天使の街 ”ルクス”
白く染まった羽を確認して、ルクスへ行くため、はじまりの木に向かった。
ルクスとノクスは、はじまりの木を挟んで反対側にある。
事前にノエルは自分の家から必要最低限の荷物を持ち出していたので、もう悪魔の街、ノクスに戻る事は無い。
楽しくもない毎日だったけれど、少しだけ寂しい気持ちもあった。
ノクスに背を向けて、2人でルクスへと進んだ。
ノエルは生まれてから一度も近づいた事がなかったこの場所に、”天使のふりをした悪魔”として入ろうとしている。
「本当に入れるのかな。すごく緊張してきた。」
「大丈夫。私を信じて。」
「ニコのその根拠のない自信、すごいと思う。」
「天使だもの。」
ニコはさらっと言ったけれど、その目は真剣だった。
ルクスの門の目の前まで来るとノエルの心臓が速くなった。
バレたらどうなるのか。追い返されるだけならまだいい方で、最悪の場合を考え始めたらパニックになりそうだった。
「よし。行くよ。」というニコの言葉を聞き、深呼吸をしてから白く染まった自分の羽を見て、前を向いた。
大丈夫、自分は天使としてサンタクロースになるんだ、と心の中で呟いた。
覚悟を決めて2人で門を開けた。
ドキドキするノエルをよそに、あっさりと門は開き何事も無く中に入れた。
もちろん警備はいないし、いつでも誰かの出入りがある度に開く門には誰も関心を示していなかった。
「ほら、大丈夫だった。」
「…本当に入れた。」
「信じてなかったの?」
「半分くらいは。」
2人は顔を見合わせて笑いながら、足を進めた。
天使が住むこの街は、ノエルが想像していたよりとても綺麗で美しい場所だった。
白い建物が並んで、柔らかい光に包まれている。
建物は白いのに、鮮やかな花々や木が生い茂り、そのコントラストがとても美しいとノエルは思った。
さらにどこからか流れてくるハープのような音色も心地よく、悪魔たちの住むノクスとは大違いで、何もかもが新鮮に見える。
キョロキョロとあたりを見回していると、「不審すぎるからやめて。」とニコに注意された。
天使たちのファッションや髪型、生活自体は悪魔とあまり変わらない。
天使も悪魔も、昔から交流は少ないが文化は一緒に発展させてきている。
人間界を参考に取り入れたファッションやお店、違うのは街並みくらいだ。
ノクスは黒やグレーを基調とした落ち着いた印象の街である。
人間界から取り入れた中で上手くいかなかった事の一つは、洋服だ。
過去には人間のファッションをお手本に工場で洋服も作ってきたが、羽があるため人間のような服は窮屈で、結局、利便性からポンチョのような形ばかり選ぶようになった。
そう考えると、ファッションだけは悪魔の方がスタイリッシュでオシャレかもしれない、とノエルは思っていた。
洋服の工場ではもう、決まった形しか作られていないが、悪魔はファッションを楽しむために人間界から好きなものを盗んでくることもあるからだ。
ノエル自身は生まれつきの黒髪で最低限の清潔感を保つようにしていた。
ニコも生まれつき綺麗なシルバーの髪の毛を長く伸ばしていて、自分よりもオシャレだなと、隣を歩いているニコを眺めた。
「とりあえず、一旦私の家に行こう。」
「うん。緊張して疲れたから少し休みたいな。」
もう少しだけルクスの街並みを見て回りたい気もしたが、これ以上は気持ちも持ちそうになかったのでニコの家で休む事にした。
「さあ、中に入って。ソファにでも座っててね。」
そう言って案内されたのは他の建物と同じ、小さいけれど白く綺麗な家だった。
中に入ると、無駄な物は無い、片付いた部屋だった。
「部屋、思ったよりも片付いてるんだね。もっといろんな物があると思ってた。」
と、悪気無くノエルは言った。
実際、ニコの明るい性格からは、カラフルな感じとか雑貨がたくさん置いてあるのかと勝手に想像していた。
「こう見えてもちゃんと生活してきたのよ。」と、なんでもないようにニコは返事をした。
「それにしても、入っちゃえばなんでもなかったね。まずは無事に通れてよかった。おめでとう、天使のノエル君。」
「からかわないでよ。でも、本当に安心したよ。安心したらお腹が空いてきた。」
「そうだね、何か食べよう。すぐ近くに美味しいパン屋さんがあるから、買いに行こう!」
パン屋に着くと2人はそれぞれ好きな物を選んで、レジに向かった。
「ニコ、いつもありがとうね。明日サンタクロースの街に行くんでしょ?これは餞別として店からのプレゼントだ!コインはいらないよ。頑張ってね。」
「セボリーさん、ありがとう!嬉しい。頑張ってくるね!」
顔馴染みのスタッフにパンをご馳走してもらい、帰宅した。
「僕までご馳走になっちゃった。」
「いつも買ってるから仲が良くて。みんな優しいんだよね。簡単にスープも用意するからちょっと待っててね。」
「ありがとう。明日から街を離れるけど、ニコはみんなに挨拶したの?友達とかは?」
「さっきのパン屋のセボリーさんとか、辞める事になるからオペレーターの会社の人たち何人かには話したよ。特別仲の良い友達はいないし。」
スープを準備しながら答えるニコの言葉に、ノエルは驚いた。
「仲の良い友達がいない?この街に入って家に向かうまでに、何人も挨拶をしていたからみんな友達なんだと思っていた。それにニコは明るいし、友達がいないなんて信じられないよ。」
ノエルの言葉の通り、ニコはすれ違う天使たちといくつも挨拶を交わしていてノエルは内心ヒヤヒヤしていたのだ。
「もちろんみんな知っている子たちだけど、わざわざ自分の事を話すような子はいないよ。小さい頃はずっと塞ぎこんでいたし、その後はずっとサンタクロースになる為だけに集中しいたしね。案外クールな感じでしょ?ノエルはちゃんとお別れしてきた?」
「僕こそ友達はいないから誰にも話してないよ。それに別れの挨拶をしてどこに行くのかって聞かれても、天使になるだなんて言えないからね。そもそも、僕がいなくなっても誰も気にしないし、気付かないと思うよ。」
「そっか。はい、スープどうぞ。食べよっか。」
2人はようやく本当の意味で落ち着くことができた。
そうして今までのお互いの10年間を、離れていた時間を埋めるようにたくさん語りあった。
天使の間で流行っている事や、悪魔たちの事なんかも話して、自分たちはどこか馴染めなくて浮いているんだという事を自覚して、心から笑いあっている。
本当に信頼できる友達がいないお互いにとって、特別な存在である事を改めて感じた。
ずっと話し続けた2人は明日の為に、眠りについた。




