12話 English
魔法によって温められたナイトウェアラーの肉を頬張る。
口を動かしながら、頭を落ち着かせるように努める。
「母さん。さっきのは何の魔法なんですか?」
とりあえず聞いてみる。
「んー。お肉を温め直す魔法?」
それは分かる。
「あ、もしかして原理の話?えーと、お肉の中の水を振動させると、温度が上がって、、」
いやそうじゃなくて。
いや、原理も気にはなるんだけど、、
もう、こうなったら直球で聞いてしまおう。
「さっきの魔法を使う時に、聞きなれない言葉を喋っていませんでした?水を作るときは何も声を出してなかったような覚えがあるんですけど、、」
「あーEnglishのこと?制御が難しい魔法はEnglishを唱えないと上手くいかないのよ。」
Englishって言った。
はっきりEnglishって言った。
やっぱり英語があるんだな。この世界。
確かに、異世界語は英語に似ている。
もしかして、俺が異世界語だと思って必死に覚えていたのは、ただの地域特有の言語だったのか?
本当にポーランド語とかだったりする?
これまで前提としていた事柄が音を立てて崩壊していくのを感じる。
ならばこの世界の公用語は英語だったりするのか?
確認しなくては、、
早鳴る心臓を落ち着かせて、息をつく。
「Englishはどこで使われてるんですか?」
「え?」
「いや、その、Englishで会話している地域。みたいな、、」
「Englishを会話に使っている地域があるのかどうかってこと?」
「そ、そうです。実は、さっき聞いた時にとてもきれいな響きだったので、いつか使っている国に行ってみたいなって、、、」
その場しのぎのそれっぽい嘘をついてみた。
「うーん。Englishを会話に使ってる地域は無いと思うわよ、、?まぁレノプラの一部でなら、使ってるかもしれないわね。」
「レノプラ?」
「大きい学校のことよ。」
「大きい学校、、、」
つまり『大学』か。
大学でのみ使われる言語ってこと?どういうことだ?
「えーと、なんで大学でしか使われないんですか?」
「なんで、、まぁ普段使いするには不便だからじゃないかしら。暴発でもしたら大変だし。」
「ぼ、暴発?」
英語ってそんな危険言語でしたっけ?
いやそもそも危険言語ってなんだよ。
「な、なにが暴発するんですか?」
「それはもちろん魔法よ?」
「Englishを使うと魔法が勝手に発動するんですか!?」
「まぁ、そういうものだから。」
何が何だか意味が分からない。
そういう言語ってなんだよ。
英語は世界中で通じる最も安全な言語であれよ。
「しょうがないわね。そんな興味があるなら、もうEnglish補助付きの魔法練習始めてみましょうか。」
それを聞いて、静かに鶏肉の骨を噛んでいたヴェルトが反応する。
「え、いやいや母さん。流石に早いって、魔力障害になったらどうするんだ。」
「大丈夫よ。もう三歳にはなったし。そもそも魔力障害だって迷信のようなものですから。大体、この子が魔力障害になるように思える?」
「え、いやしかし、、、」
ヴェルトがタジタジにされている。
基本的に口論になった場合、我が家では母が一番強い。
で、魔法練習って言いました?
めっっっちゃやりたいんですけど。
やっと魔法練習ができる。
これまで何度も魔法を習いたいって頼んでも何かしらと理由をつけて断られたのに。
「魔法を教えてくれるんですか?」
「ええ。Englishについて教えるには魔法も教えないとね。さぁ特別レッスンの始まりよ。お肉を食べながら聞いてちょうだい。あ、ヴェルトは食卓の片づけお願い。」
「はぁーい。」
ヴェルトが皿を持ってキッチンに捌けていく。
一家の大黒柱の姿か?あれが、、、
「さて、何か質問はある?」
レッスンなのに、生徒からの質問で始まるのか、、、
まぁ聞きたいことは山ほどあるし都合は良い。
俺は肉をつまみながら質問する。
「Englishと魔法は関係が深いのですか?」
「そうよ。Englishは別名『魔 言語』」と呼ばれるくらいですもの。魔法のための言語なのよ。」
「そういえば、そもそも今使っているこの言語は何か名前があるんですか?」
「私たちの使っている言語はレナ語。魔法を使う時はEnglish。」
「な、なるほど、、」
ポーランド語ではなかったか。
なんとなくわかってきた。
この世界での英語は、『どこかで使われている言語』というより、『魔法を使う際に用いる限定的な言語』なのだろう。
「でも、魔法を使う時に絶対Englishがいるわけじゃないの。ほら、私が水を出すときには使ってなかったでしょう。」
「たしかに。」
「Englishはあくまで魔法のサポート。決まった単語を唱えれば、それに対応した魔法の動きが簡単に再現されるのよ。」
それから俺はEnglishについての様々な質問をした。
その上で分かったことは、Englishのレナ語訳は恐らく『詠唱』か『詠唱言語』だ。
・魔法を使う際に用いる。
・唱えなくても魔法は使える。
これらの特徴は所謂『詠唱』に当たるものだ。
耳は慣れないがこれからはEnglishのことを詠唱と翻訳するのが妥当だろう。
そして、魔法についてもいろいろ教えて貰った。
この世界の魔法は何か不思議なパワーでドーン。じゃなくかなり具体的で緻密な操作を必要とするものらしい。
魔素 と呼ばれるものをサイコキネシスのように動かして様々な物理現象を再現する。これがこの世界の『魔法』だ。
まだ、聞いただけで、イマイチわからない部分もあるが、ざっくりまとめると、
・魔法は、空気中,生物中の魔素を操って行われる。
・詠唱は、魔法の補助的な役割を持つ。
・詠唱は、決まった文言がいくつかあり、それぞれに対応した魔素の動きがプリセットされている。
という感じだ。
皿の上の最後の肉を頬張る。
「すごいわねユート。三歳で魔法の仕組みについて理解できるなんて信じられないわ。」
「母さんの教え方が上手なんですよ。まあ、理解したと言えるかギリですけどね、、、」
「こういうのは大学に入って学ぶものなのよ。だから、少し理解しているだけでもあなたは天才よ。」
セリナが嬉しそうに褒める。
褒められるのは悪い気はしない。
だが、思っていたよりこの世界の魔法は面白くない。
高校で化学を学んでいるときの感覚に近い。
「二人とも―、もう11時過ぎるぞぉー。」
食卓の片づけをとっくに終えたヴェルトが教えてくれる。
「あ、もうそんな時間?人に魔法を教えるのってやっぱり面白いわね。」
「母さん、、流石にもう眠くなってきました、、、」
ヴェルトに時間を指摘されたことで急に眠気が出てきた。
「そうね。夜更かしは良くないし、実際の魔法の練習はまた明日にしましょうか。」
「!やった。明日からもお願いします。」
「ふふ。こちらこそ。」
俺は席を立って自室に向かおうとする。
「ちょ、母さん。忘れてるって。」
「あ。いけない。ユート、これをあなたに。」
「?」
セリナが表紙が革製の本を差し出してきた。
「魔獣図鑑、あ!これもしかして。」
「ええ。そうよ。あなたが欲しがっていた魔獣図鑑。誕生日おめでとう。」
俺は受け取った本を携え、スキップ交じりで自室に戻った。




