね。だから、こうやって、、、」
糸にどんどん石を括り付けていく。石はどれも水色だ。
やがて、水色の石と赤色の糸で出来た数珠のようになった。
「こんな感じで複数の魔素を同時に操れるようになったら、魔法の下準備完了よ。」
セリナがたくさんの石が結ばれた糸を動かして見せる。
「さっき使った魔法。覚えてる?」
「はい。」
「何が起こったかわかる?」
「え、えーと。水が生まれた?」
「正確には、周りにあった水の魔素を一点にかき集めていたの。例えば、こんな風に、、、、」
セリナは、糸の先端を巻き上げて、結ばれた石を一か所にまとめる。
「これで水が生まれるように見えるってわけ。」
「なるほど、、、、」
これはすごい。視覚化されるとなんとなくわかったような気分になれる。
「これからどんな魔法を使うときも、魔素と魔力の関係は変わらない。この石と糸のイメージをわすれないようにね。」
「わかりました。母さん。」
「よし。じゃあ一度これは片付けて、もう一度貯水部屋に戻りましょうか。」
「はい。」
そうして、二人で道具を木箱に片付けた。
そして、また裏口から出て、階段を登り、桶の前に来た。
「よし、じゃあさっき教えたイメージを忘れずに、もう一度詠唱魔法をやってみなさい。でも、次は体内の魔力をしっかり意識するように。魔力の感覚を掴むことが目的だと思って。」
「わかりました。」
俺は呼吸を整え、桶の上で両手をかざす。
体内の魔力を意識する、、体内の魔力を意識する、、、
「AGGREGATE WATER。」
、、、、
何も起きない。
あれ何かミスったかな。
「きっと魔力に意識を集中させたせいで、水のイメージができていなかったのよ。水のイメージも怠らないように。」
「わかりました。」
もう一度、呼吸を整える。
水のイメージをしつつ、、体の魔力を、、、
「AGGREGATE WATER。」
捉えた!
弱い静電気が体の内側にあるような感覚。
集中すれば下腹部あたりがピリピリするのを感じ取れる。
これだ、これが魔力!
その『ピリピリ』がだんだん指先に集まっていく。
そして、指先からピリピリが無くなる。
すると、両手の間に引力を感じる。
ズォォォオオ
特徴的なくぐもった音の後、
両手の間に水が生まれていた。
「感じました!魔力!」
バシャッ
声を出すと同時に水が落ちる。
「素晴らしいわ。これは魔法の才能あるかもしれないわね。」
予想以上の褒めに心が小躍りする。
「それじゃあこれから毎日二回。ここで私の水補給の手伝いをしてくれる?」
「わかりました!これからもよろしくお願いします!」
「ふふ。それはこちらのセリフね。」
水面の波が、傾きかけの日差しを反射してキラキラ光っていた。




