13話 初めての魔法
三歳誕生日の次の日、目が覚めたのは昼過ぎだった。
昨日、夜更かしをしていた影響だろう。
まだ眠りたそうな目を擦りながら自室の扉を開け、廊下を歩いていく。
リビングに出る。
リビングと言っても、玄関もキッチンも暖炉前も一体化しているので一階はほとんどリビングが占めている。
その広いリビングをセリナがもせわしなくモップ掛けしている。
「あら、おはよう。ユート。」
「おはよう。母さん。」
「昨日は遅くまで付き合わせちゃってごめんね。」
「いえいえ、俺が色々聞きすぎちゃったせいなので。」
「いいえ。私の責任よ。三歳の子を夜更かしさせるなんて親失格ね。」
『親』というセリフに少し引っかかる。
頭ではヴェルトとセリナが今の俺の親だとは分かっているのだが、
心のどこかで、まだ二人を他人として考えている自分がいるとを感じる。
俺はモップ掛けするセリナの横をすり抜け、キッチンで顔を洗う。
キッチンというが、蛇口は存在しない。
粘土質のシンクが整えられているだけで、水は水瓶から自分で掬う必要がある。
顔洗いを済ませた俺は食卓の俺用の椅子に座る。
食卓は俺には少し高いが、ヴェルトの作ってくれた子供椅子は側面が梯子状になっているので、俺一人でも食卓に座れる。
食卓にはいつもの朝ごはんが置かれている。
今日は俺が遅起きだったので、俺の分しか皿が置いていない。
普段は、朝に皆の分の皿が食卓に置かれ、家族みんなで朝ごはんを食べてから一日が始まる。
皿の内容は基本いつも変わらない。
すこし固めのパン一つと、塩漬けの肉一切れ、季節の野草が添えられている。
今日は昨日の誕生日パーティの残り物が混ざっていて、少し豪華だ。
朝から置かれていたせいか、パンは少し湿っていたが、むしろ食べやすくてちょうどよかった。
俺がパンをもごもごしている間も、セリナはあわただしく家事をこなしている。
普段から専業主婦セリナの仕事量は多い。
洗濯、料理、掃除、等の家事等も行うが、
セリナ、というよりこの世界の主婦にはもっと重要な仕事がある。
それが、生活用水の確保だ。
この世界において、料理や、飲料水、シャワーの水、等の清潔であるべき水は、主婦が魔法で生成することが一般的らしい。
最初に水魔法を見たときは、水道代がタダになるじゃん!
なんて思っていたが、そもそも水道が整っていない場合、すべて水魔法便りになるのは恐ろしい。
なので、セリナが体調を崩した場合は、一日節水生活になる。
だがそれにしても、今日のセリナは一段と忙しそうに見える。
「母さん。今日はなんだか忙しそうですね。」
「ええ。あなたに魔法を教えてあげるって約束したからね。家事は早めに終わらせちゃうわ。」
なんと、、、
俺の為でしたか。
なんだか何もせずに干し肉をはぐはぐしている自分に罪悪感が沸いてきた。
朝ごはんの食器を片付けてからセリナに言う。
「何か俺も手伝えることはないですか。」
「え?ふふ。大丈夫よ。あなたは午後の魔法練習に備えて休んでなさ、、、」
セリナの口が止まる。
「そうだ。いいこと思いついたわ。それじゃあ私の家事を手伝ってもらえる?ユート。」
「!はい。任せてください。」
「よし、じゃあ付いておいで。」
セリナはキッチンにある裏口から外に出る。
裏口を出て、すぐ左の壁沿いに、登り階段がある。セリナはそこにいた。
「こっちよ。」
セリナが手招きをする。
この階段は角度的には梯子に近い。
この森小屋は二階建てなのだが、この梯子は二階の上部分に通じている。
セリナに続いて階段を登る。
登った先は暖簾で外と仕切られた部屋。一mほどの高さに屋根がある三畳ほどの空間なので、大人には狭いだろう。
外から見れば、二階と屋根の間に窪みがあるように見えるだろうか。
「ユートはここには来たこと無いわよね。」
「はい。何のための場所かもよく知らないです。」
「ここの下に何の部屋があるかわかる?」
セリナが下の階に指をさす。
えーと、家の端っこで、キッチンのすぐ横ってなると、、
「シャワー室ですか?」
「正解。ここはシャワー室の頭上にある貯水室。ここに溜まっているお水が、いつもシャワーで使ってるお水なのよ。」
なるほど。水道も無いのにシャワーがドバドバ出るのが不思議だったが、まさか上の部屋に溜まっている水をそのまま落としていたとは。
大分強引な仕組みだ。
「ここに魔法で出したお水を貯めているの。」
セリナはそう言って、目の前の直径2mはある桶の蓋をずらす。
桶には透き通るほどきれいな水が少しだけ溜まっていた。
小さな空間を桶がほとんど占領している。
子供用の浴室とでも言われたら納得してしまいそうだ。
「それで、ここで何のお手伝いをすれば?」
「簡単よ。シャワー用の水の生成をあなたにも手伝ってほしいの。」
なるほど。筋が見えてきた。
「ここで水魔法の練習をさせてもらえるんですね?」
「そういうこと。手伝いと教育。両方兼ねれてお得でしょ?」
「母さんは天才ですね?」
「ふふ。褒めすぎよ。じゃあ今から魔法の教育を始めるわよ!」
「お願いします!」
「いい返事ね。じゃあまずは私がお手本を見せるからちゃんと見ていて。」
そう言ってセリナは、桶に対して両手をかざす。
セリナは無言で集中する。
3秒も数えないうちにセリナの両手の間の虚空に水の塊が生成される。
何度見ても不思議な光景だ。
バシャ。
セリナが両手を離すと、水の塊がそのまま桶に落ちる。
「今のがいつもの水魔法の様子ね。どう?真似できそう?」
真似と言われても、、手の動き以外真似できることが無さそうなんだが、、
「や、やってみます。」
ともかく、俺も両手をかざして、精一杯水を想像する。
「くぬぬぬぬ。ぐぬぬんうぬぬぬ。」
3分ほど粘ってみたが何も出ない。
「母さん、、、僕には才能が無いんでしょうか、、」
「魔法の才能の話をするなら、男に生まれた時点で無いわよ。」
「うぐ。」
「大丈夫。最初から『無詠唱』で魔法を使えたら怖いわ。今真似してみてって言われても、何をどう真似すればよいのかわからなかったでしょう?」
「それは、、そうですね。」
「そこで役立つのが『詠唱』よ。見ててね。」
セリナがさっきと同じように両手をかざす。
「AGGREGATE WATER。」
やはり英語だ。Waterの部分は意味が分かるのだが、アグリゲット?は分からない。
『詠唱』を唱えてすぐ、両手の間に水の塊が生成される。
心なしか『無詠唱』の時よりも水の塊が大きくなる速度が速いように感じる。
そして、セリナが両手を離すと、さっきと同じように水の塊は、桶へと自由落下していく。
「今みたいに『詠唱』をすると簡単に魔法が再現できるわ。簡単に、、と言われてもわからないでしょうから実際にやってみましょうか。」
「今の文言を真似すればいいんですか?」
「そうよ。AGGREGATE とWATERね。水が一点に集中するイメージでやってみて。」
「アグリゲット、アグリゲット、、わかりました。」
「ふー。」
一度深呼吸をしてから、両手をかざす。
瞼を閉じ、脳内を水のイメージで満たす。
「AGGREGATE WATER。」
その時、体から何かを失うような感覚とともに、指先に力が籠る。
指先に籠った力は、そのまま両手の間に放出され、力場を作っていくように感じる。
ズォォォオオオ
その音は、頭の中で響いたかのように感じた。
瞼を開いた時、俺の両手の間には、こぶし大の水の塊がフヨフヨ浮いていた。




