9話 魔獣の後始末
勝敗が決したのは一瞬だった。
ヴェルトは俺の目で追えない速さで切りかかった。
魔獣は動きを察して一歩引いたようだったが、次の瞬間に鼻先が切り裂かれた。
鼻先の断面が、赤いイチゴのような形になっていた。
魔獣は、痛みに怯まず爪を振り回したが、
二度目の斬撃で、首が落とされた。
「ふー。一発で首を落とせねぇとはな。俺も腕が落ちたぜ。」
ヴェルトは斧剣についた血を振り払い、鞘に納めた。
か、かっけぇえええ!
なんだ。今の。全然目で追えなかったぞ。
すごい。異世界すげぇ。
ヴェルトすげぇ!
俺は完全に舞い上がっていた。
「父さん!すごい!なんですか今の動き。ヤッバイ!」
「ヤッバイ?」
おっと、興奮のあまり母国語が出てしまいました。失礼しました。
話を逸らさないと
「と、父さんは、昔、冒険者をやっていたりしたんですか?」
『冒険者』に該当する職業の存在することは以前にヴェルトに聞いていた。
発音は『ダオエル』。魔獣を狩ったり、重要人の護衛をしたりするらしい。
如何にもファンタジー異世界の『冒険者』といった職業だ。
「あぁ、そうだぞ。父さんも若いころは都市で一番の冒険者と呼ばれてて、、」
ヴェルトの自慢話を聞き流しながら魔獣の死体に目を向ける。
倒したら塵になって消える。とかでは無いんだな。
魔獣の死体は生きていた頃の熱気をまだ保っているようだ。というか湯気が出ている。
魔法を使った様子が無かったけど、自分の体温を上げるような魔法を使っていたのだろうか。
それこそヴァムのようなものを。
「父さん。この魔獣はなんていう名前なんですか?」
「あぁ。こいつは多分ルヌウェルだな。結構小柄だったけど、中々良い動きだったぜ。」
これで小柄?これよりもでかいのが普通なのかよ。
それはともかくルヌウェルか。
『ルヌ』は『夜』を意味してて、
「ウェル」は『着る』とかだったか?
なるほどね。
たしかにこの獣は夜を着ているような見た目をしている。
よし、じゃあこいつの翻訳名は
「ナイトウェアラー」に決定だ。脳内辞書に登録しておく。
我ながら良い翻訳じゃないか?厨二っぽくて。
え?ルヌウェルのままでもかっこいい?
いやいや。魔獣の名前は英名をつけるって決めていたんだ。
これで行かせてもらおう。
「ユート?どうした。そんな黙りこくって。もしかして怖かったか?」
「あ、えぇうん。怖かったよ。
というか、まだ家からそんな離れてないここに魔獣が出るなんて大丈夫なの?」
「まぁ今ぐらいの小柄な個体は縄張り争いに負けてきたくない場所に来ちまうってこともあるからな。縄張り争いに負ける魔獣は基本臆病だから、家にまでは近づいてこないさ。」
「なるほど?」
その小柄で臆病な個体が今さっき俺を殺しかけたわけなんだが、、
まぁ森の専門家のヴェルトが言うなら信用してもよいのだろう。
「まぁ一度帰るか。ユートにはまだ森は早そうだ。」
討伐した魔獣の死体は持ち帰り、家で解体するらしい。
ヴェルトが自分の数倍はあるサイズの死体を縄で縛って引きずっている。
やはりヴァムの強化幅は恐ろしい。ヴェルトが異常なのだろうか。
使ってみたい。俺もその怪力を、、
「父さん。俺もヴェムを使えるようになりたい。」
「え?」
「もし家に魔獣が来た時に母さんを守りたいんだ。」
嘘はついていない。
母さんを守りたい気持ちがあるのは本当だ。
「いやー流石にまだ早いぞ?そもそもヴァムの前に『魔力』の扱いを学ばないといけないからな。今は、そのちっさな手を、剣を握れるくらいまで成長させるのに注力してくれ。」
「わ、わかりました。」
「そう不貞腐れるなよ。もっと大きくなったら、みっちり稽古つけてやるからな。」
そういってヴェルトは俺の頭を撫でようとしたが、
自分の手についている返り血に気づいて撫でるのをやめた。
こんなにも早く成長したいと思ったのは、生まれて初めてだった。
***
その日の夕方、早めに夕食を終えたヴェルトが魔獣の解体をするというので、見に行くことにした。
家の裏手には、道具がたくさんしまっている納屋があって、解体はそこで行うらしい。
「魔獣の解体が見たいって、、お前本当にどんな2歳児だよ。」
ヴェルトが納屋の扉を押し開く。
木と藁の乾いた匂いが、ヴェルトが引きずってきた死体の死臭と混ざる。
「よし、じゃあよく見てろよぉ。」
ジョリジョリジョリ
黒い毛皮が桃色の肉から引き離されていく。
結合が固いのか、ナイフを何度も隙間に差し込んで引き裂く。
丁寧に繰り返し、少しずつ皮が捲れていく。
なんとなく、落ち着く光景だった。いや『現実に引き戻される』感覚に近いだろうか。
この世界が夢や空想ではなく、確かに実在するのだと。
血の匂いが、肉の切れる音が、ヴェルトの息遣いが、扉の隙間から差し込む夕日が、
そう。感じさせてくれる。
大きく真っ黒な、正に夜をそのまま切り取ったかのような毛皮が剝がれきる。
ヴェルトはそれを壁に吊るし、解体に戻る。
腹にナタを入れ、ゆっくりと切り開く。
中から出てきた内臓に手を突っ込み、小さなナイフで切除する。
そうして、赤黒い内臓を取り出す。
内臓を失った死体は、もう恐ろしさを感じさせなくなっていた。
取り出した内臓を木のバケツに突っ込み、また、解体に戻る。
なぜだか釘付けになっていた。
獣の解体なんて、前世では一度も見たことが無かった。
マグロの解体ショーをSNSで少し見かけた程度だ。
それなのになぜか。
なぜか、、
俺は、望郷の念に駆られていた。
日が暮れて、納屋の松明が唯一の光源になった頃、解体が終わった。
ヴェルトがナイフで心臓を薄く切って、松明の火で炙った。
「食うか?」
「うん。」
ナイトウェアラーのハツは美味かった。
けど、ブラックペッパーが欲しくなる味だった。




